北 征 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-207
(北征)
杜甫が粛宗の逆鱗に触れたいきさつとその後の解説のブログ
述懐  杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 177

朝廷に居場所のなくなった杜甫が鄜州の家族のもとに帰る一連の詩である。
ID詩 題摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言古詩)
970晚行口號 鄜州へ赴く途中で、日ぐれにあるきながら口ずさんだ詩。
971徒步歸行鄜州へ赴く出発の詩
972九成宮鄜州へ赴く途中、九成宮のほとりを経過して作った詩である。
974行次昭陵鄜州へ帰る途すがら昭陵のほとりにやどって作る。大宗の施政が仁徳のあるものであったと賛美し、暗に粛宗の愚帝ぶりを批判している。秀作。
973玉華宮  鄜州へ赴く途次其の地をすぎて作る。
975北征五言百四十句の長篇古詩。 至徳二載六月一日、鄜州に帰ることを許された。作者が此の旅行をした所以である。製作時は至徳二載九月頃。八月初めに鳳翔より出発し,鄜州に到著して以後に作ったもの。旅の報告と上奏文であり、ウイグルに救援を求める粛宗批判といえる内容のものである。一番の秀作。
977羌村三首・黄土高原の雄大な夕景色。夕刻に到着。
978・家族全員無事、秋の装い、豊作であった。
979・村の長老たちと帰還の祝い。 
981重經昭陵帰り道、第二回に昭陵の地を経過したとき作る。
ID詩 題摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言律詩)
980收京三首王朝軍の手に長安を奪回したことを聞きつけてにつけて作る。製作時は至徳二載十月末~十一月初めの作。
粛宗に徹底して嫌われ、居場所がなく、家族を向かえに山中の道を行く。疎外された朝廷を後にするがすさまじい孤独感が詩全体にあふれるものである。が、一方、この時期の作品は左拾位としての役目をしようとする杜甫の誠実さを浮き彫りにするものでもある。秀作ぞろいである。ウイグル援軍要請批判は安禄山軍に拘束された時期、「黄河二首」「送楊六判官使西蕃」から一貫している。


北征について
・鄜州に帰省することを許されたものであるから、報告書、上奏文として書き上げたものでこれにより粛宗より遠ざけられることになる。杜甫は特にウイグル(回紇)に援軍を求めたことに反対をしている。

・この時期の一聯の詩の中で、「北征」と「昭陵行次」とは内容一致するところがあり、粛宗批判ととられるものである。

・この詩により「官を辞さなければいけない」状況になったといえるのではないか。

・この詩は以下の通り12区分して掲載する。

natsusora01

北徵 1
皇帝二載秋,閏八月初吉。杜子將北徵,蒼茫問家室。」
維時遭艱虞,朝野少暇日。顧慚恩私被,詔許歸蓬蓽。
拜辭詣闕下,怵惕久未出。雖乏諫諍姿,恐君有遺失。
2
君誠中興主,經緯固密勿。東胡反未已,臣甫憤所切。
揮涕戀行在,道途猶恍惚。乾坤含瘡痍,憂虞何時畢!』
3
靡靡逾阡陌,人煙眇蕭瑟。所遇多被傷,呻吟更流血。
回首鳳翔縣,旌旗晚明滅。前登寒山重,屢得飲馬窟。
邠郊入地底,涇水中蕩潏。猛虎立我前,蒼崖吼時裂。
4
菊垂今秋花,石戴古車轍。青雲動高興,幽事亦可悅。
山果多瑣細,羅生雜橡栗。或紅如丹砂,或黑如點漆。
雨露之所濡,甘苦齊結實。緬思桃源內,益嘆身世拙。
5
坡陀望鄜畤,岩穀互出沒。我行已水濱,我僕猶木末。
鴟梟鳴黃桑,野鼠拱亂穴。夜深經戰場,寒月照白骨。
潼關百萬師,往者敗何卒?遂令半秦民,殘害為異物。』
6
況我墮胡塵,及歸盡華發。經年至茅屋,妻子衣百結。
慟哭松聲回,悲泉共幽咽。平生所嬌兒,顏色白勝雪。
見耶背面啼,垢膩腳不襪。床前兩小女,補綴才過膝。
7
海圖拆波濤,舊繡移曲折。天吳及紫鳳,顛倒在短褐。
老夫情懷惡,數日臥嘔泄。那無囊中帛,救汝寒凜栗?
粉黛亦解苞,衾裯稍羅列。瘦妻面複光,癡女頭自櫛。
8
學母無不為,曉妝隨手抹。移時施朱鉛,狼籍畫眉闊。
生還對童稚,似欲忘饑渴。問事競挽須,誰能即嗔喝?
翻思在賊愁,甘受雜亂聒。新婦且慰意,生理焉得說?』
9
至尊尚蒙塵,幾日休練卒?仰觀天色改,坐覺妖氛豁。
陰風西北來,慘澹隨回紇。其王願助順,其俗善馳突。
送兵五千人,驅馬一萬匹。此輩少為貴,四方服勇決。
所用皆鷹騰,破敵過箭疾。聖心頗虛佇,時議氣欲奪。』
10
伊洛指掌收,西京不足拔。官軍請深入,蓄銳可俱發。
此舉開青徐,旋瞻略恆碣。昊天積霜露,正氣有肅殺。
禍轉亡胡歲,勢成擒胡月。胡命其能久?皇綱未宜絕。』
11
憶昨狼狽初,事與古先別。奸臣竟菹醢,同惡隨蕩析。
不聞夏殷衰,中自誅褒妲。周漢獲再興,宣光果明哲。
桓桓陳將軍,仗鉞奮忠烈。微爾人盡非,於今國猶活。』
12
淒涼大同殿,寂寞白獸闥。都人望翠華,佳氣向金闕。
園陵固有神,灑掃數不缺。煌煌太宗業,樹立甚宏達!』


