自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 114 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#10


自京赴奉先縣詠懷五百字 #10 
生常免租税、名不隸征伐。
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
撫迹猶酸辛、平人固騒屑。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
默思失業徒、因念遠戍卒。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
憂端斉終南、鴻洞不可掇。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』


()に知らんや秋禾(しゅうか)の登(みの)るに、貧窶(ひんく)には倉卒(そうそつ)たる有り。

(せい)は常に租税を免(まぬ)かれ、

名は征伐に隸(れい)せず。

(あと)を撫()すれば猶()お酸辛(さんしん)たり、平人(へいじん)は固(もと)より騒屑(そうせつ)たらん。

(もく)して失業の徒()を思い、因()りて遠戍(えんじゅ)の卒(そつ)を念(おも)う。

憂端(ゆうたん)は終南(しゅうなん)に斉(ひと)しく、鴻洞(こうどう)として(ひろ)う可()からず。





自京赴奉先縣詠懷五百字 #10 訳註と現代語訳 解説
(本文)

生常免租税、名不隸征伐。
撫迹猶酸辛、平人固騒屑。
默思失業徒、因念遠戍卒。
憂端斉終南、鴻洞不可掇。

(下し文)
豈(あ)に知らんや秋禾(しゅうか)の登(みの)るに、貧窶(ひんく)には倉卒(そうそつ)たる有り。
生(せい)は常に租税を免(まぬ)かれ、
名は征伐に隸(れい)せず。
迹(あと)を撫(ぶ)すれば猶(な)お酸辛(さんしん)たり、平人(へいじん)は固(もと)より騒屑(そうせつ)たらん。
默(もく)して失業の徒(と)を思い、因(よ)りて遠戍(えんじゅ)の卒(そつ)を念(おも)う。
憂端(ゆうたん)は終南(しゅうなん)に斉(ひと)しく、鴻洞(こうどう)として掇(ひろ)う可(べ)からず。

(現代語訳)
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』


生常免租税、名不隸征伐。
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
○生 生活をいう。○免租 税は租庸調とあったわけで、祖父、父親も高級官僚であり、その嫡子であることから、最初から税負担はない。この詩の時、杜甫は右衛率府兵曹参軍であった。○隷征伐 隷は属すること、庸と府兵制の義務にあたる3年の兵役負担のことを言う。征伐にやられるべき人名の部類に属する、即ち軍務に服せしめられることをいう。


撫迹猶酸辛、平人固騒屑。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
撫跡 跡は平生の行跡、撫とはそれにそうて考えてみること。○ 自分でさえなお。○酸辛 つらし。○平人 一般の人々、特典にあずからぬ人々。○騒屑 紛擾のさま、四苦八苦している。


默思失業徒、因念遠戍卒。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
黙息だまってかんがえる。○失業徒 農民が兵役にやられ農業に従うことができぬのは業を失うことである。○遠戍卒 遠地へまもりにやられている兵卒。


憂端斉終南、鴻洞不可掇。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』
憂端 憂のはし。○ 高さのひとしいことをいう。○終南 山の名、長安の南にある。○鴻洞 天地の初め、気の分かれぬさま、もやもやとしたさま。○ 音タツ、拾うこと、手に取ることをいう。


#10 解説
  杜甫は、それでも士族のはしくれゆえ納税の義務もないし、兵役の名簿に載せられてもいない。それにもかかわらず、思えばつらいことばかり、一般の人々は、さぞかしたいへんなことだろう。生業を失った人たちのことを、じっと思いつづけ、さらに、遠く戦場にやられている兵士の辛いこととは比べようのないことかもしれない。
 世情は飢饉が続き、生活もままならない。やっと、杜甫自身、役人に取り立てられたが、俸禄は無いにひとしい低いものだ。まして、昨今、戦争の準備がされており、先行き不安な思いは、終南山の山の高さほどなのだ。
 生活困窮者、餓死、一家離散、革命前夜の様相。楊国忠のやり方により、謀反が起こる予感を感じていたのは杜甫だけでなく、誰もが思っていたことなのである。




第一段(#1~#3)
#1
杜陵有布衣,老大意轉拙。許身一何愚?竊比稷與契。
居然成獲落,白手甘契闊。蓋棺事則已,此誌常覬豁。』
#2
窮年憂黎元,嘆息腸內熱。取笑同學翁,浩歌彌激烈。
非無江海誌,蕭灑送日月。生逢堯舜君,不忍便永訣。
當今廊廟具,構廈豈雲缺?葵藿傾太陽,物性固莫奪。』
#3
顧惟螻蟻輩,但自求其穴。胡為慕大鯨,輒擬偃溟渤?
以茲誤生理,獨恥事幹謁。兀兀遂至今,忍為塵埃沒。
終愧巢與由,未能易其節。沉飲聊自遣,放歌破愁絕。』
第二段(#4~#8)
#4
歲暮百草零,疾風高岡裂。天衢陰崢嶸,客子中夜發。
霜嚴衣帶斷,指直不得結。淩晨過驪山,禦榻在嵽嵲。』
#5
蚩尤塞寒空,蹴蹋崖谷滑。瑤池氣鬱律,羽林相摩戛。
君臣留歡娛,樂動殷膠葛。賜浴皆長纓,與宴非短褐。』
#6
彤庭所分帛,本自寒女出。鞭撻其夫家,聚斂貢城闕。
聖人筐篚恩,實欲邦國活。臣如忽至理。君豈棄此物?
多士盈朝廷,仁者宜戰慄。』
#7
況聞內金盤,盡在衛霍室。中堂有神仙,煙霧蒙玉質。
暖客貂鼠裘,悲管逐清瑟。勸客駝蹄羹,霜橙壓香橘。
朱門酒肉臭,路有凍死骨。榮枯咫尺異,惆悵難再述。』
#8
北轅就涇渭,官渡又改轍。群水從西下,極目高崒兀。
疑是崆峒來,恐觸天柱折。河梁幸未坼,枝撐聲窸窣。
行旅相攀援,川廣不可越。』
第三段(#9~10)
#9
老妻寄異縣,十口隔風雪。誰能久不顧?庶往共饑渴。
入門聞號啕,幼子餓已卒。吾寧舍一哀?裡巷亦嗚咽。
所愧為人父,無食致夭折。豈知秋禾登,貧窶有蒼卒。』
#10
生常免租稅,名不隸徵伐。撫跡猶酸辛,平人固騷屑。
默思失業徒,因念遠戍卒。憂端齊終南,澒洞不可掇。』


