自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 107 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-3




自京赴奉先縣詠懷五百字 #3
顧惟螻蟻輩、但自求其穴。
よく考えてみると今の世に貴公子や富豪を得ているけら虫、蟻虫のようなものどもは、ただ我儘に都合のよい穴を求め、生活しているのだ。
胡為慕大鯨、輒擬偃溟渤。
盲目的に追随とか、大鯨を慕うだけで、いつも大海の水に偃そうとすることなどすることはないのだ。
以茲悟生理、独恥事干謁。
こんなことではとてもろくな生活はなりたたないと悟っても、どうしても自分としてはたのみこむために貴人に面会するなことは恥かしくてしないのだ。
兀兀遂至今、忍為塵埃没。
かくて不安のきもちをもちつつ今日に至ったのであるが、どうしていたずらにらに塵埃に此の身を埋没させてしまうことにがまんができるものではないのだ。
終愧巣与由、未能易其節。
昔の隠遁者たる巣父や許由に対しては、結局、愧ずるけれども、世間から引退してしまうことは初の志節を易えることでできないのだ。
沈飲聊自遣、放歌破愁絶。』

隠遁しないから飲酒にひたり深酒をする、それはひとまずおしのけておいて、きままに歌をうたい、強烈な愁をはらしているのだ。』



京より奉先県に赴くときの詠懐 五百字

顧みて惟(おも)うに螻蟻(ろうぎ)の輩(はい)は、但()だ自(みずか)ら其の穴を求むるに。

胡為(なんす)れぞ大鯨(たいげい)を慕(した)いて、輒(すなわ)ち溟渤(めいぼつ)に偃()せんと擬するや。

(ここ)を以て生理(せいり)を悟(さと)り、独り干謁(かんえつ)を事とするを恥ず。

兀兀(ごつこつ)として遂(つい)に今に至り、忍(しの)んで塵埃(じんあい)に没せ為()る。

(つい)に巣(そう)と由(ゆう)とに愧()ずるも、未だ其の節(せつ)を易()うる能(あた)わず。

(ちんいん)  聊(いささ)か自ら遣()り、放歌(ほうか)して愁絶(しゅうぜつ)を破る。






自京赴奉先縣詠懷五百字 #3 現代語訳と訳註 解説

(本文)
顧惟螻蟻輩、但自求其穴。
胡為慕大鯨、輒擬偃溟渤。
以茲悟生理、独恥事干謁。
兀兀遂至今、忍為塵埃没。
終愧巣与由、未能易其節。
沈飲聊自遣、放歌破愁絶。』

(下し文)
京より奉先県に赴くときの詠懐 五百字
顧みて惟(おも)うに螻蟻(ろうぎ)の輩(はい)は、但(た)だ自(みずか)ら其の穴を求むるに。
胡為(なんす)れぞ大鯨(たいげい)を慕(した)いて、輒(すなわ)ち溟渤(めいぼつ)に偃(ふ)せんと擬するや。
茲(ここ)を以て生理(せいり)を悟(さと)り、独り干謁(かんえつ)を事とするを恥ず。
兀兀(ごつこつ)として遂(つい)に今に至り、忍(しの)んで塵埃(じんあい)に没せ為(ら)る。
終(つい)に巣(そう)と由(ゆう)とに愧(は)ずるも、未だ其の節(せつ)を易(か)うる能(あた)わず。
飲(ちんいん)  聊(いささ)か自ら遣(や)り、放歌(ほうか)して愁絶(しゅうぜつ)を破る。』


(現代語訳)
よく考えてみると今の世に貴公子や富豪を得ているけら虫、蟻虫のようなものどもは、ただ我儘に都合のよい穴を求め、生活しているのだ。
盲目的に追随とか、大鯨を慕うだけで、いつも大海の水に偃そうとすることなどすることはないのだ。
こんなことではとてもろくな生活はなりたたないと悟っても、どうしても自分としてはたのみこむために貴人に面会するなことは恥かしくてしないのだ。
かくて不安のきもちをもちつつ今日に至ったのであるが、どうしていたずらにらに塵埃に此の身を埋没させてしまうことにがまんができるものではないのだ。
昔の隠遁者たる巣父や許由に対しては、結局、愧ずるけれども、世間から引退してしまうことは初の志節を易えることでできないのだ。
隠遁しないから飲酒にひたり深酒をする、それはひとまずおしのけておいて、きままに歌をうたい、強烈な愁をはらしているのだ。』


