述懐 #3 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 180
    
述懐 
#1 五韻十句(久。走。肘。醜。厚。口。)
去年潼関破、妻子隔絶久。今夏草木長、脱身得西走。
麻鞋見天子、衣袖露両肘。朝廷愍生還、親故傷老醜。
涕涙授拾遺、流離主恩厚。柴門雖得去,未忍即開口。
#2 四韻八句(否。狗。牖。朽。) 
寄書問三川,不知家在否?比聞同罹禍,殺戮到雞狗。
山中漏茅屋,誰複依戶牖。摧頹蒼松根,地冷骨未朽。

#3 四韻八句(後。有。酒。叟。)
自寄一封書,今已十月後。
反畏消息來,寸心亦何有?
漢連初中興,生平老耽酒。
沈思歡會處,恐作窮獨叟。

私が一通の手紙を出して以来音沙汰がない。今はかれこれ、十箇月もたっているので心配だ。
そうはいっても、実はかえって便りが来るのを畏れているのだ、もしたよりに家族全滅を知らせてくるかもしれないので私のこの胸の内は心も消えうせるばかりなのだ。
今や我が唐の国運は粛宗皇帝の御即位されてことにあたられることになったのだ、ところがこの私は、左拾遺に召されたが、平生、年より扱いしかされないので心は沈みがちで酒にふけっているのだ。
朝廷でのことは心が沈んでしまうことだ。それより、妻や子とのうれしい会合の場面をじっと考えてみることにする、それは夢であってもしかしたら、家族もいない貧窮孤独の老人として残るのではないかと恐れてしまうのだ。

#3
一封の書を寄せし自(よ)り、今は已(すで)に十月の後(のち)なり。
反(かえ)って畏(おそ)る  消息の来たらんことを、寸心(すんしん)  亦(ま)た何か有らん。
漢運(かんうん)  初めて中興し、生平(せいへい)  老いて酒に耽(ふけ)る。
歓会(かんかい)の処(ところ)を沈思(ちんし)し、窮独(きゅうどく)の叟(そう)と作(な)らんことを恐る。


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述懐 #3 現代語訳と訳註
(本文) #3 四韻八句(後。有。酒。叟。)
自寄一封書,今已十月後。
反畏消息來,寸心亦何有?
漢連初中興,生平老耽酒。
沈思歡會處,恐作窮獨叟。


(下し文) #3
一封の書を寄せし自(よ)り、今は已(すで)に十月の後(のち)なり。
反(かえ)って畏(おそ)る  消息の来たらんことを、寸心(すんしん)  亦(ま)た何か有らん。
漢運(かんうん)  初めて中興し、生平(せいへい)  老いて酒に耽(ふけ)る。
歓会(かんかい)の処(ところ)を沈思(ちんし)し、窮独(きゅうどく)の叟(そう)と作(な)らんことを恐る。


(現代語訳)
私が一通の手紙を出して以来音沙汰がない。今はかれこれ、十箇月もたっているので心配だ。
そうはいっても、実はかえって便りが来るのを畏れているのだ、もしたよりに家族全滅を知らせてくるかもしれないので私のこの胸の内は心も消えうせるばかりなのだ。
今や我が唐の国運は粛宗皇帝の御即位されてことにあたられることになったのだ、ところがこの私は、左拾遺に召されたが、平生、年より扱いしかされないので心は沈みがちで酒にふけっているのだ。
朝廷でのことは心が沈んでしまうことだ。それより、妻や子とのうれしい会合の場面をじっと考えてみることにする、それは夢であってもしかしたら、家族もいない貧窮孤独の老人として残るのではないかと恐れてしまうのだ。


