大雲寺贊公房四首 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 164

長安の大雲寺の僧賛公の室に過宿したことをのべる。大雲寺は大雲経寺で、もと光明寺という。
武則天は宗族の挙兵を打ち破った後、女帝出現を暗示する預言書(仏典中の『大雲経』に仮託して創作された疑経)を全土に流布させ、また周代に存在したとされる「明堂」(聖天子がここで政治を行った)を宮城内に建造させ、権威の強化を謀り、帝位簒奪の準備を行った。

 帝室が老子の末裔だとされ「道先仏後」だった唐王朝と異なり、武則天は仏教を重んじ朝廷での席次を「仏先道後」に改めた。武則天は諸寺の造営、寄進を盛んに行った他、自らを弥勒菩薩の生まれ変わりと称し、このことを記したとする『大雲経』を創り、これを納める「大雲経寺」を全国の各州に造らせた。これは後の日本の国分寺制度の元になった。

 洛陽郊外の龍門山奉先寺にある高さ17mの盧舎那仏の石像は、高宗の発願で造営されたが、像の容貌は武則天がモデルといわれる。

杜甫 2 遊龍門奉先寺

杜甫 14龍門 


武則天が初めて此の寺に御幸したとき沙門宜政が大雲経を進めた。経の中に女主の符があり、因って名を改め天下の諸州に大雲経寺を置かせたという。寺は長安、西市(緑色)の南にある懐遠坊(黄色)の東南隅にある。
09長安城の図
ここでの詩の説明は第一首を2回に分割の1回目。
叛乱軍にここの出入りついてはかなりのチェックを受けたのではなかろうか、其一から其四まで、お寺内の描写に徹している。ここでは其一だけを解説する。


  
其一
心在水精域,衣沾春雨時。
俗世界に住んでいる自分も心は水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所にある、だから、春雨のころ衣の濡らしてもかまわずたずねてきたのだ。
洞門盡徐步,深院果幽期。』
奥深く幾つかの門と門と向かい合うようになっている間をとおり、みんなでそろそろとあゆんできた。来てみると奥まった庭では予想した通り幽静なる期待に叶うものであった。』
到扉開複閉,撞鐘齋及茲。
自分が到着した本堂の扉は開けられて、その後また閉じられた。それはそのとき鐘をつき鳴らしてお斎飯を恵まれるお知らせ時だったのだ。
醍醐長發性,飲食過扶衰。-#1

醍醐を嘗めたことで仏法の悟りでも得た様な気持ちにさせてくれる、また僧賛公の供せられる飲食の滋養は最近急速に衰老していたのをたすけてくれる充分なものである。
把臂有多日,開懷無愧辭。』
黃鸝度結構,紫鴿下罘罳。
愚意會所適,花邊行自遲。
湯休起我病,微笑索題詩。』-2

心は水精の域に在り 衣は需う春雨の時

洞門尽く徐歩 深院果して幽期』

到扉開いて復た閉ず 撞鐘斎蓋に及ぶ

醍醐長えに性を発せしむ 飲食裏を扶くるに過ぐ-1



轡を把る多目有り 懐を開く塊辞無し』
黄鶴結構を度り 紫鵠宋恩より下る
愚意適する所に会う 花辺行くこと自ら遅し
揚休我が病めるを起たしむ 微笑して題詩を索む』-#2




大雲寺贊公房四首 現代語訳と訳註
(本文) 其一

心在水精域,衣沾春雨時。
洞門盡徐步,深院果幽期。』
到扉開複閉,撞鐘齋及茲。
醍醐長發性,飲食過扶衰。-#1


(下し文)
心は水精の域に在り 衣は需う春雨の時
洞門尽く徐歩 深院果して幽期』
到扉開いて復た閉ず 撞鐘斎蓋に及ぶ
醍醐長えに性を発せしむ 飲食裏を扶くるに過ぐ-#1


(現代語訳)
俗世界に住んでいる自分も心は水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所にある、だから、春雨のころ衣の濡らしてもかまわずたずねてきたのだ。
奥深く幾つかの門と門と向かい合うようになっている間をとおり、みんなでそろそろとあゆんできた。来てみると奥まった庭では予想した通り幽静なる期待に叶うものであった。』
自分が到着した本堂の扉は開けられて、その後また閉じられた。それはそのとき鐘をつき鳴らしてお斎飯を恵まれるお知らせ時だったのだ。
醍醐を嘗めたことで仏法の悟りでも得た様な気持ちにさせてくれる、また僧賛公の供せられる飲食の滋養は最近急速に衰老していたのをたすけてくれる充分なものである。


(訳注)
心在水精域,衣沾春雨時。

俗世界に住んでいる自分も心は水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所にある、だから、春雨のころ衣の濡らしてもかまわずたずねてきたのだ。
水精域 精は晶と通ずる、水精は水晶に同じ。寺は清浄の地であるから水晶の域という。水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所。


洞門盡徐步,深院果幽期。』
奥深く幾つかの門と門とが向かい合うようになっている間をとおり、みんなでそろそろとあゆんできた。来てみると奥まった庭では予想した通り幽静なる期待に叶うものであった。』
洞門 幾つかの門と門とがむきあっている処をいう。○深院 奥にわ。○幽期 おくまっていてだれもこないさみしく静であることの期待、これはその期待にかなぅことをいう。


到扉開複閉,撞鐘齋及茲。
自分が到着した本堂の扉は開けられて、その後また閉じられた。それはそのとき鐘をつき鳴らしてお斎飯を恵まれるお知らせ時だったのだ。
到扉 我がまさに到著した所の堂合の扉。○撞鐘 かねをつくことで知らせる。○齋及茲 齋飯を恵まれる。 



醍醐長發性,飲食過扶衰。
醍醐を嘗めたことで仏法の悟りでも得た様な気持ちにさせてくれる、また僧賛公の供せられる飲食の滋養は最近急速に衰老していたのをたすけてくれる充分なものである。
醍醐 バターの類、獣乳の精液である。○発性 仏法の悟り開いた気持になること。○過扶衰 扶裏とは飲食の滋養が自己の老衰をたすけること、それが余りあること、十分である。
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