北征 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 210
北徵 #3(全12回)

「北征」の詩の内容は四つの段に分けられる。すなわち第一段はこのたびの帰省のことと現在の時勢について、第二段は旅中の見聞、第三段は妻子との再会、第四段は胡賊撃退へと動き出した状況の説明と大乱平定の願い、となっている。

#2までのあらすじ
757年粛宗の至徳二載の秋。特別に天子の御恩寵を被って仰せにより、鄜州のあばら家へ帰ることを許された。今、天下はどこでも治安が悪く、無政府状態のところ多くなっているのだ、だからわたしの胸中の心配は増えつづけていったい何時終わるのだろうか。
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北徵(北征)2
君誠中興主,經緯固密勿。東胡反未已,臣甫憤所切。
揮涕戀行在,道途猶恍惚。乾坤含瘡痍,憂虞何時畢!』
3
靡靡逾阡陌,人煙眇蕭瑟。
北に向かう足取りはなかなかはかどらず縦横の道、辻、分岐点を超えていった。山道や裏街道から、人里の煙がさびしく見え、家の明かりがまたたいている。
所遇多被傷,呻吟更流血。
わたしがこの路で出会うこの里の人々の多くは傷をうけていた、その人たちは誰もが傷を痛がってうな声を上げ、血を流していた。
回首鳳翔縣,旌旗晚明滅。
振り返ってみると鳳翔県の方を見たのだ。夕方になっていて軍隊の旗がみえたりかくれたりしている。
前登寒山重,屢得飲馬窟。
さらに前進して寒空に幾重にも重なっている山々、凍り付いている山に登った、しばしば窟をさがして馬に水を飲ませるのであった。
邠郊入地底,涇水中蕩潏。
邠州の郊外は低地になっていて地の底へはいるかとおもわれるような風景なのだ、其の地の中央部には涇水があり水がわきあがるかのように水を湛えて流れていた。
猛虎立我前,蒼崖吼時裂。

こんな場所では猛虎が自分の面前に立ちあがるのだ、そして青々と苔むし木々が鬱蒼としていて、猛虎が吼え叫ぶときにはあたりのものがはり裂けるようであった。

4
菊垂今秋花,石戴古車轍。青雲動高興,幽事亦可悅。
山果多瑣細,羅生雜橡栗。或紅如丹砂,或黑如點漆。
雨露之所濡,甘苦齊結實。緬思桃源內,益嘆身世拙。

#2
君は誠に中興の主なり 経緯固に密勿たり
東胡反して未だ已まず 臣甫が憤の切なる所
沸を揮いて行在(あんざい)を恋う、道途(どうと)猶恍惚たり。
乾坤(けんこん)瘡痍(そうい)を含む、憂虞(ゆうぐ)何の時か畢(おわ)らん。』
#3
扉扉(ひひ)として阡陌(せんぱく)を逾(こ)ゆれば、人煙 眇(びょう)として蕭瑟(しょうしつ)たり。
遇う所は多く傷を被る 呻吟して更に血を流す。
首を回らす鳳翔県、旌旗(せいき)晩に明滅す。
前みて寒山の重れるに登る、屢々飲馬の窟(いわや)を得たり。
邠郊(ひんこう)地底に入る、涇水 中に蕩潏(とういつ)たり。
猛虎我が前に立つ、蒼崖吼ゆる時裂く。
#4
菊は今秋の花を垂れ,石は古車の轍(わだち)を戴く。
青雲は高興を動かし,幽事は 亦 悅ぶ可し。
山果 瑣細なるもの多く,羅生して橡栗(しょうりつ)雜(まじ)う。
或いは紅なること丹砂の如く,或いは黑きこと點漆の如し。
雨露の濡す所,甘苦 齊(ひと)しく實を結ぶ。
緬(はる)かに桃源の內を思い,益々身世の拙なるを嘆く。
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現代語訳と訳註 北徵 3
(本文)

靡靡逾阡陌,人煙眇蕭瑟。
所遇多被傷,呻吟更流血。
回首鳳翔縣,旌旗晚明滅。
前登寒山重,屢得飲馬窟。
邠郊入地底,涇水中蕩潏。
猛虎立我前,蒼崖吼時裂。

(下し文) #3
扉扉(ひひ)として阡陌(せんぱく)を逾(こ)ゆれば、人煙 眇(びょう)として蕭瑟(しょうしつ)たり。
遇う所は多く傷を被る 呻吟して更に血を流す。
首を回らす鳳翔県、旌旗(せいき)晩に明滅す。
前みて寒山の重れるに登る、屢々飲馬の窟(いわや)を得たり。
邠郊(ひんこう)地底に入る、涇水 中に蕩潏(とういつ)たり。
猛虎我が前に立つ、蒼崖吼ゆる時裂く。

