春望  杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 155
 至徳二載 757年 46歳

長安の春にあい、ながめつつ感じをのべる。製作時は至徳二載の三月。ここに至るまでを杜甫の詩を振り返ってみる。

755年 秋に長雨があった。米の値が高騰した。

秋雨嘆三首 其一 杜甫 86

755年 冬11月に家族に会いに奉先に行った。子どもが。餓死していた。

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 106 

755年 11月家族を白水へ避難させる逃避行。

三川觀水漲二十韻 杜甫 130 

755年 12月家族を羌村へ避難させる逃避行。王砅に助けられる。

彭衙行 杜甫 132 

756年 8月家族を羌村に残して、霊州の粛宗皇帝のもとへ参じる途中叛乱軍に掴まる。長安に護送される。9月長安で逃亡中の王家の孫に会う。

哀王孫 杜甫140

75610月妻、家族を思って作る不朽の名作。杜甫につぃては珍しい、閨情詩。

月夜 杜甫 - 144

この頃の季節区分  春:1.2.3月 夏:4.5.6月  秋:7.8.9月  冬:10.11.12

75611,12月妻、家族を思って作る。王朝軍大敗に落胆する。

遣興 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 151

悲陳陶 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 152

悲青坂 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 153

対雪 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 154


中國の中心であった、東都洛陽、世界最大の国際都市であった長安、幽州(現在の北京)から反旗を立て、2年で主要な都市をほとんど陥落させ、略奪の限りを尽くし、大量の殺戮を行った叛乱軍は、唐王朝に嫌気を向けていた民衆の支持をすぐに失うのである。そして、内部分裂を起こすため、唐王朝に、奪回のチャンスが生まれてきていた。


 春望     
國破山河在,城春草木深。
天下の唐王朝の都が破壊されたが、とりまく山河自然は存在を示している。破壊された長安の街に春の息吹がよみがえる、草木が茂って来たではないか。 
感時花濺涙,恨別鳥驚心。
自然というものは時節の変転、春の息吹を感じ、させて花を開いているのだが、叛乱軍に破壊尽くされた唐王朝に春はこないので花を見ても涙を流すだけなのだ。自分にとっても、家族との別離をうらめしく思い、鳥が自由に飛び交い、一族群れを為している姿を見るにつけても、心を痛めているのだ。
烽火連三月,家書抵萬金。
長安郊外での戦火は三ヶ月も続いたが、期待を裏切り、無駄なものであった。こんなとき、もし家族からの手紙があったとしたら、それは万金にあたいするもので極めて貴重なのである。
白頭掻更短,渾欲不勝簪。
白髪頭を掻けば、苦労で老けた髪は一層短く、少なくなった。 こんなに髪が少なくなってほとんど、まげを止めるカンザシを挿すにもたえないような状態になってしまった。



