送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 93
 

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 
陳右の節度使である哥舒翰の部下である都尉の官の蔡希魯が陳右へかえるのを送り、すでに隣右に居る親友高適に寄せた詩である。製作時は755年天宝十四載春の作。44歳


送蔡希魯都尉還隴右,
    因寄高三十五書記

     * 〔原注〕時哥舒人奏。勘察子先蹄

蔡希魯都尉君が隴右にかえるのを送り、これをもって高三十五書記に寄せるものである。*原文に注あり、この時、哥舒翰将軍は軍事報告で朝廷にいた。そのため高適察子を先に西寧府の就かせた。
蔡子勇成癖,彎弓西射胡。
蔡希魯は平生勇壮なことをするのが習癖になっていて、弓をひいて西の方胡の弓を構えているえびすを射ることがある。
健兒寧闘死,壯士恥為儒。
彼は健児であり壮士であって、むしろたたかって死ぬのをよしとするので、儒者などになることを恥とかんがえている。
官是先鋒得,才緣挑戰須。
いま都尉という官位にあるのは、戦で先鋒となってはたらいたために得たものである。彼の戦に対する才能は敵に対して戦を挑むのに大切なことなのである。
身輕一鳥過,槍急萬人呼!』

彼の身の軽やかなことは一羽の鳥より過ぎているのであり、彼が槍を急につきだす時には驚き万人が呼ぶのだ。』
雲幕隨開府,春城赴上都。
天下の幕府のなかで哥舒開府に随っているのだが、春の長安城に赴くことになったのである。
馬頭金匼匝,駝背錦糢糊。』
そのときは馬頭には黄金の路頭(おもがい)を匼匝とぐるりと囲んでいる、駱駝の背には錦の帕(はらかけ)を糢糊とたらして来る。』
咫尺雪山路,歸飛青海隅。

任地にかえるにおよんで、彼の意気は遠い雪山の路でも咫尺ほどまぢかとかんがえられるほど盛んで、青海のかたすみへとぶように帰ってゆくのである。
上公猶寵錫,突將且前驅。』
主人開府公はまだ天子より恩寵を蒙って物をたまわることにはなっていない、馳突の将といわれる彼がとにかく前駆となって一足さきにゆくのである。』
漢水黃河遠,涼州白麥枯。
漢の天子の使者ともいうべき貴君は遠く黄河の奥までゆくが、涼州のあたりはその頃は白麦が熟して夏になっているだろう。
因君問消息,好在阮元瑜?』

貴君がゆくついでに自分は友人の消息をたずねたい、あの阮元瑜(高適)は達者でいるのかどうか、と。



(蔡希魯都尉が陳右に還るを送り、因って高三十五書記に寄す)

蔡子勇 癖を成す 弓を彎きて西胡を射る

健児寧ろ闘って死せん 壮士儒為るを恥ず

官は是れ先鋒にて得 才は挑戦に縁りて須つ

身軽くして一鳥過ぎ 槍急にして万人呼ぶ』

 

雲幕開府に随い 春城上都に赴く

馬頭金匝たり 駄背錦糢糊たり』

咫尺雪山の路 帰り飛ぶ青海の隅

上公猶お寵錫 突将且つ前駆す』

漢使黄河遠く 涼州白麦枯る

君に因りて消息を問う 好在なりや阮元瑜。




送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 訳註と解説
*原注 時哥舒人奏。勘察子先蹄

(下し文)
蔡希魯都尉が隴右に還るを送り、因って高三十五書記に寄す*原文に注あり、時に哥舒翰 人奏せり。勘いて察子を先蹄す。
(現代語訳)

蔡希魯都尉君が隴右にかえるのを送り、これをもって高三十五書記に寄せるものである。*原文に注あり、この時、哥舒翰将軍は軍事報告で朝廷にいた。そのため高適察子を先に西寧府の就かせた。

察希魯 人名。○都尉 唐の時、諸府には折衝都尉・左右果毅都尉があった。○隴右 道の名、今の甘粛地方、哥舒翰はそこの節度使で甘粛省西寧府に駐在した。○高三十五書記 高適、適はすでに翰の幕僚であった。○哥舒 哥舒翰。〇人奏 京師(長安)に入り天子に軍務の事を上奏する、事節は754年天宝十四載春である。○勘 強いて命ずる。○蔡子 希魯をいう。○先蹄 この時哥舒翰は途中で糖尿病で動けなく京師(長安)に留どまった。因って希魯を先に陳右へかえらせたのである。