(訳注)
自寄一封書,今已十月後。

私が去年の9月に一通の手紙を出して以来、音沙汰がない。今は六月で、かれこれ、十箇月もたっているのでとても心配だ。
一封書 一通の手がみ。〇十月後十か月の後、此の詩の作が何月にあるかは不明であるが、左拾遺の任命が五月十六日、後の「北征」の詩が閏八月初音であるのによって推すときは、其の中間に在ってしかも任官後あまりほどとおからぬときであろう。仮りに六月頃とすればその十か月以前は前年の九月頃、叛乱軍に捕まった時となる。


反畏消息來,寸心亦何有?
そうはいっても、実はかえって便りが来るのを畏れているのだ、もしたよりに家族全滅を知らせてくるかもしれないので私のこの胸の内は心も消えうせるばかりなのだ。
消息 鄜州の妻子からのたより。○寸心 むねのうち、中国人は心のはたらきを一寸四方の心臓に在るとかんがえていた。○亦何有 なにもないことをいう、心も消えうせるばかり。


漢連初中興,生平老耽酒。
今や我が唐の国運は粛宗皇帝の御即位されてことにあたられることになったのだ、ところがこの私は、左拾遺に召されたが、平生、年より扱いしかされないので心は沈みがちで酒にふけっているのだ。
漢連 唐の国運をいう。○初中興 初めて興るにあたる、粛宗皇帝の即位されたことをさす。○生平平生と同じ。○沈思ふかくかんがえる。


沈思歡會處,恐作窮獨叟。
朝廷でのことは心が沈んでしまうことだ。それより、妻や子とのうれしい会合の場面をじっと考えてみることにする、それは夢であってもしかしたら、家族もいない貧窮孤独の老人として残るのではないかと恐れてしまうのだ。
歓会処 よろこんで一家族会合する場合のこと。○窮獨叟 貧窮で単独な老人。朝廷の中で、相手にされないので孤独感に陥っている、その上もしかしたら、家族のものがみな殺されてしまったかもしれないのだ。


解説
杜甫の言いたいことは、この#3に集約されている。ここでは、もう、杜甫の政治に対しての心が折れてしまっったようである。朝廷内で自分の意見を発揮できないばかりか、歳より扱いなのだ。勢い酒を飲むことになってしまう。思うことは、家族のことが心配なのだ。杜甫は、男として、いったん口にした、「房琯擁護」について、語らなくなった。この段階で朝廷内で宦官の影響力に負けたのである。そのことを口に出せば、死罪になるのである。しかし、詩人を数段高い詩人に成長させる事件であったのだ。


述懷
去年潼關破,妻子隔絕久。今夏草木長,脫身得西走。
麻鞋見天子,衣袖露兩肘。朝廷敏生還,親故傷老醜。
涕淚授拾遺,流離主恩厚。柴門雖得去,未忍即開口。』#1
寄書問三川,不知家在否?比聞同罹禍,殺戮到雞狗。
山中漏茅屋,誰複依戶牖。摧頹蒼松根,地冷骨未朽。
幾人全性命?盡室豈相偶?嶔岑猛虎場,鬱結回我首。』#2
自寄一封書,今已十月後。反畏消息來,寸心亦何有?
漢連初中興,生平老耽酒。沈思歡會處,恐作窮獨叟。』#3
#1
去年  潼関(どうかん)破れ、妻子  隔絶(かくぜつ)すること久し。
今夏(こんか)  草木(くさき)長じ、身を脱して西に走るを得たり。
麻鞋(まあい)  天子に見(まみ)え、衣袖(いしゅう)  両肘(りょうちゅう)を露(あらわ)す。
朝廷  生還(せいかん)を愍(あわれ)み、親故(しんこ)   老醜(ろうしゅう)を傷(いた)む。
涕涙(ているい) 拾遺(じゅうい)を授けらる、流離(りゅうり)  主恩(しゅおん)厚し。
柴門(さいもん)  去(ゆ)くを得(う)と雖(いえど)も、未だ即ち口を開くに忍(しの)びず。
#2
書を寄せて三川(さんせん)に問うも家の在るや否(いな)やを知らず
此(このご)ろ聞く 同じく禍(わざわい)に罹(かか)りて殺戮 鶏狗(けいく)に到ると
山中の漏茅屋(ろうぼうおく)誰(たれ)か復(ま)た戸牖(こゆう)に依(よ)らん
蒼松(そうしょう)の根に摧頽(さいたい)すとも地(ち)冷やかにして 骨未だ朽ちざらん
幾人か性命(せいめい)を全うする室(しつ)を尽くして 豈(あに)相偶(あいぐう)せんや
嶔岑(きんしん)たる猛虎の場(じょう)鬱結(うつけつ)して我が首(こうべ)を廻(めぐ)らす

