天育驃騎歌 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 85
天子のお厩である天育厩において養われた驃馬の図をみて作った歌。製作時は天宝13載 754年 43歳。 
雑言古詩


天育驃騎歌
吾聞天子之馬走千裡,今之畫圖無乃是?
自分が聞く所に周の穆王の馬は日に千里走ったというが、今ここにある画の馬はまちがいなくそのような馬ではないのだろうか。
是何意態雄且傑,騣尾蕭梢朔風起。
その雄々しく傑出した様子はなんとすばらしいのだろう、たてがみや尾からさわさわと北風が吹き起っているように凛々しいのだ。
毛為綠縹兩耳黃,眼有紫焰雙瞳方。
毛は緑と縹との二色をなし、両耳は黄色である。眼からは紫のほのおをだし一対のひとみは菱形をしている。
矯矯龍性合變化,卓立天骨森開張。』
矯々とうねりあがる竜の如き本性はいかなる活動の変化をもするようすをもっているし、たかくそびえた天成の骨格がいかめしくのびやかに張っている。』
伊昔太樸張景順,監牧攻駒閱清峻。
昔といってもちょっと前、開元の頃、太僕 張景順は牧場を監督し、駒をならして、そのなかから贅肉のない肉ひきしまった馬を繰り返し選び出し、遂にそれを種馬として牧馬奴に子を産せるようにしたのだ。
遂令大奴守天育,別養驥子憐神駿。
そのうまれた千里の馬の駒(驃)は他の馬と区別して之を養育して、その不思議に優れた点を引き出して育てさせた。
當時四十萬匹馬,張公嘆其材盡下、故獨寫真傳世人。
そのころ四十万匹、馬の頭数がいたが、景順はその素質、性質など材質がどれもみなこれよりは劣っていることを歎惜した。
そういうことだからこの驃だけの画姿を写させて世の人に伝えるために残した。
見之座右久更新。』
座右で之を見ていると、いつまで見ても目新しく感じるものだ。』
年多物化空行影,鳴呼健步無由騁!
今では数十年の歳月が流れ、馬たちも死んで代が変わり、この画すがたにその形影をのこしているだけなのだ。ああ、そうして生きていたときのようなすこやかなあゆみを馳せるということはもうないだろう。
如今豈無騕褭與驊騮,時無王良伯樂死即休!

ただ今では、まさか「騕褭」や「驊騮」の名馬がいないわけでもないだろうが、天下が気の緩みで、名馬を名馬としてみわけてくれる伯楽、調教の上手い王良がいなくなり、名馬がいたとしても、凡馬のあつかいをうけていてそのまま死んでしまうことをしているのだろう。


自分が聞く所に周の穆王の馬は日に千里走ったというが、今ここにある画の馬はまちがいなくそのような馬ではないのだろうか。
その雄々しく傑出した様子はなんとすばらしいのだろう、たてがみや尾からさわさわと北風が吹き起っているように凛々しいのだ。
毛は緑と縹との二色をなし、両耳は黄色である。眼からは紫のほのおをだし一対のひとみは菱形をしている。
矯々とうねりあがる竜の如き本性はいかなる活動の変化をもするようすをもっているし、たかくそびえた天成の骨格がいかめしくのびやかに張っている。』
昔といってもちょっと前、開元の頃、太僕 張景順は牧場を監督し、駒をならして、そのなかから贅肉のない肉ひきしまった馬を繰り返し選び出し、遂にそれを種馬として牧馬奴に子を産せるようにしたのだ。
そのうまれた千里の馬の駒(驃)は他の馬と区別して之を養育して、その不思議に優れた点を引き出して育てさせた。
そのころ四十万匹、馬の頭数がいたが、景順はその素質、性質など材質がどれもみなこれよりは劣っていることを歎惜した。
そういうことだからこの驃だけの画姿を写させて世の人に伝えるために残した。座右で之を見ていると、いつまで見ても目新しく感じるものだ。』
今では数十年の歳月が流れ、馬たちも死んで代が変わり、この画すがたにその形影をのこしているだけなのだ。ああ、そうして生きていたときのようなすこやかなあゆみを馳せるということはもうないだろう。

