醉歌行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 94

醉歌行
いとこの子杜勤が落第して故郷へ帰るのを送り、別れの宴で酔って作ったうたである。製作時は天宝十四載の春、長安での作。    


酔歌行  * 〔原注〕別従姪勤落第歸。
陸機二十作文賦,汝更小年能綴文。
陸機は年二十にして檄文や賦を作ったというが、君はそれよりも若くて能く詩文をつづるではないか。
總角草書又神速,世上兒子徒紛紛。
角髪の少年時代から草書を不思議なほど早く書いていた、世間の子供等は君に比べると徒らに多くいるというだけなのだ。
驊騮作駒已汗血,鷙鳥舉翮連青雲。
驊騮の駿馬はわか駒のときからすでに血を汗にするだけの素質はあり、強い鳥は翮を挙げればただちに青雲につらなる能力を持っている。
詞源倒流三峽水,筆陣獨掃千人軍。』

君の文章の力は詞源濠々としてあふれるほどであり、三峡の水を傾倒しておしながすようである、筆陣にたてば一人を以て千人の軍を掃却することができる。』

只今年才十六七,射策君門期第一。
しかし今やっと十六七歳の少年であって、朝廷において試験問題にお答えして第一の成績を得ようとするのだ。
舊穿楊葉真自知,暫蹶霜蹄未為失。
かねて柳葉を射て百発百中の技能あることは君自身が知っている。ちょっと霜蹄がつまずいた(落第した)ぐらいでは過失とするにはあたらぬ。
偶然擢秀非難取,會是排風有毛質。
大勢いたとしてもたまたま抜擢されるの運命にありつけぬわけではなく、きっときみは風を排して上るだけの猛鳥の本質はもっているのだ。
汝身已見唾成珠,汝伯何由發如漆?』

わたしは君がすでに荘子が言う「唾さえ珠を成す」ということをみとめているが、君のおじのわたしがどうしたらふたたび髪が漆のように黒くなることができるだろうか。(唾を玉にするようにうまく表現するのはできても、歳を若くすることはできない。)』

春光潭沱秦東亭,渚蒲牙白水荇青。
さて汝を見送ろうとすると、長安城東の亭では春の光り、かげろうが動いて、なぎさの蒲の芽は白くめぐみ、あさざの葉は青く水面にういている。
風吹客衣日杲杲,樹攪離思花冥冥。
風は頬を撫で君の旅衣を吹き払い、太陽は燦々とかがやいている。樹上の花は暗くなるほど覆いかぶさって咲きてこのわかれを離れがたいものに思わせる。
酒盡沙頭雙玉瓶,眾賓皆醉我獨醒。
水辺の砂浜にころがっている二つの玉の酒瓶には酒がなくなってしまった。他のお客たちはみな酔われたがわたしだけは別離の悲しさのため酔うことができない。
乃知貧賤別更苦,吞聲躑躅涕淚零。』

ここに至って貧乏生活のなかでの別れというものが特別にさらに苦しいものであることがよくわかった。言うべき言葉を飲み込んでしまうほどに嗚咽して泣き、足のあゆみもすすまず、ただなみだがおつるばかりである。


(酔歌行)

陸機二十にして文の賊を作る、汝更に少年にして能く文を綴る

総角にして草書又た神速、世上の児子徒に紛紛たり

醇騒駒と作って己に汗血なり、鷲鳥副を挙げて青雲に連なる

詞源倒に流す三昧の水、筆陣独り掃う千人の軍』


只今年綾に十六七、射策君門に第一を期す

旧楊葉を穿つは兵に自ら知る、暫く粛蹄蕨く未だ失えりと為さず

偶然擢秀取り難きに非ず、会ず是れ排風毛賀有り

汝が身己に見る唾珠を成すを、汝が伯何に由ってか髪漆の如くならん』


春光渾陀たり秦の東亭、渚蒲芽白くして水芹青し

風は客衣を吹いて日呆呆たり、樹は離息を摸して花冥冥たり

酒は尽く沙頭の双玉瓶、衆賓皆酔うも我独り醒めたり

乃ち知る貧餞の別るること更に苦しきを、声を呑んで衡燭沸涙零つ』





訳註と解説


(本文)
陸機二十作文賦,汝更小年能綴文。
總角草書又神速,世上兒子徒紛紛。
驊騮作駒已汗血,鷙鳥舉翮連青雲。
詞源倒流三峽水,筆陣獨掃千人軍。』

(下し文)
陸機二十にして文の賊を作る、汝更に少年にして能く文を綴る
総角にして草書又た神速、世上の児子徒に紛紛たり
醇騒駒と作って己に汗血なり、鷲鳥副を挙げて青雲に連なる
詞源倒に流す三昧の水、筆陣独り掃う千人の軍』