(訳註)
顧惟螻蟻輩、但自求其穴。

よく考えてみると今の世に貴公子や富豪を得ているけら虫、蟻虫のようなものどもは、ただ我儘に都合のよい穴を求め、生活しているのだ。
蛙蟻輩 けら・ありのやから、世上の貴公子や富豪の徒をさす。○求其穴 自己の窟穴を営み求めることをいう。

胡為慕大鯨、輒擬偃溟渤。
盲目的に追随とか、大鯨を慕うだけで、いつも大海の水に偃そうとすることなどすることはないのだ。
胡為 騎馬民族は先頭の馬に慕って行動する。盲目的に追随すること。○ まちかまえる。〇偃溟渤 溟渤は海面のひろくくらいことをいう。上の大鯨をいう。此の句は「白鴎準一浩蕩この如く世俗より離れて高踏することをいう、二句は自己を嘲っていう。
 
以茲悟生理、独恥事干謁。
こんなことではとてもろくな生活はなりたたないと悟っても、どうしても自分としてはたのみこむために貴人に面会するなことは恥かしくてしないのだ。
○以茲 茲とは、彼等のようにして始めて富貴を得ることができるのであり、しなければこれを得ることはできない。〇悟生理 生活の方法についてどうするのかを悟る。○ その事に従うこと。〇千謁 なにかをたのみこむために貴人に面会する。杜甫は仕官活動の初めのころ一時期面会し、詩を贈っている。いやで仕方なかったことを示す。

贈特進汝陽王二十韻  杜甫27

奉贈韋左丞丈二十二韻  杜甫32

贈翰林張四學士 杜甫36

樂遊園歌  杜甫38

奉贈鮮於京兆二十韻 杜甫 53

陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一  73

奉贈太常張卿洎(キ)二十韻 杜甫 89



兀兀遂至今、忍為塵埃没。
かくて不安のきもちをもちつつ今日に至ったのであるが、どうしていたずらに塵埃に此の身を埋没させてしまうことにがまんができるものではないのだ。
兀兀 不動のさま、又不安のさま。○ 反語に用いる。○為塵埃没 (為塵埃竣所没)の「所」の字を略したかきかたで、塵攻に埋没せられること。


終愧巣与由、未能易其節。
昔の隠遁者たる巣父や許由に対しては、結局、愧ずるけれども、世間から引退してしまうことは初の志節を易えることでできないのだ。
巣、由 巣父と許由と。古代の隠遁者。勇が位を許由に譲ろうとしたとき、許由がその話を巣父に告げたところが、巣父は汝は我が友ではないとて清冷の水にいたってその耳を洗ったという。○易其節 節は節操、聖君に事えで万民を済わんというのが作者の志節であり、隠遁するのは其の志節を変易することとなる。


沈飲聊自遣、放歌破愁絶。』
隠遁しないから飲酒にひたり深酒をする、それはひとまずおしのけておいて、きままに歌をうたい、強烈な愁をはらしているのだ。』
沈飲 飲酒にひたる。○ いささか。頼る。安心する。○自遣 煩悶をおいのける、遣はこちらからあちらへやってしまうこと。○放歌 きままにうたう。○破愁絶 愁絶は絶愁に同じ、絶は下へつけた形容詞、はなはだしきの義、破は散ずる意をつよめている。

# 3 解説
「聖天子の世」であり、朝廷には有能な人材もたくさんいるが、つまらぬ「螻蟻の輩」がはびこっていること、分不相応なことをしている宮廷の官吏を批判する。このころは、李林逋から楊貴妃一族が取って代わって朝廷を握り、西方で、南方で大失策、大敗をきっしている。杜甫は大官達に取り入ることをまったくしないので、今日まで塵芥の中に埋もれてきたと述べます。そして隠者のように山林に住むことができないのは恥ずかしいことだが、自分の主義を曲げることはできないので、酒を飲み、詩を作って、愁いを晴らしてきたのだと述べている。


