後出塞五首 其二 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 96

755年の三月、村人に見送られて薊門(幽州の花陽)に出征した一兵士が、将軍(安禄山)の軍に従って奚・契丹の軍と戦うが、戦いに勝った将軍の位はますます高くなってくこと、その驕りは天子を軽んじることが目立ち始め、ついにこの兵士は脱走して故郷に帰ってくるが、わが里は荒れ果てて人一人いない空村になっていた、という筋の其の二である。


後出塞五首 其二
朝進東門營,暮上河陽橋。
朝、洛陽の東門の軍営所から進行した、夕暮には河陽の橋の渡し場のあたりまでやってきた。
落日照大旗,馬鳴風蕭蕭。
沈んでゆく太陽が陣中の大旗を照らした、馬は嘶き風が静かにひゅーっと吹きわたった。
平沙列萬幕,部伍各見招。
河にそった沙の原に、宿舎の用意としてたくさんの幕が列に並んでおり、各隊の分隊はそれぞれ点呼を受けている。
中天懸明月,令嚴夜寂寥。
やがて、大空の中ほどに明月がかかった、いかめしく号令の声響いていて夜はひっそりとしてきた。
悲笳數聲動,壯士慘不驕。
そこに、悲しげな葦笛が三声、四声なりひびくと、血気盛んな青年兵士もものがなしくなり、意気消沈してくるのである。
借問大將誰,恐是霍嫖姚。

かりに尋ねるのだけれど、このような軍隊をひきいる大将は誰であるかと。それは恐らくは漢の霍去病のような人であろう。

朝に東門の営より進み 暮に河陽の橋に上る

落日大旗を照らす 馬鳴いて風粛粛たり

平沙万幕列す 部伍各i招かる

中天明月懸る 令厳にして夜寂蓼たり

悲節数声動く 壮士惨として縞らず

借間す大将は誰ぞ 恐らくは是霍嫖姚ならん



Ta唐 長安近郊圖  新02

後出塞五首  訳註と解説

(本文)其二
朝進東門營,暮上河陽橋。
落日照大旗,馬鳴風蕭蕭。
平沙列萬幕,部伍各見招。
中天懸明月,令嚴夜寂寥。
悲笳數聲動,壯士慘不驕。
借問大將誰,恐是霍嫖姚。

(下し文)
朝に東門の営より進み 暮に河陽の橋に上る
落日大旗を照らす 馬鳴いて風粛粛たり
平沙万幕列す 部伍各i招かる
中天明月懸る 令厳にして夜寂蓼たり
悲節数声動く 壮士惨として縞らず
借間す大将は誰ぞ 恐らくは是甚療桃ならん


(現代語訳)
朝、洛陽の東門の軍営所から進行した、夕暮には河陽の橋の渡し場のあたりまでやってきた。
沈んでゆく太陽が陣中の大旗を照らした、馬は嘶き風が静かにひゅーっと吹きわたった。
河にそった沙の原に、宿舎の用意としてたくさんの幕が列に並んでおり、各隊の分隊はそれぞれ点呼を受けている。
やがて、大空の中ほどに明月がかかった、いかめしく号令の声響いていて夜はひっそりとしてきた。
そこに、悲しげな葦笛が三声、四声なりひびくと、血気盛んな青年兵士もものがなしくなり、意気消沈してくるのである。
かりに尋ねるのだけれど、このような軍隊をひきいる大将は誰であるかと。それは恐らくは漢の霍去病のような人であろう。



朝進東門營,暮上河陽橋。
朝、洛陽の東門の軍営所から進行した、夕暮には河陽の橋の渡し場のあたりまでやってきた。
 前へ進出する。○東門営 東門は洛陽の東門城外の軍営所。○河陽橋 河陽は県の名、古の孟津、洛陽の東北、黄河の近くにあり、そこに舟橋を設けて北へわたす。