(現代語訳)


酔歌行 酔うての歌を詩に作る。○従姪 いとこの子をいう。○ 其の人の名、一に勤を勧に作る。*〔原注〕別従姪勤落第歸。-

陸機は年二十にして檄文や賦を作ったというが、君はそれよりも若くて能く詩文をつづるではないか。
角髪の少年時代から草書を不思議なほど早く書いていた、世間の子供等は君に比べると徒らに多くいるというだけなのだ。
驊騮の駿馬はわか駒のときからすでに血を汗にするだけの素質はあり、強い鳥は翮を挙げればただちに青雲につらなる能力を持っている。
汝の文章の力は詞源濠々としてあふれるほどであり、三峡の水を傾倒しておしながすようである、筆陣にたてば一人を以て千人の軍を掃却することができる。』

文、粉、、雲、軍。


酔歌行

陸機二十作文賦,汝更小年能綴文。
陸機は年二十にして檄文や賦を作ったというが、君はそれよりも若くて能く詩文をつづるではないか。
陸機 西晋の大鹿・元康時代の文学者。陸機(りくき261年 - 303年)呉・西晋の文学者・政治家・武将。七尺もの身の丈を持ち、その声は鐘のように響きわたったという。儒学の教養を身につけ、礼に外れることは行なわなかった。同じく著名な弟の陸雲と合わせて「二陸」とも呼ばれる。六朝時代を代表する文学者の一人であり、同時代に活躍した潘岳と共に、「潘陸」と並び称されている。特に「文賦(文の賦)」は、中国文学理論の代表的著作として名高い。〇二十 二十歳。○文賦 文学を論じた賦である。○ 勤をさす。○更少年 後に十六七とあるのからすれば、勤は機よりも年わかである。〇校文 詩文をつづりつくる。

總角草書又神速,世上兒子徒紛紛。
角髪の少年時代から草書を不思議なほど早く書いていた、世間の子供等は君に比べると徒らに多くいるというだけなのだ。
総角 角髪の二つを一つにくくったものをいう、少年の姿。○草書 書体の名、走りがき。○神速 ふしぎに筆をはこぶことがはやい。○世上児子 世間の少年。○徒紛紛 いたずらに多い。

驊騮作駒已汗血,鷙鳥舉翮連青雲。
驊騮の駿馬はわか駒のときからすでに血を汗にするだけの素質はあり、強い鳥は翮を挙げればただちに青雲につらなる能力を持っている。
驊騮 くり毛の馬、周の穆王の八匹の駿馬の一つ。○作駒 わかごまであるときから。○汗血 大宛国の天馬の如く血を汗にだす。○鷙鳥 強い鳥。○ たちばね。○連青雲 たかく飛ぶことをいう。

詞源倒流三峽水,筆陣獨掃千人軍。』
汝の文章の力は詞源濠々としてあふれるほどであり、三峡の水を傾倒しておしながすようである、筆陣にたてば一人を以て千人の軍を掃却することができる。』
詞源倒流 文章の力を江水を以てたとえる。詞源は文章の湧きでる源をいう、倒流とはさかさまにぶんながすこと、必しも逆流とは解さぬ。〇三峡水 瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。○筆陣 文学の世界を戦場を以てたとえる。○独掃 ひとりでなぎはらう。〇千人軍 多くの軍勢をいう。





