寄高三十五書記  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67
(高三十五書記に寄す)
友人高適が哥舒翰の幕下にあったのに寄せた詩である。製作時は753年天宝十二載の夏42歳。

寄高三十五書記
嘆惜高生老,新詩日又多。
なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
美名人不及,佳句法如何。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
主將收才子,崆峒足凱歌。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
聞君已朱紱,且得慰蹉跎。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。


なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。



歎息(たんそく)す 高生老ゆるを 新詩日に又た多し
美名 人及ばず 佳句 法如何
主将 才子を収む 崆峒(こうどう)凱歌足る
聞く君が己に朱紱(しゅふつ)すと 且(いささか)踵蛇(さた)を慰むるを得たり



寄高三十五書記
五言古詩。友人の高適が武威郡(甘粛省武威県)に駐屯する河西節度使の哥舒翰の書記として赴任するのを送る。「三十五」とは、従兄弟をもふくめての兄弟順を示す、いわゆる排行である。高適は杜甫より五歳の年長で、河南・山東を李白などと放浪していたときの友人。天宝12載 753年の夏、四十二歳のときの作。


嘆惜高生老,新詩日又多。
なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
高生 高適をさす。○新詩 最近に作った詩。


美名人不及,佳句法如何。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
美名 文学についてのよい評判。〇人不及 他人はこれに若かず。○佳句 詩篇のよい句。○ 佳句を作りだすしかた。


主將收才子,崆峒足凱歌。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
主将 主人である将軍。哥舒翰さす。哥舒翰かじょ・かん、 生年不詳- 至徳2載(757年)は突騎施(西突厥)系の唐の将軍。吐蕃との戦いで活躍したが、安史の乱で敗北し、捕らえられ殺された。○ 我が方へとりいれる。○才子 文才ある人、通をさす。○崆峒 すでに見える。○ 十分に富むこと。○凱歌 たのしいうた、いくさに勝って帰るときにうたう歌。


聞君已朱紱,且得慰蹉跎。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。
 高適をさす。○朱紱 (しゅふつ)朱色のかわのまえだれ、五品官のきる礼服。○ (いささか)ひとまず。とりあえず。○蹉跎 (さた)自己の士官がうまくいかないこと失意の様子をいう。



寄高三十五書記
嘆惜高生老,新詩日又多。
美名人不及,佳句法如何?
主將收才子,崆峒足凱歌。
聞君已朱紱,且得慰蹉跎。

歎息す高生老ゆるを 新詩日に又た多し
美名人及ばず 佳句 法如何
主将才子を収む 崆峒(こうどう)凱歌足る
聞く君が己に朱紱(しゅふつ)すと 且(いささか)踵蛇(さた)を慰むるを得たり

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