DCF00196


#1
皇帝二載の秋 閏八月初吉。
杜子将に北征して、蒼茫 家室を問わんとす。』
維(こ)れ時 艱虞(かんぐ)に遭う、朝野(ちょうや)暇日(かじつ)少(すくな)し。
顧(かえり)みて恩私(おんし)の被るを慚ず、詔して蓬蓽(ほうか)に帰るを許さる。
拝辞して闕下(けつか)に詣(いた)り、怵惕(じゅつてき)久しうして未だ出でず。
諫諍(かんそう)の姿に乏しと雖も、恐らくは君に遺失有らんことを。
#2
君は誠に中興の主なり 経緯固に密勿たり
東胡反して未だ已まず 臣甫が憤の切なる所
沸を揮いて行在(あんざい)を恋う、道途(どうと)猶恍惚たり。
乾坤(けんこん)瘡痍(そうい)を含む、憂虞(ゆうぐ)何の時か畢(おわ)らん。』
#3
扉扉(ひひ)として阡陌(せんぱく)を逾(こ)ゆれば、人煙 眇(びょう)として蕭瑟(しょうしつ)たり。
遇う所は多く傷を被る 呻吟して更に血を流す。
首を回らす鳳翔県、旌旗(せいき)晩に明滅す。
前みて寒山の重れるに登る、屢々飲馬の窟(いわや)を得たり。
邠郊(ひんこう)地底に入る、涇水 中に蕩潏(とういつ)たり。
猛虎我が前に立つ、蒼崖吼ゆる時裂く。
#4
菊は今秋の花を垂れ,石は古車の轍(わだち)を戴く。
青雲は高興を動かし,幽事は 亦 悅ぶ可し。
山果 瑣細なるもの多く,羅生して橡栗(しょうりつ)雜(まじ)う。
或いは紅なること丹砂の如く,或いは黑きこと點漆の如し。
雨露の濡す所,甘苦 齊(ひと)しく實を結ぶ。
緬(はる)かに桃源の內を思い,益々身世の拙なるを嘆く。
#5
坡陀(はだ)として鄜畤を望めば,岩穀(がんこく)互いに出沒す。
我が行 已に水濱(すいひん),我が僕(ぼく)猶 木末(ぼくまつ)。
鴟梟(しちょう)は黄桑(こうそう)に鳴き、野鼠(やそ)は乱穴(らんけつ)に拱(きょう)す。
夜 深(ふ)けて戦場を経(ふ)れば、寒月(かんげつ)  白骨を照らす。
潼関(どうかん)  百万の師(いくさ)、往者(さきには) 散ずるところ何ぞ卒(すみや)かなりし。
遂に半秦(はんしん)の民をして、残害(ざんがい)して異物と為(な)らしむ。』

#6
況(いわ)んや我は胡塵(こじん)に堕(お)ち、帰るに及んで尽(ことごと)く華髪(かはつ)なり。
年(とし)を経(へ)て茅屋(ぼうおく)に至れば、妻子  衣(ころも)は百結(ひゃくけつ)なり。
慟哭(どうこく)すれば松声(しょうせい)廻(めぐ)り、悲泉(ひせん)は共に幽咽(ゆうえつ)す。
平生(へいぜい)  嬌(きょう)とする所の児(じ)、顔色(がんしょく)  白くして雪にも勝(まさ)る。
耶(ちち)を見て面(おもて)を背(そむ)けて啼(な)く、垢膩(こうじ)して脚(あし)に襪(たび)はかず。
床前(しょうぜん)の両小女、補綴(ほてつ)して 才(わず)かに膝(ひざ)を過ごす。
#7
海図(かいず)は波涛を拆(さ)き、旧繍(きゅうしゅう)は移りて曲折(きょくせつ)たり。
天呉(てんご)  及び紫鳳(しほう)、顛倒(てんとう)して裋褐(じゅかつ)に在り。
老父  情懐(じょうかい)悪(あ)しく、嘔泄(おうせつ)して臥(ふ)すこと数日なり。
那(なん)ぞ囊中(のうちゅう)の帛(きぬ)無からんや、汝(なんじ)の寒くして凛慄(りんりつ)たるを救わん。
粉黛(ふんたい) 亦た苞(つつみ)を解き、衾裯(きんちゅう) 稍(やや)羅列(られつ)す。
痩妻は面(おもて)をば復(ま)た光(かがや)かせ、痴女(ちじょ)は頭(こうべ)をば自ら櫛(くし)けずる。

