贈陳二補闕  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 81

補関の官職にある陳某に贈った詩。

754年天宝13載              43



贈陳二補闕
世儒多汨沒,夫子獨聲名。
世の多くの儒学者は、取り上げられず下流の地位のままで沈んでいる。夫子たる陳公はただ一人名声が上がっている。
獻納開東觀,君王問長卿。
道教寺院を重んじ、東観から道教の書物をひも解いて奉献をしなさい、玄宗皇帝は、今、司馬相如たる陳長卿に道教についてお尋ねになるであろうから。
皂雕寒始急,天馬老能行。
熊鷹と呼ばれる役目柄であることは寒くなれば元気づくものだ、朝廷内での逆風も君の今後のためにもいいことだ、天馬というものはたとえ老いるまでは千里の道を歩き続けるものだ。
自到青冥裡,休看白發生。

青空のように高い地位に上り詰めたからには、たとえ白髪が増えようときにしないで突き進めるのだ。



世の多くの儒学者は、取り上げられず下流の地位のままで沈んでいる。夫子たる陳公はただ一人名声が上がっている。
道教寺院を重んじ、東観から道教の書物をひも解いて奉献をしなさい、玄宗皇帝は、今、司馬相如たる陳長卿に道教についてお尋ねになるであろうから。
熊鷹と呼ばれる役目柄であることは寒くなれば元気づくものだ、朝廷内での逆風も君の今後のためにもいいことだ、天馬というものはたとえ老いるまでは千里の道を歩き続けるものだ。
青空のように高い地位に上り詰めたからには、たとえ白髪が増えようときにしないで突き進めるのだ。



陳二補闕に贈る
世儒多く汨沒たり 夫子独り声名あり
献納東観開く 君王長卿を問う
皂雕寒くして始めて急に 天馬老いて能く行く
青冥の裡に到りし自り 白髪の生ずるを看ることを休めよ




世儒多汨沒,夫子獨聲名。
世の多くの儒学者は、取り上げられず下流の地位のままで沈んでいる。夫子たる陳公はただ一人名声が上がっている。
世儒 世上の儒者。○汨沒 汨はしずむ、汨没とは世間の下流にしずんでいること。唐王朝は道教を国教としたために、「儒学は国を滅ぼす」と儒学者は疎んじられた。○夫子 陳補閲を尊敬してかく称する、陳は蓋し時の老儒と思われる。



獻納開東觀,君王問長卿。
道教寺院を重んじ、東観から道教の書物をひも解いて奉献をしなさい、玄宗皇帝は、今、司馬相如たる陳長卿に道教についてお尋ねになるであろうから。
献納開東観 ここで道教の寺観に献納、仕えることができるかということを天子から問われた時のことを詠っている。侍従の臣の職務はかくの如くであり、補闕・拾遺等の官は天子に過失非違があったとき之をお諌めもうす官である。儒学を勉強してきた陳補闕が道教を重んじる玄宗に対していかなる態度、意見を述べるのか杜甫の最大の関心事であった。
東観は後漢の時の図書を蔵する所で、唐では集賢殿がそれにあたる。道教の書典を数多く収められている。○君王 玄宗。○問長卿 長卿は漢の司馬相如の字である。武帝は相如の「子虚賦」を読みこの人と時を同じくしたいものだといわれたところが、狗監楊得意という者がこれは臣の邑人司馬相知の作だと答えたので、帝は驚き召して相加を問うた。ここは陳を相如に此する。



皂雕寒始急,天馬老能行。
熊鷹と呼ばれる役目柄であることは寒くなれば元気づくものだ、朝廷内での逆風も君の今後のためにもいいことだ、天馬というものはたとえ老いるまでは千里の道を歩き続けるものだ。
皂雕 くろいくまだか。唐の王志情が左台御史となったとき人は之を皂雕とよんだという、御史も補闕も非違を弾劾する茂るべき官であるからかくたとえていった。○寒始急 急とはその勢いの厳急なことをいう。寒とは秋より冬にかけていう、そのころから鷹は勢いがつよくなる。○天馬 大宛の名馬、これも陳をたとえていう。



自到青冥裡,休看白發生。
青空のように高い地位に上り詰めたからには、たとえ白髪が増えようときにしないで突き進めるのだ。
青冥 あおぞら、高い地位をいう。○休看 看るとは気にしてみることをいう。看るをやめよとは気にするな、老いをわすれて職務につとめよということ。



○韻   名、卿、行、生。