第一段(#1~#3)
杜陵有布衣,老大意轉拙。許身一何愚?竊比稷與契。
居然成獲落,白手甘契闊。蓋棺事則已,此誌常覬豁。』
窮年憂黎元,嘆息腸內熱。取笑同學翁,浩歌彌激烈。
非無江海誌,蕭灑送日月。生逢堯舜君,不忍便永訣。
當今廊廟具,構廈豈雲缺?葵藿傾太陽,物性固莫奪。』
顧惟螻蟻輩,但自求其穴。胡為慕大鯨,輒擬偃溟渤?
以茲誤生理,獨恥事幹謁。兀兀遂至今,忍為塵埃沒。
終愧巢與由,未能易其節。沉飲聊自遣,放歌破愁絕。』

第二段(#4~#8)
歲暮百草零,疾風高岡裂。天衢陰崢嶸,客子中夜發。
霜嚴衣帶斷,指直不得結。淩晨過驪山,禦榻在嵽嵲。』
蚩尤塞寒空,蹴蹋崖谷滑。瑤池氣鬱律,羽林相摩戛。
君臣留歡娛,樂動殷膠葛。賜浴皆長纓,與宴非短褐。』
彤庭所分帛,本自寒女出。鞭撻其夫家,聚斂貢城闕。
聖人筐篚恩,實欲邦國活。臣如忽至理。君豈棄此物?
多士盈朝廷,仁者宜戰慄。』
況聞內金盤,盡在衛霍室。中堂有神仙,煙霧蒙玉質。
暖客貂鼠裘,悲管逐清瑟。勸客駝蹄羹,霜橙壓香橘。
朱門酒肉臭,路有凍死骨。榮枯咫尺異,惆悵難再述。』
北轅就涇渭,官渡又改轍。群水從西下,極目高崒兀。
疑是崆峒來,恐觸天柱折。河梁幸未坼,枝撐聲窸窣。
行旅相攀援,川廣不可越。』
第三段(#9~10)
老妻寄異縣,十口隔風雪。誰能久不顧?庶往共饑渴。
入門聞號啕,幼子餓已卒。吾寧舍一哀?裡巷亦嗚咽。
所愧為人父,無食致夭折。豈知秋禾登,貧窶有蒼卒。』
生常免租稅,名不隸徵伐。撫跡猶酸辛,平人固騷屑。
默思失業徒,因念遠戍卒。憂端齊終南,澒洞不可掇。』



1

杜陵のあたりに一人の官についていない普段着の男が居る、年を取ってはいるがその抱いている志と意識はかたくなで処世術は実にうまくない。

そうした志と意識について自己に妥協して許すことができない愚者というのはいったいどうしてなのであろうか。それは心に秘めていることは自分を論語で示された賢臣、稷との契たちに匹敵すると思っているからなのだ。

そんな大きな志をもっているうちにそのまま滴り落してしまうのであるが、もとより白髪にいたるまで甘んじて艱難辛苦に耐えているのである。

自己の価値は棺に蓋をした後に其の人の行為や事の評価が決定するとおもっている、このように心がけていることは、広々とした気持ちでいたいと願ってはいるということなのだ。』


2

かねてこの方、一年中一般の民衆の身の上を心配し、どうしようもない思いで腸が内部で熱くなる。

少年時のいっしょに学問をした老人などから笑われるが、彼は大声で歌いはじめるといよいよ激烈になるのである。

彼は江海へのがれ志をすて去って、のんきに月日を送るということもおもわないわけでもない。

せっかく尭舜のような聖天子に生れあわせることができたので、すぐ永久のおわかれをするには忍びないのである。

ひまわりが太陽の光の方へ必ず傾くように育っていく、万物の本性というものは実に他からその本性を奪いとることはできないはずのものである。』


3

よく考えてみると今の世に貴公子や富豪を得ているけら虫、蟻虫のようなものどもは、ただ我儘に都合のよい穴を求め、生活しているのだ。

盲目的に追随とか、大鯨を慕うだけで、いつも大海の水に偃そうとすることなどすることはないのだ。

こんなことではとてもろくな生活はなりたたないと悟っても、どうしても自分としてはたのみこむために貴人に面会するなことは恥かしくてしないのだ。

かくて不安のきもちをもちつつ今日に至ったのであるが、どうしていたずらにらに塵埃に此の身を埋没させてしまうことにがまんができるものではないのだ。

昔の隠遁者たる巣父や許由に対しては、結局、愧ずるけれども、世間から引退してしまうことは初の志節を易えることでできないのだ。』