夜聽許十一誦詩愛而有作 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 101
許十一が夜、その詩を朗吟したのをきいて、それをめでてこの詩を作った。許十一を或は許十、或は許十損に作る。製作時は755年 天宝十四載、44歳長安での作。

 
夜聽許十一誦詩愛而有作
許生五台賓,業白出石壁。
許生は五台山の賓客として仏教を学んだことがあったが、その業は己に白く善なるものとなって山中の石壁から俗界、長安の都にへ出て来たのだ。
餘亦師粲可,身猶縛禪寂。
私はこれまで粲と可を師として禅の流れをまなんでみたが自分の修業は浅いもので身はなお禅寂というものに縛られているのだ。
何階子方便,謬引為匹敵。
それにどうした許生君のてだてによったものであるからして、修行足らずのものがまちがって君に引っぱられてその相手にしたのだ。
離索晚相逢,包蒙欣有擊。』
今は親友と離れて心ぼそかったのだがずいぶん時がたったが君と逢うことができた、君にこの蒙昧なものを受け入れられ、君からこの蒙昧なものを啓発されることをよろこぶのである。』
誦詩渾遊衍,四座皆闢易。
君が詩を誦するのをきくとすべてゆったりとくつろいでいる、満座のものみなあと素樽をして開いた。
應手看捶鉤,清心聽鳴鏑。
きみの手にこたえて鉤を撞ちきたえるのをみ、心をすましてかぶら矢のひびくような音をきいている。
精微穿溟涬,飛動摧霹靂。
君の誦声の微妙な処は大自然の奥そこまでもつらぬくかとおもわれる、飛動するときはいなずまがくだけたかとおもわれるほどである。
陶謝不枝梧,風騷共推激。』
君の詩の趣は古の陶淵明と謝霊運にくいちがってはいない、詩経の「国風」や屈原の「離騒」やと共に激賞するに足るものである。』
紫燕自超詣,翠駁誰翦剔?
紫燕の名馬はおのずから凡馬から超越していることである。翠駁の馬の毛並みはいったいだれがきったりしたのであるかというように、人しれず苦心している結果に成るものであるのだ。
君意人莫知,人間夜寥闃。』

きみの心持は一般の他の人は知るものがないのだ。ただ夜がふけて人間界がひっそりしているばかりだ。


(夜許十一が詩を詞するを聴き、愛して作有り)

許生は五台の賓なり 業白くして石壁より出づ

余も亦た粂可を師とす 身猶お禅寂に縛せらる

何ぞ子が方便に階せらるるや 謬って引かれて匹敵と為る

離索晩に相逢う 包蒙撃つ有るを欣ぶ』

詩を詞する揮て遊行なり 四座皆蹄易す

手に応じて睡釣を看 心を清くして鳴鏑を聴く

精微瞑梓を穿ち 飛動霹靂堆く

陶謝枝梧せず 風騒共に推激す』

紫燕自ら超詣 翠駁誰か勇別せん

君が意人知る莫し 人間夜宴閲たり』




夜聽許十一誦詩愛而有作  訳註

(本文)
許生五台賓,業白出石壁。
餘亦師粲可,身猶縛禪寂。
何階子方便,謬引為匹敵。
離索晚相逢,包蒙欣有擊。』

(下し文)
許生は五台の賓なり 業白くして石壁より出づ
余も亦た粂可を師とす 身猶お禅寂に縛せらる
何ぞ子が方便に階せらるるや 謬って引かれて匹敵と為る
離索晩に相逢う 包蒙撃つ有るを欣ぶ』

(現代語訳)
許生は五台山の賓客として仏教を学んだことがあったが、その業は己に白く善なるものとなって山中の石壁から俗界、長安の都にへ出て来たのだ。
私はこれまで粲と可を師として禅の流れをまなんでみたが自分の修業は浅いもので身はなお禅寂というものに縛られているのだ。
それにどうした許生君のてだてによったものであるからして、修行足らずのものがまちがって君に引っぱられてその相手にしたのだ。
今は親友と離れて心ぼそかったのだがずいぶん時がたったが君と逢うことができた、君にこの蒙昧なものを受け入れられ、君からこの蒙昧なものを啓発されることをよろこぶのである。』