春望       

國 破れて  山河 在り,城 春にして  草木 深し。

時に 感じては  花にも 涙を 濺(そそ)ぎ,別れを恨んでは  鳥にも 心を驚かす。

烽火  三月(さんげつ)に 連なり,家書  萬金に 抵(あ)たる。

白頭  掻けば 更に 短く,渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す。



(757) 全く期待を裏切る戦いで 、落胆していた。(三月三首さんげつさんしゅ悲陳陶 - 152   悲青坂 - 153    対雪 - 154明けて至徳二年(757)の春も、杜甫は城内にあって囚われのままである。
 五言律詩「春望」(しゅんぼう)は杜甫の名作である。
詩中の「簪」は冠(かんむり)をとめるピンのことで、冠は成人男子であることを示す被り物である。「渾て簪に勝えざらんと欲す」は心配で髪が薄くなり、冠も留めて置けなくなったと解される。
わざわざこの詩結句でいう、裏の気持ちとしては、自分が仕官をするため10年余りも長安で過ごした。その間、威張り腐っていた役人が、安禄山らの叛乱軍に圧倒的な戦力があったにもかかわらず簡単に(半年で東都と、長安が)敗れ、さらに、その後、なめきって油断してきている状況下でも、陳陶 、 青坂  で敗れ去っている。中国人の表現方法の特徴で自分の白髪頭をいうのは「自分の髪が少なくて恥ずかしいよ」であり、「おまえはどうなんだ、恥ずかしくないのか」といっているのである。「「月夜」の背景  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 143 では、相手を思いやる表現法につぃて述べた。ここは相手を批判する表現法の一つである。もう一つの意味合いは、この後、多くの詩に出てくる「白髪頭」であるが、杜甫は、これから、元気出して頑張るぞという時にもちるのである。
この「春望」詩は、そういったことを前提に読んでほしい。


現代語訳と訳註
(本文)

國破山河在,城春草木深。
感時花濺涙,恨別鳥驚心。
烽火連三月,家書抵萬金。
白頭掻更短,渾欲不勝簪。

(下し文)
國 破れて  山河 在り,城 春にして  草木 深し。
時に 感じては  花にも 涙を 濺(そそ)ぎ,別れを 恨んでは  鳥にも 心を驚かす。
烽火  三月(さんげつ)に 連なり,家書  萬金に 抵(あ)たる。
白頭  掻けば 更に 短く,渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す。

(現代語訳)
春の眺め
天下の唐王朝の都が破壊されたが、とりまく山河自然は存在を示している。破壊された長安の街に春の息吹がよみがえる、草木が茂って来たではないか。 
自然というものは時節の変転、春の息吹を感じ、させて花を開いているのだが、叛乱軍に破壊尽くされた唐王朝に春はこないので花を見ても涙を流すだけなのだ。自分にとっても、家族との別離をうらめしく思い、鳥が自由に飛び交い、一族群れを為している姿を見るにつけても、心を痛めているのだ。
長安郊外での戦火は三ヶ月も続いたが、期待を裏切り、無駄なものであった。こんなとき、もし家族からの手紙があったとしたら、それは万金にあたいするもので極めて貴重なのである。
白髪頭を掻けば、苦労で老けた髪は一層短く、少なくなった。 こんなに髪が少なくなってほとんど、まげを止めるカンザシを挿すにもたえないような状態になってしまった。


(訳注)

春望
春の眺め。杜甫は『野望』と野の眺めの歌も作っている。ここは、『野望』ならぬ「堂屋が消失し、雑草の茂る首都、春の長安の都の光景」を詠う。
五言律詩「野望」 秦州での作。759年乾元2年 48歳
清秋望不極,迢遞起層陰。
遠水兼天淨,孤城隱霧深。
葉稀風更落,山迥日初沈。
獨鶴歸何晚?昏鴉已滿林。
すみきった秋の遠望ははてしがないが、高低の地勢には幾重かの夕曇りが起こり始めた。それで遠方の水面とともに天もすっきりしているが、この一つ城はだんだん隠れて霧が深く立ち込めた。それからたださえ稀になった木の葉が風のために一層振るわれて落ち、遥かなる山のかなたには太陽がやっと沈んでしまった。このとき日暮れの烏は、もはや林に一杯留まったのに、どうして一匹の鶴だけは、こんなに遅く帰るのであろうか。鶴は自己を比していうのであろう。)

秦州抒情詩(20) 野望 杜甫 <305> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1382 杜甫詩 700- 425