 

(本文)
蔡子勇成癖,彎弓西射胡。
健兒寧闘死,壯士恥為儒。
官是先鋒得,才緣挑戰須。
身輕一鳥過,槍急萬人呼!』

(下し文)
蔡子勇 癖を成す 弓を彎きて西胡を射る
健児寧ろ闘って死せん 壮士儒為るを恥ず
官は是れ先鋒にて得 才は挑戦に縁りて須つ
身軽くして一鳥過ぎ 槍急にして万人呼ぶ』

(現代語訳)
蔡希魯は平生勇壮なことをするのが習癖になっていて、弓をひいて西の方胡の弓を構えているえびすを射ることがある。
彼は健児であり壮士であって、むしろたたかって死ぬのをよしとするので、儒者などになることを恥とかんがえている。
いま都尉という官位にあるのは、戦で先鋒となってはたらいたために得たものである。彼の戦に対する才能は敵に対して戦を挑むのに大切なことなのである。
彼の身の軽やかなことは一羽の鳥より過ぎているのであり、彼が槍を急につきだす時には驚き万人が呼ぶのだ。』



蔡子勇成癖,彎弓西射胡。
蔡希魯は平生勇壮なことをするのが習癖になっていて、弓をひいて西の方胡の弓を構えているえびすを射ることがある。
勇成癖 勇壮なことをするのが平生の習癖となっている。○彎弓 弓をひく。○西射胡 胡はえびす、吐蕃をさす。騎馬民族・遊牧民族であるため、弓の合戦が主となる。

健兒寧闘死,壯士恥為儒。
彼は健児であり壮士であって、むしろたたかって死ぬのをよしとするので、儒者などになることを恥とかんがえている。
健児 壮士のこと、軍人であることをいう。○寧闘死 いっそたたかって死ぬのがましじゃ。○壮士 上の健児と同じ、軍人であることをいう。○恥為儒 儒者になることは恥とおもう。



官是先鋒得,才緣挑戰須。
いま都尉という官位にあるのは、戦で先鋒となってはたらいたために得たものである。彼の戦に対する才能は敵に対して戦を挑むのに大切なことなのである。
 都尉の官をさす。○先鋒得 戦場で先鋒をつとめたために得たのである。〇才 或は材に作る。材器、伎価をいう。○挑戦 敵に対して戦を求めること、挑はいどむ。○ そのいりようなことをいう。



身輕一鳥過,槍急萬人呼!』
彼の身の軽やかなことは一羽の鳥より過ぎているのであり、彼が槍を急につきだす時には驚き万人が呼ぶのだ。』
身軽 身体のはたらきの軽捷なこと。〇一鳥過一つの鳥が飛びすぎるよう。○槍急 槍を急につきだす。〇万人呼 多くの人がそのわざに驚きさけぶ。




(本文)
雲幕隨開府,春城赴上都。
馬頭金匼匝,駝背錦糢糊。』

(下し文)
雲幕開府に随い 春城上都に赴く
馬頭金匼匝たり 駝背錦糢糊たり』

 (現代語訳)
天下の幕府のなかで哥舒開府に随っているのだが、春の長安城に赴くことになったのである。
そのときは馬頭には黄金の路頭(おもがい)を匼匝とぐるりと囲んでいる、駱駝の背には錦の帕(はらかけ)を糢糊とたらして来る。』



雲幕隨開府,春城赴上都。
天下の幕府のなかで哥舒開府に随っているのだが、春の長安城に赴くことになったのである。
雲幕 この雲幕は雲の横たわっている幕ということであろう。幕府の幕をいう、軍中にあっては幕を以て府となす。○随開府 開府は開府儀同三司の位、哥舒翰をさす。○春城 春時の長安城。○上都 長安をさす。