ただ今では、まさか「騕褭」や「驊騮」の名馬がいないわけでもないだろうが、天下が気の緩みで、名馬を名馬としてみわけてくれる伯楽、調教の上手い王良がいなくなり、名馬がいたとしても、凡馬のあつかいをうけていてそのまま死んでしまうことをしているのだろう。





(天青の驃の図の歌)
吾聞く天子の馬走ること千里なりと、今の画図は乃ち是なる無からんや
是れ何の意態(いたい)ぞ雄にして且つ傑なり、騣尾粛梢(そうびしょうしょう)として朔風(さくふう)起る
毛は緑縹(りょくひょう)を為して両耳は黄なり、眼に紫焔(しえん)有りて双瞳(そうどう)方なり
矯矯(きょうきょう)たる竜性(りょうせい)変化を含む、卓立せる天骨森(てんこつしん)として開張す』
伊(これ)昔 太僕(たいぼく)張景順(ちょうけいじゅん)、牧を監し駒を攻して清峻(せいしゅん)なるを閲(えつ)す
遂に大奴をして天青に字せ令(し)む、別に驥子(きし)を養うて神駿(しんしゅん)なるを憐む
当時四十万匹の馬、張公 其の材の尽く下れるを歎ず、故に独り兵を写して世人に伝う』
之を座右に見れば久しくして更に新なり。
年多く物化して空しく形影あり、鳴呼!健歩(けんぽ)騁(は)するに由無し!
如今(じょこん)豈に騕褭(ようじょう)と驊騮(かりゅう)と無からんや、時に王艮(おうりょう) 伯楽(はくらく)無く死して即ち休す!』




天育驃騎歌
○天育或は厩の名。「天子ノ育テル所」の義とする。○驃「黄馬ノ白色ヲ発スルもの。○図 絵。或は図を騎に作り驃騎とする。


吾聞天子之馬走千裡,今之畫圖無乃是?
自分が聞く所に周の穆王の馬は日に千里走ったというが、今ここにある画の馬はまちがいなくそのような馬ではないのだろうか。
天子之馬走千里 「穆天子伝」の語。穆王の八駿は一日によく千里を走る。○今之画図 いま眼前見る所の驃図をいう。○無乃是  是とは上の千里馬をさす。



是何意態雄且傑,騣尾蕭梢朔風起。
その雄々しく傑出した様子はなんとすばらしいのだろう、たてがみや尾からさわさわと北風が吹き起っているように凛々しいのだ。
 図の馬をさす。○意態 馬の意気態度。○雄且傑 おおしくすぐれている。○騣尾・騣は葉、たてがみ。尾はしっぼ。○蕭梢 さわさわと風の起こるさま。○朔風 北風。



毛為綠縹兩耳黃,眼有紫焰雙瞳方。
毛は緑と縹との二色をなし、両耳は黄色である。眼からは紫のほのおをだし一対のひとみは菱形をしている。
綠縹 綠は黒いことをいう、縹は青黄色。○紫焔 むらさきのほのお。○双瞳 一対のひとみ。〇 四角、菱形。ひとみは馬と雑も四角ではないが、まぶたの囲んでいる処は菱形をなしているので「方」といった。


矯矯龍性合變化,卓立天骨森開張。』
矯々とうねりあがる竜の如き本性はいかなる活動の変化をもするようすをもっているし、たかくそびえた天成の骨格がいかめしくのびやかに張っている。』
矯矯 うねうねとあがるさま。○竜性 竜の如き性質。○含変化 いかようにも変化に応ずべき様子をもっている。○卓立 たかくそびえる。○天骨森 天よりうけた骨であっていかめしい。○開張 のびやかに張っている。