#8
母を学(まね)びて為(な)さざるは無く、曉妝(ぎょうしょう)  手に随(したが)いて抹す。
時(とき)を移して朱鉛(しゅえん)を施(ほどこ)せば、狼藉(ろうぜき)として画眉(がび)闊(ひろ)し。
生還して童稚(どうち)に対すれば、飢渇(きかつ)を忘れんと欲(ほっ)するに似たり。
事を問うて競(きそ)うて鬚(ひげ)を挽(ひ)くも、誰か能(よ)く即ち嗔喝(しんかつ)せん。
翻(ひるがえ)って賊に在りし愁いを思いて、甘んじて雑乱(ざつらん)の聒(かまびす)しきを受く。
新たに帰りて且(か)つ意を慰(なぐさ)む、生理(せいり)  焉(いずく)んぞ説くことを得ん。

#9
至尊(しそん)は尚(な)お蒙塵(もうじん)す、幾の日か卒(そつ)を練るを休(や)めん。
仰いで天色(てんしょく)の改まるを観(み)、坐(そぞろ)に妖氛(ようふん)の豁(かつ)なるを覚(おぼ)ゆ。
陰風(いんぷう)  西北より来たり、惨澹(さんたん)として回紇(かいこつ)に随う。
其の王は助順(じょじゅん)を願い、其の俗(ぞく)は馳突(ちとつ)を善(よ)くす。
兵を送る  五千人、馬を駆(か)る  一万匹。
此の輩(はい) 少(わか)きを貴(とうと)しと為(な)し、四方(しほう) 勇決(ゆうけつ)に服す。
用うる所は皆な鷹(たか)のごとく騰(あが)り、敵を破ることは箭(や)の疾(と)きに過(す)ぐ。
聖心は頗(すこぶ)る虚佇(きょちょ)し、時議(じぎ)は気の奪われんと欲(ほっ)す。』

#10
伊洛(いらく)  掌(たなごころ)を指(さ)して収めん、西京(せいけい)も抜くに足らざらん。
官軍  深く入らんことを請(こ)う、鋭(えい)を蓄(たくわ)えて倶(とも)に発す可し。
此の挙(きょ)  青徐(せいじょ)を開かん、旋(たちま)ち恒碣(こうけつ)を略するを瞻(み)ん。
昊天(こうてん) 霜露を積み,正氣 肅殺(しゅくさつ)たる有り。
禍は轉ぜん 胡を亡ぼさん歲(とし),勢は成らん 胡を擒(とりこ)にせん月。
胡の命 其れ能く久しからんや?皇綱(こうこう)未だ宜しく絕つべからず。』

#11
憶う昨(さく) 狼狽(ろうばい)の初め,事は古先と別なり。
奸臣 竟に菹醢(そかい)せられ,同惡(どうあく)隨って蕩析(とうせき)す。
聞かず  夏殷(かいん)の衰えしとき、中(うち)の自ら褒妲(ほうだつ)を誅(ちゅう)せしを。
周漢(しゅうかん) 再興するを獲(え)しは、宣光(せんこう)  果たして明哲(めいてつ)なればなり。
桓桓(かんかん)たり  陳(ちん)将軍、鉞(えつ)に仗(よ)りて忠烈を奮(ふる)う。
爾(なんじ)微(な)かりせば人は尽(ことごと)く非(ひ)ならん、今に於(お)いて国は猶(な)お活(い)く。

#12
淒涼(せいりょう)たり  大同殿(だいどうでん)、寂寞(せきばく)たり 白獣闥(はくじゅうたつ)。
都人(とじん) 翠華(すいか)を望み、佳気(かき)   金闕(きんけつ)に向こう。
園陵(えんりょう) 固(もと)より神(しん)有り、掃灑(そうさい)  数(すう)欠けざらん。
煌煌(こうこう)たり 太宗の業(ぎょう)、樹立 甚(はなは)だ宏達(こうたつ)なり。
hinode0200