馬頭金匼匝,駝背錦糢糊。』
そのときは馬頭には黄金の路頭(おもがい)を匼匝とぐるりと囲んでいる、駱駝の背には錦の帕(はらかけ)を糢糊とたらして来る。』
○金匼匝 匼匝(こうそう)はぐるりと囲むさま、金とは黄金でかざった路頭(馬面をからめるつな)をいう。○駝背 らくだのせなか。哥舒翰は朝廷へ使者をだすときいつも自駱駝に乗って一日に五百里を馳せしめたと小う。○錦糢糊 模糊はおぼろなさま。錦とは錦でつくった馬の腹かけをいう。
 


(本文)
咫尺雪山路,歸飛青海隅。
上公猶寵錫,突將且前驅。』
漢水黃河遠,涼州白麥枯。
因君問消息,好在阮元瑜?』


 (下し文)
咫尺(ししゃく)雪山の路 帰り飛ぶ青海の隅
上公猶お寵錫(ちょうしゃく) 突将且つ前駆す』
漢使黄河遠く 涼州白麦枯る
君に因りて消息を問う 好在なりや阮元瑜。』


(現代語訳)
任地にかえるにおよんで、彼の意気は遠い雪山の路でも咫尺ほどまぢかとかんがえられるほど盛んで、青海のかたすみへとぶように帰ってゆくのである。
主人開府公はまだ天子より恩寵を蒙って物をたまわることにはなっていない、馳突の将といわれる彼がとにかく前駆となって一足さきにゆくのである。』

漢の天子の使者ともいうべき貴君は遠く黄河の奥までゆくが、涼州のあたりはその頃は白麦が熟して夏になっているだろう。
貴君がゆくついでに自分は友人の消息をたずねたい、あの阮元瑜(高適)は達者でいるのかどうか、と。



咫尺雪山路,歸飛青海隅。
任地にかえるにおよんで、彼の意気は遠い雪山の路でも咫尺ほどまぢかとかんがえられるほど盛んで、青海のかたすみへとぶように帰ってゆくのである。
咫尺 咫は八寸、尺は一尺。咫尺とはまぢかとみなすことをいう。○雪山 天山をいう、此の句は蓋し「班超伝賛」の「坦歩葱雪、咫尺竜沙」の句意を用いる。陳右はそこからは実は遠いところにあるが遠からずとかんがえているというのである。一説に雪山は武威の南にある山をいうという、其の説によれば咫尺とは実際に近いことをいう。○帰飛 飛とは、はやくかえるをいう。○青海隅 青海は陳右の近西にある、隅はかたすみ。青を或は西に作る。



上公猶寵錫,突將且前驅。』
主人開府公はまだ天子より恩寵を蒙って物をたまわることにはなっていない、馳突の将といわれる彼がとにかく前駆となって一足さきにゆくのである。』
上公 公の上位にあるもの、哥舒翰は開府の待遇をうける故に上公という。○猶寵錫 寵錫とは天子より恩寵を蒙って物をたまわることをいう。実は病のために滞留しているのをかく辞をかざっていったもの。猶とはいまだにの意。○突将 馳突を能くする将、察都尉をさす。○ しばらく。○前駆 さきがけをする。



漢使黃河遠,涼州白麥枯。
漢の天子の使者ともいうべき貴君は遠く黄河の奥までゆくが、涼州のあたりはその頃は白麦が熟して夏になっているだろう。
漢使 漢の張鶱(ちょうけん)は武帝のために西域に使いした、それらをおもいあわせてかくいう。張鶱が唐の天子の使者となってゆくことをいう。○黄河遠 隴右は黄河の上流にある。○涼州 甘粛省涼州府武威県治、即ち河西節度使の駐在所。〇白麦枯 白麦は涼州地方の産物、用いて酒を醸すという。枯とは成熟して稈(わら)の枯死することをいう、それにより夏になったことをいう。



因君問消息,好在阮元瑜?』
貴君がゆくついでに自分は友人の消息をたずねたい、あの阮元瑜(高適)は達者でいるのかどうか、と。
蔡をさす。○消息 たより。○好在 お達者でしょうか。○阮元瑜 魏の阮籍の父瑀、字は元瑜、書檄の文章をよくした。作者はつねに瑀を以て高適にたとえてよんでいる、他の詩にも多くの例がある。