自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 111 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#7

  
#7 自京赴奉先県詠懐  五百字
況聞内金盤、尽在衛霍室。
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
中堂舞神仙、煙霧蒙玉質。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである。
煖客貂鼠裘、悲管逐清瑟。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている。
勧客駝蹄羮、霜橙圧香橘。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
朱門酒肉臭、路有凍死骨。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くして余ったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
栄枯咫尺異、惆悵難再述。』

わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないことである。』


況(いわ)んや聞く  内(うち)の金盤(きんばん)は、尽(ことごと)く衛(えい)と霍(かく)の室に在りと
中堂(ちゅうどう)に神仙(しんせん)を舞わせ、煙霧(えんむ)は玉質(ぎょくしつ)に蒙う
客を煖(あたた)むるは貂鼠(ちょうそ)の裘(きゅう)、悲管(ひかん)は清瑟(せいしつ)を逐(お)う
客に勧(すす)むるは駝蹄(だてい)の羮(あつもの)、霜橙(そうとう)は香橘(こうきつ)を圧(あつ)す
朱門(しゅもん)には酒肉(しゅにく)臭(くさ)きに、路(みち)には凍死(とうし)の骨有り
栄枯(えいこ)は咫尺(しせき)にて異なり、惆悵(ちゅうちょう)して再び述べ難(がた)し


自京赴奉先縣詠懷五百字 #7 現代語訳と訳註 解説

(本文)
況聞内金盤、尽在衛霍室。
中堂舞神仙、煙霧散玉質。
煖客貂鼠裘、悲管逐清瑟。
勧客駝蹄羮、霜橙圧香橘。
朱門酒肉臭、路有凍死骨。
栄枯咫尺異、惆悵難再述。

(下し文)
況(いわ)んや聞く  内(うち)の金盤(きんばん)は、尽(ことごと)く衛(えい)と霍(かく)の室に在りと
中堂(ちゅうどう)に神仙(しんせん)を舞わせ、煙霧(えんむ)は玉質(ぎょくしつ)に散ず
客を煖(あたた)むるは貂鼠(ちょうそ)の裘(きゅう)、悲管(ひかん)は清瑟(せいしつ)を逐(お)う
客に勧(すす)むるは駝蹄(だてい)の羮(あつもの)、霜橙(そうとう)は香橘(こうきつ)を圧(あつ)す
朱門(しゅもん)には酒肉(しゅにく)臭(くさ)きに、路(みち)には凍死(とうし)の骨有り
栄枯(えいこ)は咫尺(しせき)にて異なり、惆悵(ちゅうちょう)して再び述べ難(がた)し


  
(現代語訳)
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くして余ったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないことである。』
  
(語訳と訳註)

況聞内金盤、尽在衛霍室。
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
内金盤 内は大内、禁中後宮をさす。金盤は黄金の大皿、食器の類。○衛霍室 衛客とは漢の衛青・霍去病をさす、共に皇后の外戚の故を以て貴位に居った。ここはそれを用いて楊貴妃の親戚にあたる楊国忠等に此している。室は家をいう。
 
中堂舞神仙、煙霧蒙玉質。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである
中堂 奥の中心となる座敷。○神仙 これは楊貴妃となる前太真女道士としていたことからこれををさす。美しきこと仙人のごときもある。○煙霧これは衣類のうすく美しいことをたとえたものであろう。当時は朝霞の衣などがあった。或は堂上で焚く所の香の煙をいうという。○こうむらす、おおう。○玉質 白玉の如き肌をいう。


煖客貂鼠裘、悲管逐清瑟。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている
媛客 あたたかな人、寒さ知らずの人、君寵をうけ貴い人をいう。○窮鼠裏てんの毛皮のころも。○悲管 かなしそうな音をだすふえ。○あとから節をおってしたごう。〇瑟すんだ音をだす瑟。


勧客駝蹄羮、霜橙圧香橘。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
勧客 客は賓客。○駝蹄羮 らくだの蹄の肉を煮たあたたかな料理。○霜橙 霜を経ただいだいは色づきがよく、甘みが増す。○一つが他のうえにおいかぶさる、堆積の状をいう。○香橘 芳しい蜜柑。


朱門酒肉臭、路有凍死骨。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くしてあまったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
朱門 富貴の家のあけの門。家の側からは南の門。客が入る際は北に向かってはいることになる。○酒肉臭 臭とはあまりに多くある故、のこって腐敗し、くさいにおいをいだす。○ 人骨。


栄枯咫尺異、惆悵難再述。』
わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないのである。』
栄枯 宮中の豪奢は栄であり、路傍の凍死は枯である。○咫尺 八寸、一尺の距離。○惆悵 うらめしいさま。○再述二度言い


# 7 解説

○押韻  室。質。瑟。橘。骨。述。


 漢の武帝期には現実的に、宮中の宝物はすべて王妃の兄弟親族、衛青や霍去病(漢の武帝の寵臣)といった奸臣の家に移し、栄華を極めたと杜甫は詠っている。それは、漢代の名を借りて、楊貴妃一族の贅沢な生活を指摘しているのである。杜甫は、極貧生活の中で目の当たりにして、人として理不尽なことと批判し、「惆悵して再び述べ難し」といわないことを強調し、云うべきことをクローズアップしている。