奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 #2 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 189
御史中丞郭英乂が太僕卿の官を兼ねながら、隴右節度使に充てられたのを送る詩。製作時は757年至徳二載の秋八月。

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻
詔發山西將,秋屯隴右兵。淒涼餘部曲,燀赫舊家聲。
雕鶚乘時去,驊騮顧主鳴。艱難須上策,容易即前程。
斜日當軒蓋,高風卷旆旌。松悲天水冷,沙亂雪山清。#1

和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。
異民族えびすと和睦するというのは彼等を我が唐からの恵みによって手懐けるためにするものである。いま辺境を防備するにあたってはどうやってこの地方の人々を驚かせる様にすることができるのだろうか。
古來於異域,鎮靜示專徵。
古來、朝廷の外国に対してのやりかたは、まずこちらはおちついてしずかにしていながら、いざという時に一気に征伐専行の権をもっていることを相手に示すことが大切なことなのである。』
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。
燕薊の幽州地方では安禄山という大きいいのししが奔りだし、周の洛陽、秦の長安では鯨が大暴れして網にふれてそれをうち破る。
中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
洛陽方面、黄河下流域はどうしてあんなにうすぐらくけがれているのか、安禄山の残した養子安慶緒の勢が横暴な振る舞いではびこっている。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。
長安の方では女官の居る昭陽殿に敵の矢がとびこみ、官軍の将軍の居る細柳の常には節の声が吹きならされている。
內人紅袖泣,王子白衣行。
#2
宮内に養われていた内人たちは紅の袖をきたまま泣いているし、王子たちは飾りもなにもない白衣のままで歩きさまよう有様であった。


宸極妖星動,園陵殺氣平。空餘金碗出,無複穗帷輕。
毀廟天飛雨,焚宮火徹明。罘罳朝共落,棆桷夜同傾。
三月師逾整,群凶勢就烹。瘡痍親接戰,勇決冠垂成。#3
妙譽期元宰,殊恩且列卿。幾時回節鉞,戮力掃欃槍?
圭竇三千士,雲梯七十城。恥非齊說客,秖似魯諸生。
通籍微班忝,周行獨坐榮。隨肩趨漏刻,短發寄簪纓。#4
徑欲依劉表,還疑厭隬衡。漸衰那此別,忍淚獨含情。
廢邑狐狸語,空村虎豹爭。人頻墜塗炭,公豈忘精誠。
元帥調新律,前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。#5

#1
詔して山西の将を発し、秋 隴右(ろうう)の兵を屯せしむ。
凄涼 部曲余る、燀赫(せきかく) 家声旧りたり。
雕鶚(ちょうがく) 時に乗じて去る、驊騮(かりゅう) 主を顧みて鳴く。
艱難 上策を須(ま)つ 容易 前程に即く
斜日 軒蓋(けんがい)に当り、高風 旆旌(はいせい) を巻く。
松悲しみて 天水冷かに、沙乱れて 雪山清し。
#2
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。

#3
宸極(しんきょく)妖星動き、園陵(えんりょう) 殺気 平かなり。
空しく余す金碗の出づるを、復た穗帷(けいい)の軽き無し。
毀廟(きびょう)天雨を飛ばし、焚宮(ふんきゅう)火明に徹す。
罘罳(ふし) 朝に共に落ち、棆桷(りんかく) 夜 同じく傾く。』
三月 師 逾々整い、羣胡 勢 烹(に)らるるに就く。
瘡痍(そうい) 親(みずか)ら接戦す、勇決(ゆうけつ) 垂成(すいせい)に冠たり。
#4
妙誉(みょうよ) 元宰(げんさい)を期す、殊恩(しゅおん)且つ列卿(れつけい)。
幾時か 節鉞(せつえつ)を廻らし、力を戮(あ)わせて欃槍(ざんそう)を掃わん』
圭竇(けいとう) 三千の士、雲梯(うんてい)七十城。
恥ずらくは 斉の説客に非るを、秖(ただ)魯の諸生(しょせい)に似たり。
通籍(つうせき) 徴班(びはん)を忝(かたじけな)くす、周行(しゅうこう) 独坐 栄ゆ。
肩を随えて漏刻(ろうこく)に趨(おもむ)き、短髪 簪纓(しんえい)に寄す。
#5
径(ただちに)に劉表(りゅうひょう)に依らんと欲す、還た疑う隬衡(でいこう)を厭(いと)わんかと。
漸(ようや)く衰(おとろ)う 那ぞ此に別れん,淚を忍びて獨り情を含む。』
廃邑(はいゆう) 狐狸(こり) 語り、空邨(くうそん) 虎豹(こひょう)争う。
人頻(しき)りに塗炭(とたん)に墜つ、公豈(こうあ)に精誠(せいせい)を忘れんや。
元帥(げんすい) 新律(しんりつ)を調え、前軍(ぜんぐん) 旧京を圧す。
邊を安じて仍って扈從(こじゅう)し。功名に後(おく)るること作す莫れ

