白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 126 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#6


-#5
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。
兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。
玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』
-#6
人生半哀樂,天地有順逆。
人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
慨彼萬國夫,休明備徵狄。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
東郊何時開?帶甲且未釋。』
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
三嘆酒食旁,何由似平昔!』

この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』


-#5
前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、
兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる
知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを
玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや
長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』
-#6
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』


白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 -#6
(本文) -#6
人生半哀樂,天地有順逆。
慨彼萬國夫,休明備徵狄。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。
東郊何時開?帶甲且未釋。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。
三嘆酒食旁,何由似平昔!』

(下し文)
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』

(現代語訳)
人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』
  
(語訳と訳註)-#6
人生半哀樂,天地有順逆。

人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
半哀楽 哀しみと楽しみとが半分ずつある。○順逆 順道と道道、臣が君に対して謀叛するのは道理に逆ろうた道である。哀楽、順逆と並べているが表、逆を主としていう。


慨彼萬國夫,休明備徵狄。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
 なげく。〇万国夫 諸国の兵士たち。これは主として安禄山の賊軍に服従したものをさしていう。○休明 休は美、天子の徳の美にして明かであったとき、平和であった時期をさす。〇備徵狄 東狄を征伐する用意にそなえ置いたもの。


猛將紛填委,廟謀蓄長策。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
紛墳委 紛は多くあってみだれるさま、嘆は塞がる、委はつもること。たくさんそのままおいてあることをいう。○廟謀 朝廷のはかりごと、大事は宗廟においてはかる故に廟謀という。○長策 馬を御する長いむち、善良な計略をいう。


東郊何時開?帶甲且未釋。』
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
東郊 長安の東方の野外、華州・潼関などは東郊である。○ 道路の開通することをいう。○帯甲 よろいをおびている。○未釈 ときすてることができぬ。


欲告清宴罷,難拒幽明迫。
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
 人が告知すること。○罷 おわること。○ 否定すること。○幽明 夜昼をいう、夜を強調して主としていう。


三嘆酒食旁,何由似平昔!』
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』
平昔 ありしむかし、平和であった時期をさす。



詩人は生活の変化、季節の変化、自然の変化、人の心の変化、その繊細な部分までよくわかるのである。
 杜甫の詩に「嘆く」という語が頻繁に出始めるのだ。ひとくくりになげくという意味ではとらえられない。杜甫のこの『嘆く』を結論的に言うと、その先に希望であり、解決できるものを持っているときに、今の悲しみを「嘆く」といっている。
 「嘆く」に関してこの視点で見ていくことにする。
 ではこの詩では、というと
「猛將紛填委,廟謀蓄長策。」(猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う)
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
 唐の国軍に哥舒翰、顔真卿兄弟、郭子儀、・・・・猛者がいたのだ。今後の詩に登場する。

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白水崔少府十九翁高齋三十韻
客從南縣來,浩蕩無與適。旅食白日長,況當朱炎赫。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。始知賢主人,贈此譴岑寂。』
危階根青冥,曾冰生淅瀝。上有無心雲,下有欲落石。
泉聲聞複息,動靜隨所激。鳥呼藏其身,有似懼彈射。』
吏隱適情性,茲焉其窟宅。白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
杖藜長松下,作尉窮穀僻。為我炊雕胡,逍遙展良覿。』
坐久風頗怒,晚來山更碧。相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
何得空裡雷,殷殷尋地脈。煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
昆侖崆峒顛,回首如不隔。』
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』
人生半哀樂,天地有順逆。慨彼萬國夫,休明備徵狄。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。東郊何時開?帶甲且未釋。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。三嘆酒食旁,何由似平昔!』


白水の崔少府十九翁の高齋で三十韻を
客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し
旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』
高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり
清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す
崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり
始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』
-#2
危階青冥に根す 曾泳漸靡たるに生ず
上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り
泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う
鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』
吏隠惰性に通す 玄鳶に其れ窟宅とす
白水舅氏を見る 諸翁は乃ち仙伯なり
葬を杖く長松の下 尉と作る窮谷の僻なるに
我が為めに離胡を炊ぐ 造造艮覿を展ぶ』
坐久しくして風頗る怒る 晩来山更に碧なり
相対す十丈の校 数ち盤渦を和えして塀く
何ぞ得ん空裏の雷 殿殿として地腺を尋ぬるを
煙気高として酋奉 魅魅森として惨戚
良禽畦桐の巌 首を回らせば隔たらざるが如し』
前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、
兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる
知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを
玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや
長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』


わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。 

この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』

主人は官僚であって隠遁者の生活をするのがその惰性にかなっているのでそれでこのような場所を自己のいわやの居宅としているのだ。(半官半隠をいう)
わたしはこの白水でおじの崔明府に面会しに来たのだが諸翁たちはみな仙人のなかの長であるとも申すべき人々だ。
自分はここへ来て、背の高い松の木の下であかぎの杖をついてやすむのである、あなたはこんな奥まってだれもこぬ様な渓谷の地に尉官となっておられるのだ(即ち半分、仙人)。
自分のために菰米をたいてくれます。それで自分もここでぶらぶらしながらみなさんとの御面会するにつけてのこころのうちを十分にのべることができるのだ。』

しばらくここに坐っていた、すると風がおこったようにつよくなった。日も夕方になって山の色はいっそう碧がふかくなってみえる。
川の方面では十丈もあろうかという蛟いる、たちまちのうちに水面にうずまきを作り、くりかえして水面を裂くようにひらくのだ。
まさか天上の雷がいるのではあるまい、しかし、ごうごうとした音は地面まで尋ねて来て鳴りひびいているのだ。
靄ガスがもやくやとして山のそびゆる様にあがって高くたち、罔両という怪物もひっそりとしてかなしんでいるかのよう。
しかし崑崙山や崆峒山の頂は仙人の棲むところである、頭を回してみまわしてみると遠く隔たっているとはおもわれないのだ。』

南の軒にたいして照り返しがすこし衰えてきた。非常にけわしくそびえる華嶽がまっかにみえている。
どこにいてもいくさの気配が林や小高い山にみなぎり、川の光は刀や槍の先、鋒鏑の光とまじり合うように感じるのである。
それでなにがわかるのかというと哥舒翰相公の大軍勢がそのあたりに駐屯していて、鉄の防具をつけた馬がたくさんあっまって、雲霧の様に砂塵をおこしているのだということがわかるのである。
それを考えると手にするうるわしく飾った杯もさっぱり水くさくて味がない。まさか叛乱軍どもは強敵というのではないはずではないか(それがじっさいには強いのでどうしたのかという意)。
我がうたう長歌は部屋内の梁にあたって勢いをまし、涙はくだって衣のつまやむしろ敷きに流れている。』

人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』

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