憶幼子 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 156

 
憶幼子 (幼子を憶う)
長安にあって鄜州の羌村に在る幼子を憶って作る。この幼子は作者の第二子宗武であり、宗武の幼名を驥子という。製作時は757年、至徳二載の春。

憶幼子
驥子春猶隔,鶯歌暖正繁。
息子の驥子とは春になったというのにはなれたままなのだ。暖かくなるにつれて鶯のうたう歌のこえも盛んになってきた。
別離驚節換,聰慧與誰論。
別れてからこんなにも時候が変わったかとおどろいてしまう。きっとあの子も悧巧になったことだろう、そのことを自分が思うだけで誰に言うこともない。
澗水空山道,柴門老樹村。
あの逃避中の困難であった空山の道で澗水のながれているところ思い出し、あの老木の生いしげっている村の柴門のあるところを思い出す。
憶渠愁只睡,炙背俯晴軒。

そこへ宗武への思いを馳せて、日当たりのいいこの木場で身をかがめて背なかを日向ぼっこして、愁えつつ居眠りをする。

驥子 春 猶隔たる、鶯 歌 暖くして正に繁し。
別離 節の換るに驚く、聡慧 誰とか論ぜん。
澗水 空山の道、柴門 老樹の村。
渠を憶うて愁えて只だ睡る、背を炙りて 晴軒に俯す。


憶幼子 現代語訳と訳註
(本文)

驥子春猶隔,鶯歌暖正繁。
別離驚節換,聰慧與誰論。
澗水空山道,柴門老樹村。
憶渠愁只睡,炙背俯晴軒。

(下し文)
驥子 春 猶隔たる、鶯 歌 暖くして正に繁し。
別離 節の換るに驚く、聡慧 誰とか論ぜん。
澗水 空山の道、柴門 老樹の村。
渠を憶うて愁えて只だ睡る、背を炙りて 晴軒に俯す。

(現代語訳)
息子の驥子とは春になったというのにはなれたままなのだ。暖かくなるにつれて鶯のうたう歌のこえも盛んになってきた。
別れてからこんなにも時候が変わったかとおどろいてしまう。きっとあの子も悧巧になったことだろう、そのことを自分が思うだけで誰に言うこともない。
あの逃避中の困難であった空山の道で澗水のながれているところ思い出し、あの老木の生いしげっている村の柴門のあるところを思い出す。
そこへ宗武への思いを馳せて、日当たりのいいこの木場で身をかがめて背なかを日向ぼっこして、愁えつつ居眠りをする。


(訳注)
驥子春猶隔,鶯歌暖正繁。

息子の驥子とは春になったというのにはなれたままなのだ。暖かくなるにつれて鶯のうたう歌のこえも盛んになってきた。
 自分のいる場所と両地の相い隔たることをいう。○ 多いことをいう。

別離驚節換,聰慧與誰論。
別れてからこんなにも時候が変わったかとおどろいてしまう。きっとあの子も悧巧になったことだろう、そのことを自分が思うだけで誰に言うこともない。
節換 時候のかわること。○聡慧 宗武のちえづくこと。○与誰論 己一人であることをいう。


澗水空山道,柴門老樹村。
あの逃避中の困難であった空山の道で澗水のながれているところ思い出し、あの老木の生いしげっている村の柴門のあるところを思い出す。
澗水 鄜州の谷川、谷川沿いのこと。○空山 人の居らぬ山。○柴門 しばのもん、麟州の家の門をさす。「澗水空山道」というのは、逃避中の困難を追憶したもの

三川觀水漲二十韻 杜甫 127

彭衙行 杜甫 132



憶渠愁只睡,炙背俯晴軒。
そこへ宗武への思いを馳せて、日当たりのいいこの木場で身をかがめて背なかを日向ぼっこして、愁えつつ居眠りをする。
○渠 宗武をさす。○炙背 太陽の光にむけてせなかを日に当てる。日向ぼっこ。○俯 身をかがめる。○晴軒 日のあたっているの木場、第七・八の二句は倒装である。



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