#1
杜陵のあたりに一人の官についていない普段着の男が居る、年を取ってはいるがその抱いている志と意識はかたくなで処世術は実にうまくない。
そうした志と意識について自己に妥協して許すことができない愚者というのはいったいどうしてなのであろうか。それは心に秘めていることは自分を論語で示された賢臣、稷との契たちに匹敵すると思っているからなのだ。
そんな大きな志をもっているうちにそのまま滴り落してしまうのであるが、もとより白髪にいたるまで甘んじて艱難辛苦に耐えているのである。
自己の価値は棺に蓋をした後に其の人の行為や事の評価が決定するとおもっている、このように心がけていることは、広々とした気持ちでいたいと願ってはいるということなのだ。』

#2
かねてこの方、一年中一般の民衆の身の上を心配し、どうしようもない思いで腸が内部で熱くなる。
少年時のいっしょに学問をした老人などから笑われるが、彼は大声で歌いはじめるといよいよ激烈になるのである。
彼は江海へのがれ志をすて去って、のんきに月日を送るということもおもわないわけでもない。
せっかく尭舜のような聖天子に生れあわせることができたので、すぐ永久のおわかれをするには忍びないのである。
ひまわりが太陽の光の方へ必ず傾くように育っていく、万物の本性というものは実に他からその本性を奪いとることはできないはずのものである。』

#3
よく考えてみると今の世に貴公子や富豪を得ているけら虫、蟻虫のようなものどもは、ただ我儘に都合のよい穴を求め、生活しているのだ。
盲目的に追随とか、大鯨を慕うだけで、いつも大海の水に偃そうとすることなどすることはないのだ。
こんなことではとてもろくな生活はなりたたないと悟っても、どうしても自分としてはたのみこむために貴人に面会するなことは恥かしくてしないのだ。
かくて不安のきもちをもちつつ今日に至ったのであるが、どうしていたずらにらに塵埃に此の身を埋没させてしまうことにがまんができるものではないのだ。
昔の隠遁者たる巣父や許由に対しては、結局、愧ずるけれども、世間から引退してしまうことは初の志節を易えることでできないのだ。

#4
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ。

#5
底冷えのする寒空には先行き不安をつげるような蛍尤の旗雲が塞いでいる、山路をふみゆくと崖や谷の路が氷結してすべりそうだ。
温泉のあたりは湯気がたてこめていて、羽林軍のたてならべている儀仗の武器や道具の器がからからすれおうて音をたてている。
天子とその従臣とがここに逗留して娯楽に興じているので、山山石高険なところに音楽を奏する音が殿々とひびきわたって帰ってくる。
我が君から浴みを賜わるものは皆長い樫を垂れた貴い位の人々であるし、御宴に加わるものは短裾を著た貧乏人ではない。』

#6
御所のお庭から臣下へお分ち賜う帛はもともと貧乏な女が織ったものでそこから出たものなのだ。
その女の夫の働きが悪いとして家にむちをあてるようにして、過分に織らせ、それを御城門へ納税、貢物を差し出し収めさせたものだ。
この唐国の民が活気づくようにとおぼしめされてのことだ。
臣下たるものがもしこの国家の最上に治まることについての理由がわからず怠るならすまぬことだ。天子はまさかその品物をお棄てになるおつもりではないだろう。

#7
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くして余ったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないことである。』

#8
驪山のそばから車のかじ棒を北へむけて渭水・涇水の方へと就いて、官から設けられた渡り場でまた旧路とちがった道をとる。
たくさんの氷が西の方から流れくだる、みきわめるとそれは高くて山のそばだつようにみえる。
その氷は崆峒山あたりから来るので、それに触れたら天の柱をも折るとおもわれるほどのものである。
幸に河の舟橋はまだ破壊されてはいなかった、その支え柱がぎゅうぎゅう危なそうな声をたてている、
それへ旅客たちがわれもわれもとよじり掴まりひっぱりあいをしている、川のはばが広いのでなかなか渡りにくいのだ。』

#9
いま私の妻は他県(奉先県)に仮住まいしている、十人もの家族とわたしとは風雪をへだてているのである。
だれでもこ禹して預けた家族をながく顧みないでおれるはずはないものだ、できることなら貧しかろうが、ひもじかろうが一緒にしたいと思っているのだ。
(やがて到着したわたしが)門に入ると家のものが泣き叫ぶ声がきこえてくる、我が幼子は餓えてすでに死んでしまったというのである。
わたしは死んだ児に対しどうして大泣きして一哀することをやめることができるものか、わたしのようすをみて近所の人たちもむせび泣きをしてくれるのである。
ただ自分は恥ずかしいとするのは、人として人の父親としているのである、それが食物が無いために幼児死、しかも栄養失調で死なせてしまったということなのである。
もし秋まで待てるものなら、秋になれば穀物がよく実ったはずで、こんなこととは知る由もなかったのだ、貧乏の境遇はまことに手が届かずひたすらあわただしくするのみなのでる。』

#10
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』

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