述懐 #1 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 178
    
述懐 #1 五韻十句
去年潼関破、妻子隔絶久。
去年あの不敗神話の潼関で最強幕府の将軍、哥舒翰が破れてしまったから、妻子とは簡単に逢うことができないかけはなれた存在になってしまった。
今夏草木長、脱身得西走。
今年の夏は草木が生長するころに、叛乱軍の囲みの中からぬけだして西方、鳳翔の行在所をめがけて逃げて走ったのだ。
麻鞋見天子、衣袖露両肘。
幸に行在所に到著ができ、麻のわらじのまま粛宗皇帝におめみえをしたが、衣のそでは破れて両ひじが現われていた。
朝廷愍生還、親故傷老醜。
朝廷ではこの自分がいきて戻ってきたのをおあわれみ下され、親しきもの、ふるなじみのもの等は自分の老い且つみすぼらしい姿をきのどくがってくれた。
涕涙授拾遺、流離主恩厚。
幸いにも自分は涙ながらに左拾遺の官をおうけすることになった。この流浪零落の時にわが天子の御恩はいかばかりにお厚いことなのである。
柴門雖得去,未忍即開口。
粗末な門のある家族を疎開させている麒州の家の方へは若し願いでるならば行くことはできるのであろうが、とても今すぐそんな事を、口を開いて言いだすには忍びないのである。』

#2 
寄書問三川,不知家在否?比聞同罹禍,殺戮到雞狗。
山中漏茅屋,誰複依戶牖。摧頹蒼松根,地冷骨未朽。
幾人全性命?盡室豈相偶?嶔岑猛虎場,鬱結回我首。
#3
自寄一封書,今已十月後。反畏消息來,寸心亦何有?
漢連初中興,生平老耽酒。沈思歡會處,恐作窮獨叟。

去年  潼関(どうかん)破れ、妻子  隔絶(かくぜつ)すること久し。
今夏(こんか)  草木(くさき)長じ、身を脱して西に走るを得たり。
麻鞋(まあい)  天子に見(まみ)え、衣袖(いしゅう)  両肘(りょうちゅう)を露(あらわ)す。
朝廷  生還(せいかん)を愍(あわれ)み、親故(しんこ)   老醜(ろうしゅう)を傷(いた)む。
涕涙(ているい) 拾遺(じゅうい)を授けらる、流離(りゅうり)  主恩(しゅおん)厚し。
柴門(さいもん)  去(ゆ)くを得(う)と雖(いえど)も、未だ即ち口を開くに忍(しの)びず。
#2
書を寄せて三川(さんせん)に問うも家の在るや否(いな)やを知らず
此(このご)ろ聞く 同じく禍(わざわい)に罹(かか)りて殺戮 鶏狗(けいく)に到ると
山中の漏茅屋(ろうぼうおく)誰(たれ)か復(ま)た戸牖(こゆう)に依(よ)らん
蒼松(そうしょう)の根に摧頽(さいたい)すとも地(ち)冷やかにして 骨未だ朽ちざらん
幾人か性命(せいめい)を全うする室(しつ)を尽くして 豈(あに)相偶(あいぐう)せんや
嶔岑(きんしん)たる猛虎の場(じょう)鬱結(うつけつ)して我が首(こうべ)を廻(めぐ)らす
#3
一封の書を寄せし自(よ)り、今は已(すで)に十月の後(のち)なり。
反(かえ)って畏(おそ)る  消息の来たらんことを、寸心(すんしん)  亦(ま)た何か有らん。
漢運(かんうん)  初めて中興し、生平(せいへい)  老いて酒に耽(ふけ)る。
歓会(かんかい)の処(ところ)を沈思(ちんし)し、窮独(きゅうどく)の叟(そう)と作(な)らんことを恐る。


述懐 #1 五韻十句 現代語訳と訳註
(本文)
去年潼関破、妻子隔絶久。
今夏草木長、脱身得西走。
麻鞋見天子、衣袖露両肘。
朝廷愍生還、親故傷老醜。
涕涙授拾遺、流離主恩厚。
柴門雖得去,未忍即開口。

