対雪 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 154

封  雪(雪に対す)
絶対有利であった戦い、勝ってくれるはずであった戦い、それが真逆の大敗。陳陶斜に続く青坂における王朝軍の敗北、そして、天下、九州各地で叛乱軍に落ちていくのである。長安にいる杜甫にいい情報は入ってこなかった。落胆は大きく、先行きが全く見えないのである。その状況の中で、雪に対しての感を述べるのである。製作時は至徳元載の冬の作。
至徳元年 756年 11月

落胆三首
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対雪
戦哭多新鬼、愁吟独老翁。
乱雲低薄暮、急雪舞廻風。
瓢棄樽無淥、炉存火似紅。
数州消息断、愁坐正書空。


雪に対す
戦哭(せんこく)   新鬼(しんき)多く、愁吟(しゅうぎん)  独り老翁。
乱雲(らんうん)   薄暮(はくぼ)に低(た)れ、急雪(きゅうせつ) 廻風(かいふう)に舞う。
瓢(ひょう)棄てられて  樽(たる)に淥(ろく)無く、炉(ろ)存して  火は紅(くれない)に似たり。
数州  消息(しょうそく)断たれ、愁え坐して  正(まさ)に空(くう)に書す。


対雪 現代語訳と訳註
(本文) 対雪

戦哭多新鬼、愁吟独老翁。
乱雲低薄暮、急雪舞廻風。
瓢棄樽無淥、炉存火似紅。
数州消息断、愁坐正書空。


(下し文) 雪に対す
戦哭(せんこく)   新鬼(しんき)多く、
愁吟(しゅうぎん)  独り老翁。
乱雲(らんうん)   薄暮(はくぼ)に低(た)れ、
急雪(きゅうせつ) 廻風(かいふう)に舞う。
瓢(ひょう)棄てられて  樽(たる)に淥(ろく)無く、
炉(ろ)存して  火は紅(くれない)に似たり。
数州  消息(しょうそく)断たれ、
愁え坐して  正(まさ)に空(くう)に書す。


(現代語訳)
至るところが戦場で、そこでの号泣がひびきわたる、それは多くの新しい戦死者の声である。その声を聞きつつ愁えて吟じるものはただ一人、筋を通し生き抜いてきた初老のわたしである。
それなのに乱れた雲、崩れた王朝にたそがれが低くたれさがるのである。そこに急にふりそそいできた雪が吹き、風につれて舞いくるうように、異民族たちが街を覆うのである。
清酒を飲むため、自然その酒を小出しにする瓢もなげすてられている、樽盃には清酒の透き通った色が無くなってしまった。談義ができるわけもないのに炉のみは消えずにいて火が紅色を呈している。
天下九州の内二三の州は叛乱軍の手にでも落ちたものかどうか消息がとだえている。それがため自分は愁えた気持ちで座敷に座り、ちょうど殷浩の様に手で空中に文字を書いて不安な気持ちを抑えるのだ。


(訳注)
戦哭多新鬼、愁吟独老翁。

至るところが戦場で、そこでの号泣がひびきわたる、それは多くの新しい戦死者の声である。その声を聞きつつ愁えて吟じるものはただ一人、筋を通し生き抜いてきた初老のわたしである。
新鬼 新しい戦死者。○老翁 自己をさす。筋を通し生き抜いてきた初老のわたしである


乱雲低薄暮、急雪舞廻風。
それなのに乱れた雲、崩れた王朝にたそがれが低くたれさがるのである。そこに急にふりそそいできた雪が吹き、風につれて舞いくるうように、異民族たちが街を覆うのである。
薄暮 たそがれ。○急雪 雪が吹雪となって降り出すことと、北方の異民族は雪に強く生き生きしていることを示す。○廻風 吹きまわす風。

瓢棄樽無淥、炉存火似紅。
清酒を飲むため、自然その酒を小出しにする瓢もなげすてられている、樽盃には清酒の透き通った色が無くなってしまった。談義ができるわけもないのに炉のみは消えずにいて火が紅色を呈している。
瓢棄 略奪した酒なので、空になれば、邪魔になる。投げ捨てられるものではないものなのだ。○ 盃の大きめのものを言う。酒樽ではない。〇 清と通ずる、清酒の色をいう。濁り酒に対する語。○ 示と同じ。過去の歴史上、弾圧されていても、酒を飲んで談義をしたが、今はそれすらできないということを示す2句である。


数州消息断、愁坐正書空。
天下九州の内二三の州は叛乱軍の手にでも落ちたものかどうか消息がとだえている。それがため自分は愁えた気持ちで座敷に座り、ちょうど殷浩の様に手で空中に文字を書いて不安な気持ちを抑えるのだ。
書空 晋末に殷浩というものが官を辞めさせられ、終日手を以て空中に「咄咄怪事」の四字を書いていたという。不平のさま。




雪に対す 解説
 杜甫は、陳陶斜、青坂の敗戦がよほどショックだった。勝ち進んで長安解放を夢見ていた。軟禁状態とはいえ、叛乱軍が闊歩している都長安である。雪が降る空を見上げてこの詩を書いたのだ。
五言律詩で、はじめの二句で戦場の死者を悼み、自分は詩を吟ずるくらいしかできない老翁であると。中の四句は雪が降ったら長安の住民は何もできないのに、叛乱軍は元気いっぱい。略奪した酒は底をついたら、おいしくなるまで大事にしていた瓢箪の酒を打ち捨てている。酒を飲んで談義をするのはどんな時代でも酒で許されたものだが、今はダメなのだ。杜甫が坐している堂房から見える外の景色と室内のようすを描いているが、頼りにする王朝軍のふがいなさ、自らのわびしさ、無力感が色濃くただよっている。先行きが全く見えないからである。
最後の二句、天下は九州である。幾つかの州が反乱軍の手に落ちたことをしめしている。蜀州、霊州以外はよくて中立、ほとんど叛乱軍の手に落ちたのだ。叛乱軍に統率者がいれば、唐王朝は間違いなく滅亡していた。
 「愁え坐して正に空に書す」と言って、故事、「咄咄怪事」を空中に書いた。晋末に殷浩が時の政事を愁えて、毎日空中に「咄咄怪事」の四文字を書いていたことに基づいている。「もう、まったくなにやってるんだ」という意味の呟きであう。 杜甫も同様に「憤懣の文字を虚空に書きつけている」と言っているのだ。