三川觀水漲二十韻 杜甫 127 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#1


安禄山が反旗を翻したとき、杜甫はまだ奉先県の家族のもとにいたが、その後の数か月間の足どりは明らかでない。そのまま奉先県に留まっていたとも思える。しかし、家族のもとからすぐに長安に引き返して右衛率府の仕事についていたが、しだいに賊が迫ってきたため、家族を避難させようとして長安を離れたということではないか。帰省後の数か月間の杜甫の行動は、このように不明であるが、五月には、家族を連れて、親戚の崔氏が県令となっている白水県に移っている。白水県は奉先県の北にある県であるが、この地も戦雲がみなぎり、厳しい状況のもとにあったということだ。
六月に入って哥舒翰の軍が潼関で大敗し、叛乱軍が長安に迫ってきたため、杜甫は家族を連れて危険の迫った白水県を去り、多くの避難民に混じって洛河ぞいに葦原を経てさらに北に進んだ。「三川観水漲二十韻」(三川にて水の漲るを観る)には、その途中の様子を次のように記す

三川觀水漲二十韻
#1
我經華原來,不複見平陸。
わたしは華原の地を経過しつつやって来た、ここらのあたりにはこれまでの様に平地をみることはなくなったのだ。
北上惟土山,連天走窮穀。
北へとのぼりみちすればただ土門山がつづいている、連日ゆきづまった谷を走っている。
火雲無時出,飛電常在目。』

空にいつとなく赤焼けの雲が現われでてくる、雷が飛ぶのはいつも見えていることなのだ。』
#2
自多窮岫雨,行潦相豗蹙。
蓊匒川氣黃,群流會空曲。
清晨望高浪,忽謂陰崖踣。
恐泥竄蛟龍,登危聚麋鹿。
枯查卷拔樹,礧磈共沖塞。
聲吹鬼神下,勢閱人代速。
不有萬穴歸,何以尊四瀆。』

我華原を経て来る 復た平陸を見ず
北上すれば惟土山 連天窮谷に走る
火雲出づるや時無し 飛電常に目に在り』

#2
自ら窮岫(きゅうしゅう)の雨多し、行潦(こうろう) 相 豗蹙(かいしゅく)す。
蓊匒(おうこう)として川気(せんき) 黄なり、羣流 空曲に会す。
清晨 高浪を望む、忽ち謂う陰崖 踣(たお)れるかと。
泥(なず)まんことを恐れて蛟龍(こうりゅう) 竄(かく)れ、 危きに登りて 麋鹿(びろく) 聚(あつ)まる。
枯査 抜樹を巻き、礧磈(らいかい)として共に充塞(じゅうそく)す。
声は鬼神を吹きて下す、勢は人代(じんだい)の速かなることを閱(けみ)す。
万穴の帰する有らずんば、何を以ってか 四瀆(しとく)を尊(たっとし)とせん』



三川觀水漲二十韻 現代語訳と訳註
(本文) #1

我經華原來,不複見平陸。
北上惟土山,連天走窮穀。
火雲無時出,飛電常在目。』

(下し文)
我華原を経て来る 復た平陸を見ず
北上すれば惟土山 連天窮谷に走る
火雲出づるや時無し 飛電常に目に在り』

(現代語訳)
わたしは華原の地を経過しつつやって来た、ここらのあたりにはこれまでの様に平地をみることはなくなったのだ。
北へとのぼりみちすればただ土門山がつづいている、連日ゆきづまった谷を走っている。
空にいつとなく赤焼けの雲が現われでてくる、雷が飛ぶのはいつも見えていることなのだ。』

杜甫乱前後の図003鳳翔

(訳注)
我經華原來,不複見平陸。

わたしは華原の地を経過しつつやって来た、ここらのあたりにはこれまでの様に平地をみることはなくなったのだ。
華原 陝西省西安府擢州治。○平陸 平地。

北上惟土山,連天走窮穀。
北へとのぼりみちすればただ土門山がつづいている、連日ゆきづまった谷を走っている。
北上 北に向かってのぼりみちをする。○土山 華原県の東南にある土門山。○連天 連日のこと。○窮穀  穀は谷 ゆきづまったたに。

火雲無時出,飛電常在目。』
空にいつとなく赤焼けの雲が現われでてくる、雷が飛ぶのはいつも見えていることなのだ。』
火雲 あかくやけたくも。○出無時 時のきまりなくでる。
長安黄河
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