(下し文)
去年  潼関(どうかん)破れ、妻子  隔絶(かくぜつ)すること久し。
今夏(こんか)  草木(くさき)長じ、身を脱して西に走るを得たり。
麻鞋(まあい)  天子に見(まみ)え、衣袖(いしゅう)  両肘(りょうちゅう)を露(あらわ)す。
朝廷  生還(せいかん)を愍(あわれ)み、親故(しんこ)   老醜(ろうしゅう)を傷(いた)む。
涕涙(ているい) 拾遺(じゅうい)を授けらる、流離(りゅうり)  主恩(しゅおん)厚し。
柴門(さいもん)  去(ゆ)くを得(う)と雖(いえど)も、未だ即ち口を開くに忍(しの)びず。
(現代語訳)
去年あの不敗神話の潼関で最強幕府の将軍、哥舒翰が破れてしまったから、妻子とは簡単に逢うことができないかけはなれた存在になってしまった。
今年の夏は草木が生長するころに、叛乱軍の囲みの中からぬけだして西方、鳳翔の行在所をめがけて逃げて走ったのだ。
幸に行在所に到著ができ、麻のわらじのまま粛宗皇帝におめみえをしたが、衣のそでは破れて両ひじが現われていた。
朝廷ではこの自分がいきて戻ってきたのをおあわれみ下され、親しきもの、ふるなじみのもの等は自分の老い且つみすぼらしい姿をきのどくがってくれた。
幸いにも自分は涙ながらに左拾遺の官をおうけすることになった。この流浪零落の時にわが天子の御恩はいかばかりにお厚いことなのである。
粗末な門のある家族を疎開させている麒州の家の方へは若し願いでるならば行くことはできるのであろうが、とても今すぐそんな事を、口を開いて言いだすには忍びないのである。』


(訳注)
去年潼関破、妻子隔絶久。

去年あの不敗神話の潼関で最強幕府の将軍、哥舒翰が破れてしまったから、妻子とは簡単に逢うことができないかけはなれた存在になってしまった。
去年756年天宝十五載、即ち至徳元載をさす、至徳の改元は七月である。〇潼関破 756年天宝十五載の六月九日、哥舒翰が王朝軍、叛乱軍の倍の数の軍を率いて絶対破れないとされていた潼関において、叛乱軍に大敗し、捕えられたことをいう。○隔絶 杜甫の妻子は鄜州の羌村に寄寓させてあった。両者の間がへだたることをいう。逢うためには、う回路の峻険な山道を通らなければならない。

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今夏草木長、脱身得西走。
今年の夏は草木が生長するころに、叛乱軍の囲みの中からぬけだして西方、鳳翔の行在所をめがけて逃げて走ったのだ。
今夏 757年至徳二載の夏。○ せがのぴる。○脱身 叛乱軍のなかからぬけだす。○西走 長安から西の方鳳翔に向かって走る。この年の初め安禄山が息子に殺され、叛乱軍の内紛があったために、粛宗は霊武から鳳翔まで南下できて行在所としたのだ。


麻鞋見天子、衣袖露両肘。
幸に行在所に到著ができ、麻のわらじのまま粛宗皇帝におめみえをしたが、衣のそでは破れて両ひじが現われていた。
麻軽 あさのわらじ、旅装のままである。○見天子 粛宗皇帝に謁見する。○露両肘 そでのやぶれている故に左右のひじをあらわす。


朝廷愍生還、親故傷老醜。
朝廷ではこの自分がいきて戻ってきたのをおあわれみ下され、親しきもの、ふるなじみのもの等は自分の老い且つみすぼらしい姿をきのどくがってくれた。
生還 いきてもどってきたこと。○親故 親しい人々や、ふるなじみの人々。親戚と友達。○傷老醜作者の老いてみにくくなったことを気のどくがる。


涕涙授拾遺、流離主恩厚。
幸いにも自分は涙ながらに左拾遺の官をおうけすることになった。この流浪零落の時にわが天子の御恩はいかばかりにお厚いことなのである。
沸涙 なみだながらに。○受拾遺 拾遺は官名、供奉・諷諌を掌る。作者は至徳二載五月十六日に中書侍郎張鏑の勅命を奉じて左拾遺に任ぜられた。○流離 零落のさま。○主恩天子の御恩。


柴門雖得去,未忍即開口。
粗末な門のある家族を疎開させている麒州の家の方へは若し願いでるならば行くことはできるのであろうが、とても今すぐそんな事を、口を開いて言いだすには忍びないのである。』
柴門 鄜州羌村にある家の門、前に「柴門老樹ノ村」とあった柴門と同じ。○ そこへゆくことをいう。○即開口 すぐにロを開いてそのことを言いだす。


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