昔太樸張景順,監牧攻駒閱清峻。
昔といってもちょっと前、開元の頃、太僕 張景順は牧場を監督し、駒をならして、そのなかから贅肉のない肉ひきしまった馬を繰り返し選び出し、遂にそれを種馬として牧馬奴に子を産せるようにしたのだ。
伊昔 伊とは辞である。○太僕 厩牧輿車を掌る官。○張景順 開元時の人。開元十三年張説の「陳右監牧頒徳碑」の序に「元年、牧馬二十四万匹、十三年乃チ四十三万匹。上(玄宗)顧ミテ太僕少卿・兼秦州都督・監牧都副使・張景順二謂イテ日ク、吾ガ馬幾何力蕃育セシハ、卿ノカナリト。対エテ日ク、帝ノカナリ、仲(王毛仲)ノ令ナリ、臣何ノカカ之有ラント」とあるのは、この張景順である。○監牧 牧場を監督する。○攻駒 あら駒をのりこなす。○清唆 すこし痩せてひきしまった様子をした馬。



遂令大奴守天育,別養驥子憐神駿。
そのうまれた千里の馬の駒(驃)は他の馬と区別して之を養育して、その不思議に優れた点を引き出して育てさせた。
○大奴 身体長大な奴。景順の下に居る「馬ヲ牧スル奴」をいう。○守天育 守はみまもることをいう。天青において馬に子を産せしめることをいう。これは上句の清峻な馬を種馬として牝馬に産ませること。○別養驥子 驥子は上の方法によって新しくうまれた千里馬の駒、即ち驃馬のこと。別義は他の天青の羣馬とは別に養育することをいう。○神駿 ふしぎにすぐれていることをいう。



當時四十萬匹馬,張公嘆其材盡下。
そのころ四十万匹、馬の頭数がいたが、景順はその素質、性質など材質がどれもみなこれよりは劣っていることを歎惜した。
張公 景順。○ 材質。○下 劣ること。 



故獨寫真傳世人,見之座右久更新。』
そういうことだからこの驃だけの画姿を写させて世の人に伝えるために残した。座右で之を見ていると、いつまで見ても目新しく感じるものだ。』
独写真 この際だけにその実の姿を画にうつす。○座右 座席の右。○久更新 いつまでみてもめあたらしい。



年多物化空行影,鳴呼健步無由騁!
今では数十年の歳月が流れ、馬たちも死んで代が変わり、この画すがたにその形影をのこしているだけなのだ。ああ、そうして生きていたときのようなすこやかなあゆみを馳せるということはもうないだろう。
年多 開元より天宝末まで数十年、多くの年を経ている。○物化馬の実物が変化する。死去したことをい
う。○空形影実体はなくなり、いたずらに形や影がある、この画すがたのみ存在することをいう。○健歩すこやかなあゆみ。



如今豈無騕褭與驊騮,時無王良伯樂死即休!
ただ今では、まさか「騕褭」や「驊騮」の名馬がいないわけでもないだろうが、天下が気の緩みで、名馬を名馬としてみわけてくれる伯楽、調教の上手い王良がいなくなり、名馬がいたとしても、凡馬のあつかいをうけていてそのまま死んでしまうことをしているのだろう。
○如今いま。○騕褭 赤い鼻づらの黒馬、一日に万里を行くという。○驊騮 穆王八駿の一つ。○王艮 戦国の趙簡子の時の人で調教を善くした。○伯楽孫陽のこと、秦の穆公の時の人で善く馬相をみた。○やむ、おわる。




  この頃の天下の情勢は、頽廃的な緊張感のない時代を過ごしてきており、局地戦に馬が使われるくらいで、大量の両刃を育てる意欲が消失していたことを指摘している。賄賂全盛で、役人はまじめに仕事をしていなかった。馬が好きな杜甫らしい観点でリベラルな論評をしている。



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