奉先劉少府新畫山水障歌 杜甫138  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136-#3
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』

#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。

悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざる も、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活(かっ)す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


奉先劉少府新畫山水障歌-#3 現代語訳と訳註
(本文) #3

野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』

(下し文) #3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざる も、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活(かっ)す。』


(現代語訳)
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』

(訳注)#3(画面の説明)。
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。

画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
野亭 野に立っている亭、四阿をいう。○春還 還とは一回りして帰ってくることをいう。○雜花 さまざまの花。○遠 遠近法による画面において遠方にみえる部分のことをいう。○ 暮のくらがり。


滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
滄浪 仙界の雰囲気を漂わせる青い水をいう。○ あおいびろうみ。○欹岸 切立っている岸。そばだてる岸。○側島 かたむけるしま。○秋毫末 秋の獣毛は生え変わって寒さに備えて密集するほそいものであり、これは画形の微細なることをいう。一つの毛根から何本も毛が生える。動物は夏冬を一つの毛根で調節する。


不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
湘妃 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓(ひ)くという古伝説がある。○斑竹 斑紋のある竹、湘水の地方に産する。その竹は湘妃が涙を流したあとに生じたものであるとの伝説がある。○ 湘江をさす。 

蛾皇と女英の故事にもとづく。古代の帝王舜は南方巡行の途中、蒼梧(湖南省寧遠県付近の山)で残した。二人の妃、蛾皇と女英は舜を追い求めて湘江のあたりまで来たが、二人の涙がこぼれた。竹はまだらに染まった。そのためこの地の竹には斑紋がついているという(『博物志』、『述異記』)。湘江は長抄の西を通って洞庭湖に注ぐ。「浅深」はあるいは浅くあるいは深く、まだらになっていることをいう。

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