許生五台賓,業白出石壁。
許生は五台山の賓客として仏教を学んだことがあったが、その業は己に白く善なるものとなって山中の石壁から俗界、長安の都にへ出て来たのだ。
〇五台賓 五台は山の名、山西省代州五台県の東北にあり、仏教の霊地とされる。賓とは客分のこと。許生がここで仏教を学んだことをいう。○業白 ごうびゃく仏語。よい果報を受けるよい行い。善業(ぜんごう)。⇔黒業。業白とはその業が白即ち善に属することをいう。○出石壁 山中の石壁の修行の場所から俗世界へ出て来ることをいう、この場合長安に来たことをいう。



餘亦師粲可,身猶縛禪寂。
私はこれまで粲と可を師として禅の流れをまなんでみたが自分の修業は浅いもので身はなお禅寂というものに縛られているのだ。
粲可 地に禅の高僧、粲は即ち璨、可は慧可をいう。達磨は慧可に伝え、慧可は璨に伝え、璨は道信に、道信は弘忍に伝えた。○縛禅寂 仏経に方便があれば慧解、方便がなければ慧縛とある。慧縛は知識がじゃまになり、却ってそれにしぼられることをいう。いま真の禅の悟りを得ぬゆえ禅寂に縛せられるこという。



何階子方便,謬引為匹敵。
それにどうした許生君のてだてによったものであるからして、修行足らずのものががまちがって君に引っぱられてその相手にしたのだ。
何階 階はそれを階梯にすることをいう、何階はどうしたいうがことである。○ 許生をさす。○方便 権宜のてだて。○謬引 謬(あやま)ってとは謙遜の辞であり、引はひきよせられること。○匹敵 あいて。



離索晚相逢,包蒙欣有擊。』
今は親友と離れて心ぼそかったのだがずいぶん時がたったが君と逢うことができた、君にこの蒙昧なものを受け入れられ、君からこの蒙昧なものを啓発されることをよろこぶのである。』
離索 離羣索居を略していう、朋友と別れ散じていること。○晩 晩年をいう。○包蒙、有撃 「易」蒙卦の九二に包蒙、上九に撃蒙の語がある。包蒙とは蒙昧なものを包容することをいい、撃蒙とは蒙昧なものを撃って其の蒙を発くことをいう。此の句は許生が自分(作者)の蒙を包容し、また啓蒙することをいぅ。



(本文)
誦詩渾遊衍,四座皆闢易。
應手看捶鉤,清心聽鳴鏑。
精微穿溟涬,飛動摧霹靂。
陶謝不枝梧,風騷共推激。』
紫燕自超詣,翠駁誰翦剔?
君意人莫知,人間夜寥闃。』

(下し文)
詩を詞する揮て遊行なり 四座皆蹄易す
手に応じて睡釣を看 心を清くして鳴鏑を聴く
精微瞑梓を穿ち 飛動霹靂堆く
陶謝枝梧せず 風騒共に推激す』
紫燕自ら超詣 翠駁誰か勇別せん
君が意人知る莫し 人間夜宴閲たり』

(現代語訳)
君が詩を誦するのをきくとすべてゆったりとくつろいでいる、満座のものみなあと素樽をして開いた。
きみの手にこたえて鉤を撞ちきたえるのをみ、心をすましてかぶら矢のひびくような音をきいている。
君の誦声の微妙な処は大自然の奥そこまでもつらぬくかとおもわれる、飛動するときはいなずまがくだけたかとおもわれるほどである。
君の詩の趣は古の陶淵明と謝霊運にくいちがってはいない、詩経の「国風」や屈原の「離騒」やと共に激賞するに足るものである。』
紫燕の名馬はおのずから凡馬から超越していることである。翠駁の馬の毛並みはいったいだれがきったりしたのであるかというように、人しれず苦心している結果に成るものであるのだ。
きみの心持は一般の他の人は知るものがないのだ。ただ夜がふけて人間界がひっそりしているばかりだ。