國破山河在、城春草木深。
天下の唐王朝の都が破壊されたが、とりまく山河自然は存在を示している。破壊された長安の街に春の息吹がよみがえる、草木が茂って来たではないか。 
國破 下の句に城とあり、城は長安を示す。対句なのでこの国を長安と解すものも多いが、国は、唐王朝を示すとしたほうが杜甫の意図を組んでわかりやすい。 
こわれる。やぶれる。安禄山に因る756年6月至徳元年の潼関を破られ、12日玄宗は蜀へ逃行し譲位、霊武に逃避した粛宗が討伐を始める。 ・山河在:国都長安は破壊されてしまったが、自然の)山河(残って存在し。 
存在している。そこにある。ここでは、ただそれだけが残ってそこにあるの意。
荊叔(生歿未詳)の『唐詩選』「題慈恩塔」には(慈恩塔と御陵を詠うので740年ごろの作品で、杜甫に先行するものではなかろうか)
漢國山河在,秦陵草樹深。
この詩でいう「漢國」とは、国都長安のことになる。
城春 都長安が破壊されたが街は春になった。 
城郭都市であったので現代語ではまち、都市。城市。ここでは、長安の街。
草木深 (街中の光景なのに)草木が生い茂って、荒れ果ててしまった。

暮雲千里色,無處不傷心。
国都長安は、山は緑が豊かで、河は青々と流れている。秦・始皇の陵には、草木が生い茂っている。夕暮れ時の美しい空の色は遥か彼方まで続いている。長安の自然の景色は、昔と少しも変わらず心をいためないところはない。)


時花濺涙、恨別鳥驚心。
自然というものは時節の変転、春の息吹を感じ、させて花を開いているのだが、叛乱軍に破壊尽くされた唐王朝に春はこないので花を見ても涙を流すだけなのだ。自分にとっても、家族との別離をうらめしく思い、鳥が自由に飛び交い、一族群れを為している姿を見るにつけても、心を痛めているのだ。
感時 時世時節の変異に感じる。それは自然の息吹、国家の運命、家族への思い、に感じるところがある。 
花濺涙 こんな事節でありながら、大自然は春を与えてくださる。大殺戮の冬、暗雲立ち込めていることしか思わなかったこの時期、花を咲かせて、前向きに生きることを自然が教えてくれる、その象徴としての花である。しかし現実は、涙することばかりなのだ。このギャップを、見事にこの五文字に詠いあげ、杜甫はこれだけの意味、味わい深さを詠っているのである。 
恨別 家族との別離をうらめしく思う。戦乱のため、杜甫の家族は羌村に居て、自身は長安にいるという別居生活になっていることをいう。 
鳥驚心 杜甫が、花や鳥を見るにつけ、心を痛めると言う意である。


烽火連三月、家書抵萬金。
長安郊外での戦火は三ヶ月も続いたが、期待を裏切り、無駄なものであった。こんなとき、もし家族からの手紙があったとしたら、それは万金にあたいするもので極めて貴重なのである。
烽火 のろし火。兵乱、戦争。ここでは、ここは、後者の戦火の意。 
続く。つながる。或いは、亘る。 
三月 〔さんげつ〕三箇月。戦火が九十日も続いたため、家書が「抵萬金」という値打ちに感じられるということ。至徳元年(756年)末、悲陳陶 - 152   悲青坂 - 153    対雪 - 154(この三月を採って三月三首と名付ける)などの至徳二年初までの戦乱を指す。
家書 家族からの手紙。 ・抵:あたる。 
萬金 大金。かけがえが無く貴重であることをいう。


白頭掻更短、渾欲不勝簪。
白髪頭を掻けば、苦労で老けた髪は一層短く、少なくなった。 こんなに髪が少なくなってほとんど、まげを止めるカンザシを挿すにもたえないような状態になってしまった。
白頭 白髪頭。 
(痒くて)かく。かきむしる。戦乱のために一家離散し、今後の方策も立たなくて悩むようす。 
更短 一層短くなった。一層短く、少なくなった。苦労で老けたことをいう。耳よりも下まで、髪の毛が垂れていたのだ。 
すっかり、まるで、ほとんど。すべて、まったく。  
不勝 〔ふしょう〕…に堪えない。…できない。 
カンザシを挿すこと。男子の頭髪を束ねるためのもの。冠を止める簪。


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