玉華宮 ① 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 205

 ID 詩 題    摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言古詩)         

970: 晩行口號  ;鄜州へ赴く途中で、日ぐれにあるきながら口ずさんだ詩。
971: 徒歩歸行  ;鄜州へ赴く出発の詩
972: 九成宮   ; 鄜州へ赴く途中、九成宮のほとりを経過して作った詩である。
974: 行次昭陵  ;鄜州へ帰る途すがら昭陵のほとりにやどって作る。大宗の施政が
                         仁徳のあるものであったと賛美し、暗に粛宗の愚帝ぶりを批判し
                         ている。秀作。
973: 玉華宮  ; 鄜州へ赴く途次其の地をすぎて作る。
975: 北征         ; 五言百四十句の長篇古詩。 至徳二載六月一日、鄜州に帰ることを
                         許された。作者が此の旅行をした所以である。製作時は至徳二載
                         九月頃か。八月初めに鳳翔より出発して鄜州に到著して以後に作っ
                         たもの。旅の報告と上奏文であり、ウイグルに救援を求める粛宗批
                         判といえる内容のものである。一番の秀作。
977 :羌村三首其一 ・黄土高原の雄大な夕景色。夕刻に到着。
978:      其二 ・家族全員無事、秋の装い、豊作であった。
979:      其三 ・村の長老たちと帰還の祝い。
981: 重經昭陵 ;帰り道、第二回に昭陵の地を経過したとき作る。

ID 詩題 摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言律詩)
980: 收京三首;王朝軍の手に長安を奪回したことを聞きつけてにつけて作る。
                          製作時は至徳二載十月末~十一月初めの作。

粛宗に徹底して嫌われ、居場所がなく、家族を向かえに山中の道を行く。疎外された朝廷を後にするが,
すさまじい孤独感が詩全体にあふれるものである。が、一方、この時期の作品は左拾位としての役目をしようとする杜甫の誠実さを浮き彫りにするものでもある。秀作ぞろいである。ウイグル援軍要請批判は安禄山軍に拘束された時期、「黄河二首」「送楊六判官使西蕃」から一貫している。


鄜州へ赴く途次其の地をすぎて作る。唐の太宗の647年貞観二十一年七月、玉華宮を作る、務めて倹制に従い、正殿のみは瓦をふき、其の余は茅をふかせた。その清涼なことは九成宮にまさると称せられる。宮の位置は下図の中央付近、長安の真北、40kmくらうにあった。杜甫は鳳翔を当初、徒歩で出発している。裏街道を通り、九成宮への導入道路を抜け。邠州まで歩いている。ここで馬を借りて、銅川を抜けて、宜君にむかう。この詩は、この間のことをである。
杜甫乱前後の図003鳳翔

玉華宮(ぎょくかきゅう)は高宗の651年永徽二年にこれを廃して玉華寺と為した。宜君県は今、鄜州の中部県(即ち唐の坊州)の南にある。杜甫が此の地を経過したときは玉華寺であるはずであるが、旧名によって玉華宮と題したものである。 


玉華宮
溪回松風長,蒼鼠竄古瓦。
不知何王殿,遺構絕壁下。
陰房鬼火青,壞道哀湍瀉。
萬籟真笙竽,秋色正蕭灑。』
谷川がうねっている、そこに這うように松風が遠くやさしく吹いてくる、落ちて散らばった古瓦に胡麻塩の毛の鼠が人を畏れるかの様にかくれている。 
あれはいったい如何なる王の宮殿であったのだろうか。建て物がのこっているのはあの絶壁の下にあるのである。
近づいてみると北向きの部屋には燐の火が青くもえており、こわれた道にはかなしい音をたててながれる泉水の霧状のしぶきが流れおしだしている。
から風がさまざまの物の音を鳴らすようだ、それは本当に笙や竽の音をきくこころ持ちにしてくれ、秋を感じさせる色合いも落ち着いて色合いになりさっぱりとしている。』