落日照大旗,馬鳴風蕭蕭。
沈んでゆく太陽が陣中の大旗を照らした、馬は嘶き風が静かにひゅーっと吹きわたった。
馬鳴風粛粛「詩経」の車攻詩に「粛粛トシテ馬鳴ク」とあるのに本づくという、粛々はしずかなさま。〇万幕多くのまく、兵舎の用に供するもの。


沙列萬幕,部伍各見招。
河にそった沙の原に、宿舎の用意としてたくさんの幕が列に並んでおり、各隊の分隊はそれぞれ点呼を受けている。
部伍 分隊をいう。○見招人員の点呼をうけること。



中天懸明月,令嚴夜寂寥。
やがて、大空の中ほどに明月がかかった、いかめしく号令の声響いていて夜はひっそりとしてきた。
指揮官の号令。○寂蓼 ひっそり。


悲笳數聲動,壯士慘不驕。
そこに、悲しげな葦笛が三声、四声なりひびくと、血気盛んな青年兵士もものがなしくなり、意気消沈してくるのである。
悲節かなしげなあしぶえ。○なりだす。○壮士 血気盛んな青年兵士。○ ものがなし。○不騎 いばっている気色のないこと。意気消沈。


借問大將誰,恐是霍嫖姚。
かりに尋ねるのだけれど、このような軍隊をひきいる大将は誰であるかと。それは恐らくは漢の霍去病のような人であろう。
借間 かりにとう。○霍嫖姚 漢の武帝の時の名将霍去病かくきょへい。彼は嫖姚校尉となった。騎射に優れており、18歳で衛青に従って匈奴征伐に赴いている。その後も何度も匈奴征伐に功績を挙げ、3万の首を上げ、紀元前121年に驃騎将軍に、更に紀元前119年には匈奴の本拠地を撃破し、衛青と並んで大司馬とされた。大功と武帝の寵愛により権勢並ぶ物が無くなった霍去病だが、紀元前117年、わずか24歳で病死した。





後出塞五首其一
男兒生世間,及壯當封侯。戰伐有功業,焉能守舊丘?
召募赴薊門,軍動不可留。千金買馬鞍,百金裝刀頭。
閭裡送我行,親戚擁道周。斑白居上列,酒酣進庶羞。
少年別有贈,含笑看吳鉤。

男児世間に生る 壮なるに及びては当に侯に封ぜらるべし。
戦伐すれば功業有り 焉ぞ能く旧丘を守らん。
召募せられて前門に赴く 軍動いて留まる可らず。
千金馬鞍(鞭)を装い 百金刀頭を装う。
閭裡我が行を送り 親戚道周を擁す。
斑白なるは上列に居る 酒酣にして庶羞を進む。
少年は別に贈有り 笑を含みて呉鉤を看る。

其二
朝進東門營,暮上河陽橋。落日照大旗,馬鳴風蕭蕭。
平沙列萬幕,部伍各見招。中天懸明月,令嚴夜寂寥。
悲笳數聲動,壯士慘不驕。借問大將誰,恐是霍嫖姚。

朝に東門の営より進み 暮に河陽の橋に上る
落日大旗を照らす 馬鳴いて風粛粛たり
平沙万幕列す 部伍各i招かる
中天明月懸る 令厳にして夜寂蓼たり
悲節数声動く 壮士惨として縞らず
借間す大将は誰ぞ 恐らくは是甚療桃ならん

其三
古人重守邊,今人重高勛。豈知英雄主,出師亙長雲。
六合已一家,四夷且孤軍。遂使貔虎士,奮身勇所聞。
拔劍擊大荒,日收胡馬群。誓開玄冥北,持以奉吾君。

其四
獻凱日繼踵,兩蕃靜無虞。漁陽豪俠地,擊鼓吹笙竽。
雲帆轉遼海,粳稻來東吳。越羅與楚練,照耀輿台軀。
主將位益崇,氣驕淩上都。邊人不敢議,議者死路衢。

其五
我本良家子,出師亦多門。將驕益愁思,身貴不足論。
躍馬二十年,恐孤明主恩。坐見幽州騎,長驅河洛昏。
中夜問道歸,故裡但空村。惡名幸脫兔,窮老無兒孫。