自京竄至鳳翔達連行在所 三首 其三 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 172
この其の三の詩で、前半四句は鳳翔へ駆けつけるときのようすをあらわしている。「武功」は図で長安から鳳翔までの中間地点にある街である。太白山は右に見て進んだ。

頌春00

自京竄至鳳翔達連行在所 三首 其一 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 170
自京竄至鳳翔達連行在所 三首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 171


喜達行在所三首  其三

死去憑誰報、帰来始自憐。

自分がここへ逃げてくる途中で死んでしまったとしたら、それをだれによってほか誰かにつげてもらえようか。今無事でここへもどって来たのではじめて我と我身をいじらしくおもうのである。
猶瞻太白雪、喜遇武功天。

うれしくも粛宗皇帝の行在所ちかき武功の天にであうことができた。まだ南にあたってあの太白山の雪がまっしろにみえている。
影静千官裏、心蘇七校前。

死ぬかとおもわれた自分の自身は影の存在で無事に千の文官のなかに静かに立てたのである。死ぬと思った心はこの画兵の七校尉の護衛の前にきたら生き返っているのを感じたのだ。
今朝漢社稷、新数中興年。

きようの朝から唐の天下のもとにいる、これからは新しく興る御年がはじまるものとかぞえだしてしかるべきだ。


行在所に達するを喜ぶ 三首其の三
死し去らば誰に憑(よ)ってか報ぜん、帰り来たりて始めて自ら憐(あわ)れむ。
猶(な)お瞻(み)る  太白の雪、遇(あ)うを喜ぶ  武功(ぶこう)の天。
影は静かなり  千官(せんかん)の裏(うち)、心は蘇(よみがえ)る  七校(しちこう)の前。
今朝(こんちょう)より漢の社稷(しゃしょく)は、新たに中興(ちゅうこう)の年を数(かぞ)えん。


行在所に達するを喜ぶ 三首
死去したら  誰が知らせてくれたろう、帰って来て始めてやっと自らをいとおしむ。
生きてなお  太白山の雪を瞻(み)る、喜んだ武功の空にめぐりあう。
影は静かに千官のうちに、心は蘇(よみがえ)る安堵の思いで近衛(このえ)の将校たちをみる
今日からは  唐の国家は新しく、中興の時代を迎えるのだ

其三 現代語訳と訳註
(本文)
其三
死去憑誰報、帰来始自憐。
猶瞻太白雪、喜遇武功天。
影静千官裏、心蘇七校前。
今朝漢社稷、新数中興年。


(下し文) 三首その三
死し去らば誰に憑(よ)ってか報ぜん、帰り来たりて始めて自ら憐(あわ)れむ。
猶(な)お瞻(み)る  太白の雪、遇(あ)うを喜ぶ  武功(ぶこう)の天。
影は静かなり  千官(せんかん)の裏(うち)、心は蘇(よみがえ)る  七校(しちこう)の前。
今朝(こんちょう)より漢の社稷(しゃしょく)は、新たに興るに中(あたる)の年を数(かぞ)えん。


(現代語訳)
自分がここへ逃げてくる途中で死んでしまったとしたら、それをだれによってほか誰かにつげてもらえようか。今無事でここへもどって来たのではじめて我と我身をいじらしくおもうのである。
うれしくも粛宗皇帝の行在所ちかき武功の天にであうことができた。まだ南にあたってあの太白山の雪がまっしろにみえている。
死ぬかとおもわれた自分の自身は影の存在で無事に千の文官のなかに静かに立てたのである。死ぬと思った心はこの画兵の七校尉の護衛の前にきたら生き返っているのを感じたのだ。
きようの朝から唐の天下のもとにいる、これからは新しく興る御年がはじまるものとかぞえだしてしかるべきだ。


(訳注)
死去憑誰報、帰来始自憐。
自分がここへ逃げてくる途中で死んでしまったとしたら、それをだれによってほか誰かにつげてもらえようか。今無事でここへもどって来たのではじめて我と我身をいじらしくおもうのである。
憑誰報 何人によってその事をつげしらせようか。○帰来 鳳翔の行在所の方へもどったこと。天使のもとに戻ったということ。〇自憐 我と我身をいじらしくおもう。


猶瞻太白雪、喜遇武功天。
うれしくも粛宗皇帝の行在所ちかき武功の天にであうことができた。まだ南にあたってあの太白山の雪がまっしろにみえている。
太白山の名、武功県の南にあり、長安を去ること三百里。○武功県の名、鳳翔府に属する。「猶瞻」の二句は行在所に近くに帰ってきたことを喜ぶ。


影静千官裏、心蘇七校前。
死ぬかとおもわれた自分の自身は影の存在で無事に千の文官のなかに静かに立てたのである。死ぬと思った心はこの画兵の七校尉の護衛の前にきたら生き返っているのを感じたのだ。
影静 影は自己の身影をいう、死ねば影がない、この影の字によって死から免れ来たった姿をあらわす。此の旬によれば此の時には拾遺の官を授けられたのである。〇千官多くの文官の官員。○心蘇 心は自己の心、蘇はよみがえる、第一首の「心死」の反対。〇七校漢の武帝は中塁・屯騎・歩兵・越騎・長水・胡騎・射声・虎貴の八校尉を置いたが、そのうち胡騎校尉というのは常置しなかったので七校という。これは武官の護衛にあたる者をさす。


今朝漢社稷、新数中興年。
きようの朝から唐の天下のもとにいる、これからは新しく興る御年がはじまるものとかぞえだしてしかるべきだ。
漢社稷 唐の天下をいう。○中興 【1】「興る」は、働きが強まる、奮い立つの意であるが、物事や状態が新たに生じることも表わし、その場合は「起こる」とも書く。【2】「ふるう」は、ふつう「振るう」と書くが、「勇気をふるう」「商売がふるわない」などのように、奮い立たせる意の場合には、「奮う」と書き、「料理に腕をふるう」「熱弁をふるう」などのように、発揮する意の場合には、「揮う」とも書く。【3】「ふるう」には、振り動かす意や、転じて、思うままに取り扱う意もある。「剣を振るう」「采配(さいはい)を振るう」中の字は去声によみ、興るに「あたる」。

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(解説)
○詩型 五言律詩
○押韻 憐、天、前、年。
 長安黄河


深い霧の中から次々と現われてくる並木の樹々、杜甫はそれに導かれるように間道を進んでゆく。霧はその脱走を助け、並樹は道しるべとなった。やがて前方にばっと開ける蓮の花びらのような峰々、それは脱出の成功を喜ぶ杜甫の心を象徴するかのようである。まさに杜甫自身、生涯忘れることのできない決死行であったが、こうして杜甫は、念願かなって鳳翔政府の一員となった。
鳳翔の行在にようやくたどりついた杜甫は、は五月十六日に左拾遺の官を授けられた。「左拾遺」とは、天子の側近にあって、天子が政治上「遣(わす)れ」残したことがらを「「拾い」上げて知らせるいわゆる諌官である。

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