(本文)
只今年才十六七,射策君門期第一。
舊穿楊葉真自知,暫蹶霜蹄未為失。
偶然擢秀非難取,會是排風有毛質。
汝身已見唾成珠,汝伯何由發如漆?』

(下し文)
只今年綾に十六七、射策君門に第一を期す
旧楊葉を穿つは兵に自ら知る、暫く粛蹄蕨く未だ失えりと為さず
偶然擢秀取り難きに非ず、会ず是れ排風毛賀有り
汝が身己に見る唾珠を成すを、汝が伯何に由ってか髪漆の如くならん』

(現代語訳)
しかし今やっと十六七歳の少年であって、朝廷において試験問題にお答えして第一の成績を得ようとするのだ。
かねて柳葉を射て百発百中の技能あることは君自身が知っている。ちょっと霜蹄がつまずいた(落第した)ぐらいでは過失とするにはあたらぬ。
大勢いたとしてもたまたま抜擢されるの運命にありつけぬわけではなく、きっときみは風を排して上るだけの猛鳥の本質はもっているのだ。
わたしは君がすでに荘子が言う「唾さえ珠を成す」ということをみとめているが、君のおじのわたしがどうしたらふたたび髪が漆のように黒くなることができるだろうか。(唾を玉にするようにうまく表現するのはできても、歳を若くすることはできない。)』


文、粉、雲、軍。

只今年才十六七,射策君門期第一。
しかし今やっと十六七歳の少年であって、朝廷において試験問題にお答えして第一の成績を得ようとするのだ。
十六七 勤の年齢をいう。○射策 漢の時試験に対策と射策とがあり、対策は経義を以て顕わに問い、射策は難問疑義を甲乙の策(ふだ)に書き、問題をくじびきでとって答えさせた。○君門 天子のごもん、朝廷をいう。



舊穿楊葉真自知,暫蹶霜蹄未為失。
かねて柳葉を射て百発百中の技能あることは君自身が知っている。ちょっと霜蹄がつまずいた(落第した)ぐらいでは過失とするにはあたらぬ。
 在来、従来の義。かねて。○穿楊葉 「戦国策」に見える楚の養由基の故事、養由基は柳葉を去ること百歩にしてこれを射、百発百中であったといわれる弓の名人、勤が文学におけるや養由基の弓におけるほどの技能があるというのである。作者は柳を場と改めて用いている。〇自知 自分自身が知っている。○暫蹶霜蹄 これは人を馬を以てたとえていう。上の「驊騮」の語を承ける。勤が落第したのは馬の霜をふむひづめがちょっとつまずいたようなものである。○ 過失、失策。


偶然擢秀非難取,會是排風有毛質。
大勢いたとしてもたまたま抜擢されるの運命にありつけぬわけではなく、きっときみは風を排して上るだけの猛鳥の本質はもっているのだ。
擢秀 秀でているものを擢く、及第することをいう。○取擢秀ということを取り得ることをいう。○俗語。○排風風をおしわけてとぶ、上の「鷲鳥」の語を承ける。○毛質羽毛のつよい本質。

汝身已見唾成珠,汝伯何由發如漆?』
わたしは君がすでに荘子が言う「唾さえ珠を成す」ということをみとめているが、君のおじのわたしがどうしたらふたたび髪が漆のように黒くなることができるだろうか。(唾を玉にするようにうまく表現するのはできても、歳を若くすることはできない。)』
汝身己見 己見汝身と同じ、見るとは作者が見ることをいう。○唾成珠 「荘子」に本づく、つばを吐いてもそれがみな珠玉になる、片言たりとも美であることをいう。○汝伯 伯とは叔父伯父の伯、杜甫は勤の伯父の尊属にあたる人になる。汝伯とは杜甫をさす。○何由 いかにして。○髪如漆 わかがえって白髪がうるしのように黒くなる。




(本文)
春光潭沱秦東亭,渚蒲牙白水荇青。
風吹客衣日杲杲,樹攪離思花冥冥。
酒盡沙頭雙玉瓶,眾賓皆醉我獨醒。
乃知貧賤別更苦,吞聲躑躅涕淚零。』

(下し文)
春光渾陀たり秦の東亭、渚蒲芽白くして水芹青し
風は客衣を吹いて日呆呆たり、樹は離息を摸して花冥冥たり
酒は尽く沙頭の双玉瓶、衆賓皆酔うも我独り醒めたり
乃ち知る貧餞の別るること更に苦しきを、声を呑んで衡燭沸涙零つ』

