彭衙行 #2 杜甫 133 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132#2 (ほうがこう)


幼児らを連れて夜の山道を徒歩でゆく逃避行は困難を極めた。さらに艱難は続く。
#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』

#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。
凡そ十日のうち半分は雷があり雨の日だ、道はぬかるみで、なにかに掴まったり、手でひっぱりあったりしてやっと進めるのだ。
既無禦雨備,徑滑衣又寒。
急いで出発したので、もともと雨をふせぐ用意などしていない。そのうえ、小みちはすべり、著物もうすぎなので寒さにこたえる。
有時經契闊,竟日數裡間。
こういう時もあるのだ何日も続いて難儀をしているのだ、だから、一日中かかってやっと二三里しかあるけないのだ。
野果充糇糧,卑枝成屋椽。
野生のくだものを食糧の代りにたべたり、樹木の低い枝を屋根垂木の代りにして樹枝の下に野宿する。
早行石上水,暮宿天邊煙。』

朝早くには谷間の水に沿ってあるく、夕暮れになると峰の一番高いところに野宿するのだ。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』



#2
一旬(いちじゅん)  半(なか)ばは雷雨、泥濘(でいねい)   相(あい)攀牽(はんけん)す。
既に雨を禦(ふせ)ぐ備え無く、径(みち)滑かにして衣(い)又寒し。
時(とき)有りて契闊(けつかつ)たるを経(ふ)、竟日(きょうじつ)  数里の間(かん)。
野果(やか)を餱糧(こうりょう)に充(あ)て、卑枝(ひし)を屋椽(おくてん)と成(な)す。
早(あした)には行く  石上(せきじょう)の水、暮(くれ)には宿る   天辺(てんぺん)の煙。』


彭衙行 現代語訳と訳註
(本文)

一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』

(下し文)
一旬(いちじゅん)  半(なか)ばは雷雨、泥濘(でいねい)   相(あい)攀牽(はんけん)す。
既に雨を禦(ふせ)ぐ備え無く、径(みち)滑かにして衣(い)又寒し。
時(とき)有りて契闊(けつかつ)たるを経(ふ)、竟日(きょうじつ)  数里の間(かん)。
野果(やか)を餱糧(こうりょう)に充(あ)て、卑枝(ひし)を屋椽(おくてん)と成(な)す。
早(あした)には行く  石上(せきじょう)の水、暮(くれ)には宿る   天辺(てんぺん)の煙。』

(現代語訳)
凡そ十日のうち半分は雷があり雨の日だ、道はぬかるみで、なにかに掴まったり、手でひっぱりあったりしてやっと進めるのだ。
急いで出発したので、もともと雨をふせぐ用意などしていない。そのうえ、小みちはすべり、著物もうすぎなので寒さにこたえる。
こういう時もあるのだ何日も続いて難儀をしているのだ、だから、一日中かかってやっと二三里しかあるけないのだ。
野生のくだものを食糧の代りにたべたり、樹木の低い枝を屋根垂木の代りにして樹枝の下に野宿する。
朝早くには谷間の水に沿ってあるく、夕暮れになると峰の一番高いところに野宿するのだ。』




(訳注)#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。

凡そ十日のうち半分は雷があり雨の日だ、道はぬかるみで、なにかに掴まったり、手でひっぱりあったりしてやっと進めるのだ。
一旬 十日間。○泥浮 ぬかるみ。○攣牽 ものにつかまり、又はひっぱりあう。


既無禦雨備,徑滑衣又寒。
急いで出発したので、もともと雨をふせぐ用意などしていない。そのうえ、小みちはすべり、著物もうすぎなので寒さにこたえる。
禦雨備 雨をふせぐようい。○ こみち。


有時經契闊,竟日數裡間。
こういう時もあるのだ何日も続いて難儀をしているのだ、だから、一日中かかってやっと二三里しかあるけないのだ
有時 こういう時もある。○契闊 艱難辛苦するさま、契闊たるを契とはいくにちもつづいて難儀すること。○竟日 一日中、一日いっぱい。
 
野果充糇糧,卑枝成屋椽。
野生のくだものを食糧の代りにたべたり、樹木の低い枝を屋根垂木の代りにして樹枝の下に野宿する。
野果 野生のくだもの。○糇糧 食糧、かて。くいもの。○卑枝 ひくくさがっている枝。○成屋橡 やねのたるきとする、これは家をかまえるのではなく、樹枝の下に野宿することをいう。


早行石上水,暮宿天邊煙。』
朝早くには谷間の水に沿ってあるく、夕暮れになると峰の一番高いところに野宿するのだ。』
早行 早は朝はやく。○石上水 渓のいわまの水。○天辺煙 高峰のけむり。



(解説)
唐の国軍は叛乱軍の倍の数であった。誰もが、暫くすると叛乱軍も平定される、少し時間はかかるかもしれないが、と思っていたのだ。誰もかれもが逃げるに精一杯なのだ。ただ、叛乱軍は、唐国軍が総崩れしたのを見て、厳しい追跡をしなかったのだ。そこが叛乱軍によって唐王朝を滅亡させられなかった叛乱軍の内部矛盾があったのだ。それは不満分子の集まりでしかなかったのだ。凶暴で略奪するのみで、統治することに関心がなかった。端的に言えば、唐軍を甘く見たということ、それほど簡単で脆いものだったのだ。それは当初、唐国軍側は楊貴妃の親族の楊国忠が率いていたことが最大の問題だったのだ。
したがって、杜甫も逃げられたのだし、玄宗も同様である。