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奉送郭中丞兼太樸卿充隴右節度使三十韻 現代語訳と訳註
(本文) #2

和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。
古來於異域,鎮靜示專徵。
燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。
中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
箭入昭陽殿,笳吹細柳營。
內人紅袖泣,王子白衣行。

(下し文)
虜に和するすら猶 恵に懐(な)つく、辺を防ぐに 詎(なん)ぞ敢て驚かさんや。
古来 異域に於ける、鎮静にして 専征を示す。
燕薊(えんけい) 封豕(ほうし)奔(はし)り、周秦 駭鯨(がいけい)触る。
中原何ぞ慘黷(しんとく)なる、遺孽(いげつ) 尚 縦横たり。
箭は入る昭陽殿、節は吹かる細柳の営。
内人 紅袖(こうしゅう)に泣き、王子白衣行く。

(現代語訳)
異民族えびすと和睦するというのは彼等を我が唐からの恵みによって手懐けるためにするものである。いま辺境を防備するにあたってはどうやってこの地方の人々を驚かせる様にすることができるのだろうか。
古來、朝廷の外国に対してのやりかたは、まずこちらはおちついてしずかにしていながら、いざという時に一気に征伐専行の権をもっていることを相手に示すことが大切なことなのである。』
燕薊の幽州地方では安禄山という大きいいのししが奔りだし、周の洛陽、秦の長安では鯨が大暴れして網にふれてそれをうち破る。
洛陽方面、黄河下流域はどうしてあんなにうすぐらくけがれているのか、安禄山の残した養子安慶緒の勢が横暴な振る舞いではびこっている。
長安の方では女官の居る昭陽殿に敵の矢がとびこみ、官軍の将軍の居る細柳の常には節の声が吹きならされている。
宮内に養われていた内人たちは紅の袖をきたまま泣いているし、王子たちは飾りもなにもない白衣のままで歩きさまよう有様であった。

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(訳注)#2
和虜猶懷惠,防邊詎敢驚。
異民族えびすと和睦するというのは彼等を我が唐からの恵みによって手懐けるためにするものである。いま辺境を防備するにあたってはどうやってこの地方の人々を驚かせる様にすることができるのだろうか。
和虜 虜と和睦すること、虜とは夷狄をさす。○懐恵 こちらの恵みになつけるようにする。○防辺 国の辺地を防禦する。○驚震驚させることをいう。

古來於異域,鎮靜示專徵。』
古來、朝廷の外国に対してのやりかたは、まずこちらはおちついてしずかにしていながら、いざという時に一気に征伐専行の権をもっていることを相手に示すことが大切なことなのである。』
於異域 於とは対してはということ。異域は外国をいう、ここは隴右の辺境たる吐蕃の地などをさす。○鎮静 おちついてしずかにする。○示専 征示とは敵手にみせること、専征とは節度使は天子から征伐を専断施行してもよいとの権力を委任されてあることをさす。