美人為黃土,況乃粉黛假。當時侍金輿,故物獨石馬。
憂來藉草坐,浩歌淚盈把。冉冉徵途間,誰是長年者?』

(玉華宮)#1
渓廻りて松風長し 蒼鼠古瓦に竄る
知らず何の王殿ぞ 遺構絶壁の下
陰房鬼火青く 壊道哀湍瀉ぐ
萬籟真に笙竽 秋色正に蕭灑たり』
#2
美人も黄土と為る 況や乃ち粉黛の仮なるをや
当時金輿に侍せしに 故物独り石馬あり
憂え来って草を藉きて坐す 浩歌涙把に盈つ
冉冉たり征途の間 誰か是れ長年の者ぞ』


gogyu10680
現代語訳と訳註
(本文)
溪回松風長,蒼鼠竄古瓦。
不知何王殿,遺構絕壁下。
陰房鬼火青,壞道哀湍瀉。
萬籟真笙竽,秋色正蕭灑。』

(下し文)
渓廻りて松風長し 蒼鼠古瓦に竄る
知らず何の王殿ぞ 遺構絶壁の下
陰房鬼火青く 壊道哀湍瀉ぐ
萬籟真に笙竽 秋色正に蕭灑たり』

(現代語訳)
谷川がうねっている、そこに這うように松風が遠くやさしく吹いてくる、落ちて散らばった古瓦に胡麻塩の毛の鼠が人を畏れるかの様にかくれている。 
あれはいったい如何なる王の宮殿であったのだろうか。建て物がのこっているのはあの絶壁の下にあるのである。
近づいてみると北向きの部屋には燐の火が青くもえており、こわれた道にはかなしい音をたててながれる泉水の霧状のしぶきが流れおしだしている。
から風がさまざまの物の音を鳴らすようだ、それは本当に笙や竽の音をきくこころ持ちにしてくれ、秋を感じさせる色合いも落ち着いて色合いになりさっぱりとしている。』


(訳注)
玉 華 宮
玉華宮(ぎょくかきゅう)は中華人民共和国陝西省銅川市に位置する。銅川市の北45キロメートルの玉華山にあり、唐代最初の三代の皇帝の避暑地として用いられた。また、玄奘三蔵が太宗(在位。626~ 649)により訳経を命ぜられた場所としても有名。

溪回松風長,蒼鼠竄古瓦。
渓廻りて松風長し 蒼鼠古瓦に竄る
谷川がうねっている、そこに這うように松風が遠くやさしく吹いてくる、落ちて散らばった古瓦に胡麻塩の毛の鼠が人を畏れるかの様にかくれている。 
○渓廻 たに川がうねる。○長 遠くより吹き来たる。○蒼鼠 胡麻しおの毛色のねずみ。○古瓦 落ちて散らばっている古瓦。

不知何王殿,遺構絕壁下。
知らず何の王殿ぞ、遺構絶壁の下。
あれはいったい如何なる王の宮殿であったのだろうか。建て物がのこっているのはあの絶壁の下にあるのである。
○何王殿 如何なる「王者の宮殿」であるか。杜甫は宮が寺となっていることも何もかも知ったうえで、奢侈、、反乱がおこった事の中での存在感、いろんな疑問をもって、批判的な部分を示したのである。○遺構 のこっている構造物。○絶壁  きったてのいわかべ。

陰房鬼火青,壞道哀湍瀉。
陰房鬼火青く 壊道哀湍瀉ぐ
近づいてみると北向きの部屋には燐の火が青くもえており、こわれた道にはかなしい音をたててながれる泉水の霧状のしぶきが流れおしだしている。
○陰房 避暑のためである北面に部屋をつくる。○鬼火 燐の火。○壊道 こわれた道路。○哀瑞 かなしい音をたててながれる泉水の霧状のしぶき。
 
萬籟真笙竽,秋色正蕭灑。』-#1
萬籟真に笙竽 秋色正に蕭灑たり』
から風がさまざまの物の音を鳴らすようだ、それは本当に笙や竽の音をきくこころ持ちにしてくれ、秋を感じさせる色合いも落ち着いて色合いになりさっぱりとしている。』
〇萬籟 から風の吹きならすさまざまの音響。○笙竽 共に楽器の名、竿は十三第、竿は三十六第、箕は空気を振動させる舌。笠竿を吹き鳴らす如くであることをいう。○秋色 秋を感じさせる色合い。○蕭灑 落ち着いて色合いでさっぱりとしたさま。

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