誦詩渾遊衍,四座皆闢易。
君が詩を誦するのをきくとすべてゆったりとくつろいでいる、満座のものみなあと素樽をして開いた。
詞詩 許生が自作の詩を朗吟すること。○遊衍 ゆったりとくつろぐさま。〇四座 満座の人々。○闢易 ひらいて所をかえる。



應手看捶鉤,清心聽鳴鏑。
きみの手にこたえて鉤を撞ちきたえるのをみ、心をすましてかぶら矢のひびくような音をきいている。
応手 手をはたらかすにつれて。此の二字は捶鉤へかかる。○捶鉤 「荘子」知北遊に「大鳥ノ鈎ヲ睡ツ者、年八十、両シテ豪だヲ失ワズ」とみえる。大馬は大司馬、錘とはうってきたえること、鉤は剣の種類でかぎのようにまがっているものをいう。この八十の老人が剣をうつのに妙を得てうった鉤の軽重がどれもこれも同一であるというのである。ここの用法は「看二極釣ことあるけれども看るばかりではなく聞くことであろう、鉤をうつ音をきくのに似ているというのである。○清心 上旬の手は許生の手であるが此の句の心は作者の心である、清とは他の妄念をのぞくことをいう。○鳴鏑 かぷら矢、これも上の捷釣とひとしく詞詩の声についていう。



精微穿溟涬,飛動摧霹靂。
君の誦声の微妙な処は大自然の奥そこまでもつらぬくかとおもわれる、飛動するときはいなずまがくだけたかとおもわれるほどである。
精微 誦詩の精密微妙。○穿溟涬 溟涬は「荘子」には涬演という。自然の気をいう、溟涬を穿つとは大自然の奥底まで貫通することをいう。○飛動 声の飛動。○推霹靂 いなずまのくだけるよう。



陶謝不枝梧,風騷共推激。』
君の詩の趣は古の陶淵明と謝霊運にくいちがってはいない、詩経の「国風」や屈原の「離騒」やと共に激賞するに足るものである。』
陶謝 陶淵明・謝霊運、曹宋間の大詩人。○枝桔 くいちがう、不枝棺は詩趣がそれと一致することをいう。○風騒 「詩経」の国風の詩篇や、屈原の作った騒体の韻文。○ 許生の作がこれと共にということ。○推激 激字の用法は少し無理であるかと考える。意は激賞するに足るということであろう。「陶謝」二句は許生の詩の性質についてのべる。



紫燕自超詣,翠駁誰翦剔?
紫燕の名馬はおのずから凡馬から超越していることである。翠駁の馬の毛並みはいったいだれがきったりしたのであるかというように、人しれず苦心している結果に成るものであるのだ。 
紫燕 漢の文帝の良馬九匹、其の一つを紫燕騮という、許生の詩能を比較する。○超詣 遠くにこえていく。超とは高くこえること、詣とは遠くにまでいたること。○翠駁 翠は馬については紫色をいう。駁は色の不純なことをいう。紫色でぶちであるのが翠駁であり、そのような馬をいう。○翦剔 翦はたてがみの毛をきること、剔は毛を刷くことをいう。翦剔とは毛なみをうるわしく整えることをいう。



君意人莫知,人間夜寥闃。』
きみの心持は一般の他の人は知るものがないのだ。ただ夜がふけて人間界がひっそりしているばかりだ。
 他の人。○寥闃 闃はおとのないことを


○詩型 五言古詩。
○押韻 壁、寂、敵、擊。/易、鏑、靂、激。/剔、闃。