燕薊奔封豕,周秦觸駭鯨。
燕薊の幽州地方では安禄山という大きいいのししが奔りだし、周の洛陽、秦の長安では鯨が大暴れして網にふれてそれをうち破る。
燕薊 燕は六国時の国名。薊は薊州、燕の都。共に今の河北省順天府の地、安禄山の根拠とする処。○封豕 大きいいのしし、安禄山をたとえていう。「左伝」に「呉ハ封家長蛇為り、以テ軍l上国二食セシム。」とみえる。○周秦 周は洛陽をいい、秦は長安をいう。○觸駭鯨 陳琳の檄に駭鯨ノ網二觸レルガ若し、とみえる。駭鯨はおどろく所の勢いのさま、觸とはあみにふれること。洛陽・長安を網に安禄山を鯨にたとえる。鯨がふれると網はめちゃめちゃに破られる。

中原何慘黷,遺孽尚縱橫。
洛陽方面、黄河下流域はどうしてあんなにうすぐらくけがれているのか、安禄山の残した養子安慶緒の勢が横暴な振る舞いではびこっている。
中原 河南地方、洛陽方面、黄河下流域。○ 無惨を或は惨に作るが、惨に従う。惨は混沌として清澄でないさま、頬はけがれる。○遺孽 孽は妾隷の子をいう、安禄山の残した養子安慶緒をさす。○縦横 勢いのはびこること。横暴な振る舞い。

箭入昭陽殿,笳吹細柳營。
長安の方では女官の居る昭陽殿に敵の矢がとびこみ、官軍の将軍の居る細柳の常には節の声が吹きならされている。
箭入 矢がとびこむ。○昭陽殿 昭陽は漢の成帝の皇后趙飛燕の妹の居った殿舎の名、ただし当時の唐人は飛燕を楊貴妃にたとえ、昭陽を貴妃の居所としてたとえ用いる例が多い。例えば哀江頭 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 162詩にも「昭陽殿裏第一ノ人」と見えるがごとくである。○笳吹 あしぶえが吹きならされる。吟とは音がすること。○細柳営 漢の周亜夫が兵を屯した処、陝西省西安府咸陽県の西南にある。ここは武将の営所をさす。


內人紅袖泣,王子白衣行。
宮内に養われていた内人たちは紅の袖をきたまま泣いているし、王子たちは飾りもなにもない白衣のままで歩きさまよう有様であった。
内人 玄宗は教坊を設けて伎女に歌舞を教え、そのすぐれたものを宜春院に入れたが、院に入ったものを内人という。梨園の弟子参照紅袖 あかいそで、伎女の装。○王子 諸王のこどもたち。○白衣行 粗服をつけて路にさまようこと。

哀王孫 杜甫140  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 140-#1



梨園の弟子
宮中に左教坊・右教坊なる教習所を設け、また梨園では、梨園の弟子とし、玄宗は唐の宮廷楽団を「立部伎」および「座部伎」に分け、「立部伎」は立ったままで演奏し、室外で行う比較的に規模の小さいもの。「座部伎」は室内で座って演奏し、規模は比較的大きく、豪華さと迫力を重んじるものだった。

 玄宗は、梨園で選び抜いた300人に自ら音楽を教え、間違いがあるとすぐに指摘し正すなど厳しく指導していた。その場所には、梨が多く植えられていたことから「梨園」といわれている。唐玄宗の指導を受けた300人は後に、梨園弟子と呼ばれた。演出に参加した数百人の女官も梨園弟子と呼ばれた。ここの楽人をいう。また、西域から外来音楽を好んで移入したために、その曲調は広まり、のちの詞のメロディーにも影響する。

参考
本ブログで2011/9/25~2011/10/4 玄宗皇帝について(1)~(9)に詳しく述べている。

古風五十九首 其二十三 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白166
紫藤樹 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白168玄宗(1)
觀放白鷹 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白169 玄宗〈2〉
白鷺鷥 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白170 玄宗(3)
三五七言 李白 
古風 五十九首 其二十四 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白172と玄宗(5)
古風 五十九首 其二十六 李白  Kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 李白173 と 玄宗(6)
送儲?之武昌 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白174 と玄宗(7)
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