#3
一封の書を寄せし自(よ)り、今は已(すで)に十月の後(のち)なり。
反(かえ)って畏(おそ)る  消息の来たらんことを、寸心(すんしん)  亦(ま)た何か有らん。
漢運(かんうん)  初めて中興し、生平(せいへい)  老いて酒に耽(ふけ)る。
歓会(かんかい)の処(ところ)を沈思(ちんし)し、窮独(きゅうどく)の叟(そう)と作(な)らんことを恐る。


去年あの不敗神話の潼関で最強幕府の将軍、哥舒翰が破れてしまったから、妻子とは簡単に逢うことができないかけはなれた存在になってしまった。
今年の夏は草木が生長するころに、叛乱軍の囲みの中からぬけだして西方、鳳翔の行在所をめがけて逃げて走ったのだ。
幸に行在所に到著ができ、麻のわらじのまま粛宗皇帝におめみえをしたが、衣のそでは破れて両ひじが現われていた。
朝廷ではこの自分がいきて戻ってきたのをおあわれみ下され、親しきもの、ふるなじみのもの等は自分の老い且つみすぼらしい姿をきのどくがってくれた。
幸いにも自分は涙ながらに左拾遺の官をおうけすることになった。この流浪零落の時にわが天子の御恩はいかばかりにお厚いことなのである。
粗末な門のある家族を疎開させている麒州の家の方へは若し願いでるならば行くことはできるのであろうが、とても今すぐそんな事を、口を開いて言いだすには忍びないのである。』


自分は今また新しく手紙をだして三川鄜州羌村の家族の様子をたずねている、いったいわが家は現に存在しているのかどうか知ることができない。
このごろ聞けば、どこの家も同様に戦争の兵禍にかかって鶏や家畜、犬までも殺されてしまったともいう。
あの山の中の雨もりのする茅屋のいえなのだ、そこでは誰かが、また以前の様に戸や窓にさびしくよりそっているだろう。
また殺されていれば家族のものは、あの囲いのくずれ、くだけた松の樹の根もとにいるのだろう、地面は冷たくその下に埋められて骨はまだ朽ちずにいることであろう。(そうであってもなんにもしてやれないのだ)
こんなむごたらしいことがあっていいのか、無事でいきながらえ得るものが幾人あるというのだ? 一家全員一人も欠けずそってならんで坐ることがはたしてできるのだろうか?
こんなことを考えて、けわしい山の向こうの猛虎のはびこれる地方がある、家族とは深く心むすぼれているので首をふりむけてながめやることで私の心のうちが伝わることであろう。』


私が一通の手紙を出して以来音沙汰がない。今はかれこれ、十箇月もたっているので心配だ。
そうはいっても、実はかえって便りが来るのを畏れているのだ、もしたよりに家族全滅を知らせてくるかもしれないので私のこの胸の内は心も消えうせるばかりなのだ。
今や我が唐の国運は粛宗皇帝の御即位されてことにあたられることになったのだ、ところがこの私は、左拾遺に召されたが、平生、年より扱いしかされないので心は沈みがちで酒にふけっているのだ。
朝廷でのことは心が沈んでしまうことだ。それより、妻や子とのうれしい会合の場面をじっと考えてみることにする、それは夢であってもしかしたら、家族もいない貧窮孤独の老人として残るのではないかと恐れてしまうのだ。

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