贈獻納使起居田舍人澄 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 
居舎人にして献納使である田澄に贈った詩。作時は天宝十三載冬「封西岳賦」を献ずる以前であろう。

贈獻納使起居田舍人澄
献納使で起居舎人の田澄に贈る
獻納司存雨露邊,地分清切任才賢。
献納使の職は本来外部にあるのだが今は天子の雨露のめぐみのふりかかるおそばちかくにあるというのだが。地位身分が天子のお声掛かりで、起居舎人と献納使を兼ねる才賢の任に就かれている。
舍人退食收封事,宮女開函近禦筵。
舎人・献納使は、ほかの官を退席させて後、匭から投書のあった封事を収め、宮女に函からそれを出させそして天子の御座にささげるのである。
曉漏追趨青瑣闥,晴窗檢點白雲篇。
暁の漏刻には起居舎人として青塗彫刻の小門に他の官僚に一緒に追随される、献納使としては晴窓の下で一般よりたてまつられた「白雲の詩篇」を点検される。
揚雄更有河東賦,唯待吹噓送上天。

揚雄が更に「河東賦」があったようにて(自分も更に「封西岳賦」たてまつる)、それをただ、君の吹嘘によって天まで送ってのぼらせてもらいたいと待ち望んでいます。



(贈獻納使起居田舍人澄 注釈と解説)
(本文)
獻納司存雨露邊,地分清切任才賢。
舍人退食收封事,宮女開函近禦筵。
曉漏追趨青瑣闥,晴窗檢點白雲篇。
揚雄更有河東賦,唯待吹噓送上天。

(献納使・起居田舎人澄に贈る)

献納司は存す雨露の辺、地清切を分ちて才賢に任す。

舎人過食封事を収め、官女函を開きて禦筵に捧ぐ。

暁漏 迫趨す 青瑣の闥。晴窓点検す白雲の篇。

揚雄更に河東の賦有り、唯だ待つ吹嘘送りて天に上すを。


(現代訳)
献納使で起居舎人の田澄に贈る
献納使の職は本来外部にあるのだが今は天子の雨露のめぐみのふりかかるおそばちかくにあるというのだが。地位身分が天子のお声掛かりで、起居舎人と献納使を兼ねる才賢の任に就かれている。
舎人・献納使は、ほかの官を退席させて後、匭から投書のあった封事を収め、宮女に函からそれを出させそして天子の御座にささげるのである。
暁の漏刻には起居舎人として青塗彫刻の小門に他の官僚に一緒に追随される、献納使としては晴窓の下で一般よりたてまつられた「白雲の詩篇」を点検される。
揚雄が更に「河東賦」があったようにて(自分も更に「封西岳賦」たてまつる)、それをただ、君の吹嘘によって天まで送ってのぼらせてもらいたいと待ち望んでいます。



贈獻納使起居田舍人澄
献納使で起居舎人の田澄に贈る
献納使 官名、唐に延恩匭という投書函の設けがあり、一般人の上書、詩賦文章等をうけつけた。則武天の垂拱中よりこれを置き、諌議大夫・補闕・拾遺一人を以て匭に関することを掌らせた。天宝九載にその官名を献納使と為した。○起居田舎人澄 「起居舎人田澄」ということをかくわけて書きなしたもの。起居舎人は天子の左右にあり、天子の起居注(日記)、政事に関する臣下の議論などを筆記する。田澄は姓名、澄は起居舎人にして献納使を兼ねていたとみられる。


獻納司存雨露邊,地分清切任才賢。
献納使の職は本来外部にあるのだが今は天子の雨露のめぐみのふりかかるおそばちかくにあるというのだが。地位身分が天子のお声掛かりで、起居舎人と献納使を兼ねる才賢の任に就かれている。
○献納司 献納使の職司をいう。○雨露辺 雨露とは天子の恩沢をいう。その恩沢の露のかかるにちかきあたりを雨露辺という。献納の司は外部にあるが舎人がこれをかねているので舎人の地位より雨露という。○地分清切 清切とは清要切近の意。職務が繁雑でなくて高く天子の側近にあることをいう。清切とは雨露の語をうけ、舎人の地位についていう。天子に直接口上できること。〇才賢 才は起居舎人、賢は献納使,両職を兼ねることを指す。田澄のこと。



舍人退食收封事,宮女開函近禦筵。
舎人・献納使は、ほかの官を退席させて後、匭から投書のあった封事を収め、宮女に函からそれを出させそして天子の御座にささげるのである。
退食 「詩経」に「過食公ヨリス」の語があり、公庁より退いて食をとることをいう。ここは必しも食事することをいうのではなく、公務を終えて退庁することをいう。ほかの官を退席させて後という意。○収封事 封事とは他人にみられぬように封じてある上書、収めるとほとりかたづけること。ここは献納伐としてのしごとをなすことをいう。○宮女 宮中につかえる女官をいう。○開函 函ははこ、即ち匪(投書びつ)の函をいう。○禦筵 天子の御座。



曉漏追趨青瑣闥,晴窗檢點白雲篇。
暁の漏刻には起居舎人として青塗彫刻の小門に他の官僚に一緒に追随される、献納使としては晴窓の下で一般よりたてまつられた「白雲の詩篇」を点検される。
暁漏 漏は水時計。暁漏とは朝の出仕の時刻をいう。夜明けのこと。○迫趨 ひとといっし上にこぼしりしてでむく。○青瑣闥 闥は小門、青瑣とはくさりをつらねたような離刻に青い絵具をぬったものをいう。○晴窓 天気のよいおりのまど。○点検 点をつけてしらべる、その天子のお手もとへ出す価値があるか香かをしらべること。○白雲篇 一般人が、白雲の夢をもって奉られた詩篇。短冊篇が重ねられると白雲のように見えた。



揚雄更有河東賦,唯待吹噓送上天。
揚雄が更に「河東賦」があったようにて(自分も更に「封西岳賦」たてまつる)、それをただ、君の吹嘘によって天まで送ってのぼらせてもらいたいと待ち望んでいます。
河東賦 漢の揚雄の作。杜甫はすでに三賦を献じ、天宝十三載更に「封西岳賦」を奏した。これはその作があって田澄によってこれを献じようとすることしめす。○吹嘘 吹も嘘もいきをふきかけること。○送上天 送って天へのぼす、天子に達せしめることをいう。


楊雄(ようゆう) B53~A18  蜀郡成都の出身。字は子雲。40余歳で上京して大司馬王音に文才を認められ、成帝に招されて黄門侍郎とされた。司馬相如の賦を尊崇して自身も名手と謳われたが、やがて文学を捨てて修学して多くの著作を行ない、『楊子法言』は『論語』に、『太玄経』は『易経』に倣って作られた。好学博識だが吃音で論・議を好まず、言説に対する批判には著述で応じた。王莽の簒奪後、門弟が符命の禁を破ったために自殺を図って果たせず、不問とされて大夫に直された。