秋雨嘆三首  其二  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 87(就職活動中 杜曲の家)
天宝13載 754年 43歳

杜甫は、一族のみんなが食べていくため売文でつないでいた。一石二鳥の手である。
しかし、この詩の時は、最後の頼みとして、哥舒翰に詩を贈り、幕下に出も取り立ててもらうことを考えていた。その返事を首を長くして待っていた。長雨で本当に何もすることがなかったのだろう。
この詩のなかで、「稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫は街に穀物を持ってこなくなった。
城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている。」


秋雨嘆三首  其一
雨中百草秋爛死、階下決明顏色鮮
著葉滿枝翠羽蓋、開花無數黃金錢
涼風蕭蕭吹汝急、恐汝後時難獨立
堂上書生空白頭、臨風三嗅馨香泣


秋雨嘆三首  其二 
闌風伏雨秋紛紛、四海八荒同一雲。
去馬来牛不復弁、濁涇清渭何当分。
禾頭生耳黍穂黒、農夫田父無消息。
城中斗米換衾裯、相許寧論両相直。


秋雨嘆三首  其三
長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。
老夫不出長蓬蒿,稚子無憂走風雨。
雨聲颼颼催早寒,胡雁翅濕高飛難。
秋來未曾見白日,泥汙後土何時乾?



秋雨嘆三首  其二 
闌風伏雨秋紛紛,四海八荒同一雲。
この秋は乱れて吹きつのる風横なぐりの雨でさんざんである、四方八方大荒れで空 一面の厚い雲に覆われているのだ
去馬來牛不複辨,濁涇清渭何當分?
往来かっている牛と馬が  牛なのか馬なのかの見分けもできないほど風雨がすごいのだ。いつも濁龍が流れる涇水といつもは清流がながれる渭水との区別がつかない流れになっている。
禾頭生耳黍穗黑,農夫田父無消息。
稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫といい、老畑人にしても街に見当たらない、穀物を持ってこなくなったのだ。
城中斗米換衾裯,相許寧論兩相直?

城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている




秋雨嘆三首  其二 
闌風伏雨秋紛紛、四海八荒同一雲。
去馬来牛不復弁、濁涇清渭何当分。』
禾頭生耳黍穂黒、農夫田父無消息。
城中斗米換衾裯、相許寧論両相直。』


秋雨の嘆き 三首  其の二

闌風 伏雨  秋紛紛たり、四海 八荒  同じく一雲。

去馬 来牛  復た弁ぜず、濁涇(だくけい) 清渭(せいい)  何ぞ分かつ当()けん。

禾頭(かとう)  耳を生じて黍穂(しょすい)黒く、農夫  田父(でんぷ)  消息 無し。

城中  斗米  衾(きんちゅう)に換()う、相許さば寧(なん)ぞ両つながら相直(あいあた)るを論ぜん。




この秋は乱れて吹きつのる風横なぐりの雨でさんざんである、四方八方大荒れで空 一面の厚い雲に覆われているのだ
往来かっている牛と馬が  牛なのか馬なのかの見分けもできないほど風雨がすごいのだ。いつも濁龍が流れる涇水といつもは清流がながれる渭水との区別がつかない流れになっている。
稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫といい、老畑人にしても街に見当たらない、穀物を持ってこなくなったのだ。
城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている



秋雨嘆三首  其二 

闌風伏雨秋紛紛、四海八荒同一雲。
この秋は乱れて吹きつのる風横なぐりの雨でさんざんである、四方八方大荒れで空 一面の厚い雲に覆われているのだ
闌風 風がたけなわ。服荒れる。○伏雨 横殴りの雨。○紛紛 散々な目にあう。○四海 四方の行きつく先は海と思われていた。天下。この世。○八荒 八方が大荒れの天気。○同一雲 厚く同一雲でこの世を覆っている。



去馬来牛不復弁、濁涇清渭何当分。
往来かっている牛と馬が  牛なのか馬なのかの見分けもできないほど風雨がすごいのだ。いつも濁龍が流れる涇水といつもは清流がながれる渭水との区別がつかない流れになっている。



禾頭生耳黍穂黒、農夫田父無消息。
稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫といい、老畑人にしても街に見当たらない、穀物を持ってこなくなったのだ。



城中斗米換衾裯、相許寧論両相直。
城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている
衾裯 絹の夜具




○韻  紛、雲、分。/黒、息、直