(現代語訳)

さて汝を見送ろうとすると、長安城東の亭では春の光り、かげろうが動いて、なぎさの蒲の芽は白くめぐみ、あさざの葉は青く水面にういている。
風は頬を撫で君の旅衣を吹き払い、太陽は燦々とかがやいている。樹上の花は暗くなるほど覆いかぶさって咲きてこのわかれを離れがたいものに思わせる。
水辺の砂浜にころがっている二つの玉の酒瓶には酒がなくなってしまった。他のお客たちはみな酔われたがわたしだけは別離の悲しさのため酔うことができない。

ここに至って貧乏生活のなかでの別れというものが特別にさらに苦しいものであることがよくわかった。言うべき言葉を飲み込んでしまうほどに嗚咽して泣き、足のあゆみもすすまず、ただなみだがおつるばかりである。

春光潭沱秦東亭,渚蒲牙白水荇青。
さて君を見送ろうとすると、長安城東の亭では春の光り、かげろうが動いて、なぎさの蒲の芽は白くめぐみ、あさざの葉は青く水面にういている。
潭沱 「江賦」にみえる。かげろう淡蕩、また駄蕩に同じ。○ 長安をさす。○東亭 城外の東亭。覇陵橋のたもとにあった亭。○渚蒲 なぎさに生えた蒲。○水荇 あさざ。

風吹客衣日杲杲,樹攪離思花冥冥。
風は頬を撫で君の旅衣を吹き払い、太陽は燦々とかがやいている。樹上の花は暗くなるほど覆いかぶさって咲きてこのわかれを離れがたいものに思わせる。
客衣 客とは勤をさす。○杲杲 太陽の樹上に燦々とかがやくさま。○ かきみだす。○離思わかれのこころ。○花冥冥 冥冥とは咲きさかっておおいかぶさりくらいことをいう、花は即ち樹上の花。
 

酒盡沙頭雙玉瓶,眾賓皆醉我獨醒。
水辺の砂浜にころがっている二つの玉の酒瓶には酒がなくなってしまった。他のお客たちはみな酔われたがわたしだけは別離の悲しさのため酔うことができない。
 なくなる。○沙頭 水辺の砂浜をいう。○玉瓶一対の玉の酒瓶(さかがめ)。○衆賓 屈原の「漁父辞」の「衆人ハ皆酔エルニ我ハ独り醒ム」というのを用いる。それは比喩であるが、これは実際別離の悲しさのため他人は酔っても自己は酔わぬことをいう。


乃知貧賤別更苦,吞聲躑躅涕淚零。』
ここに至って貧乏生活のなかでの別れというものが特別にさらに苦しいものであることがよくわかった。言うべき言葉を飲み込んでしまうほどに嗚咽して泣き、足のあゆみもすすまず、ただなみだがおつるばかりである。
貧賤別 貧乏生活のなかのわかれ。〇吞聲 しのびねになく。○躑躅 行きて進まざるさま。○涕淚 はなみずとなみだ。○ 落ちる。


(解説)
○詩型 七言歌行。
○押韻 文、粉、雲、軍。/七、一、失、質、漆。/亭、青、冥、醒、零。



落第して帰る甥に贈った詩ということであるが、長安の東の門から東へ二つ目の橋のたもとに㶚陵亭があった。李白の「灞陵行送別」など、主に洛陽に向かう長安から地方へ向かう旅人との別れの場所であった。堤には柳が植えられており、「折柳」して別れたところである。
 普通なら、この㶚陵亭で宴席ということであろう。また、落第をして帰るから、そっと帰してやるものかもしれない。しかし、酒ビン2つ空にして、亭でなく砂浜である。持たせてやるものがなく、この詩を懐に入れて帰ったのであろう。
 しかし杜甫の本音、誠実なところが、最後の聯にある。
 「乃ち知る貧餞の別るること更に苦しきを」。
 これが誠実な杜甫の一面をよく表している。落第して帰る側からすれば、帰ろうとすると、引き留められを繰り返しているようだ。「もういいよ、おじさん!」と、言ったとか、言わないとか・・・・・・・。

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