(現代語訳)
北に向かう足取りはなかなかはかどらず縦横の道、辻、分岐点を超えていった。山道や裏街道から、人里の煙がさびしく見え、家の明かりがまたたいている。
わたしがこの路で出会うこの里の人々の多くは傷をうけていた、その人たちは誰もが傷を痛がってうな声を上げ、血を流していた。
振り返ってみると鳳翔県の方を見たのだ。夕方になっていて軍隊の旗がみえたりかくれたりしている。
さらに前進して寒空に幾重にも重なっている山々、凍り付いている山に登った、しばしば窟をさがして馬に水を飲ませるのであった。
邠州の郊外は低地になっていて地の底へはいるかとおもわれるような風景なのだ、其の地の中央部には涇水があり水がわきあがるかのように水を湛えて流れていた。
こんな場所では猛虎が自分の面前に立ちあがるのだ、そして青々と苔むし木々が鬱蒼としていて、猛虎が吼え叫ぶときにはあたりのものがはり裂けるようであった。

杜甫乱前後の図003鳳翔

(訳注)③
靡靡逾阡陌,人煙眇蕭瑟。

北に向かう足取りはなかなかはかどらず縦横の道、辻、分岐点を超えていった。山道や裏街道から、人里の煙がさびしく見え、家の明かりがまたたいている。
靡靡 遅遅に同じ、みちのはかどらぬさま。○肝吊 南北の路を汗、東酉の路を阻という。○人煙 人家のけむり。○眇 家の明かりがかすかにまたたく。○蕭瑟 風が簫の笛や瑟琴のようにさびしく吹いている。


所遇多被傷,呻吟更流血。
わたしがこの路で出会うこの里の人々の多くは傷をうけていた、その人たちは誰もが傷を痛がってうな声を上げ、血を流していた。
所遇 であう所の人。○被傷 傷をこうむっている。○呻吟 うなる。


回首鳳翔縣,旌旗晚明滅。
振り返ってみると鳳翔県の方を見たのだ。夕方になっていて軍隊の旗がみえたりかくれたりしている。
回首 あとをふりかえる。○鳳翔県 扶風県、即ち行在所のある地。○ 軍隊のはた。○明滅 みえたりかくれたり。


前登寒山重,屢得飲馬窟。
さらに前進して寒空に幾重にも重なっている山々、凍り付いている山に登った、しばしば窟をさがして馬に水を飲ませるのであった。
前登 前は前へとすすむこと。○寒山 さむ空の山。○重 山の峰のかさなること。○飲馬窟 馬に彰豺いわや。楽府題「長城飲馬窟行」,陳琳「飲馬長城窟行」万里の長城  陳琳と汪遵
飲馬長城窟行   陳 琳
飲馬長城窟、水寒傷馬骨。
往謂長城吏、慎莫稽留太原卒。
官作自有程、挙築諧汝声。
男児寧当格闘死、何能怫鬱築長城。
にもとづく。


邠郊入地底,涇水中蕩潏。
邠州の郊外は低地になっていて地の底へはいるかとおもわれるような風景なのだ、其の地の中央部には涇水があり水がわきあがるかのように水を湛えて流れていた。
邠郊 邠州の野外、邠州は鳳翔の東北75kmにあたる。「詩経」国風班表の「北征の賦」にこの地のことを述べる。○入地底 四方が高く、中央が低くくぼんでいることをいう。○涇水 甘粛省の崆峒山に源を発し邠州の中央を貫き東南流して陝西安府高陵県に至って渭水に入る。○ 中央部において。○蕩漓 水の湧いて流れるさま。


猛虎立我前,蒼崖吼時裂。
こんな場所では猛虎が自分の面前に立ちあがるのだ、そして青々と苔むし木々が鬱蒼としていて、猛虎が吼え叫ぶときにはあたりのものがはり裂けるようであった。

ID詩 題摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言古詩)
970晚行口號 鄜州へ赴く途中で、日ぐれにあるきながら口ずさんだ詩。
971徒步歸行鄜州へ赴く出発の詩
972九成宮鄜州へ赴く途中、九成宮のほとりを経過して作った詩である。
974行次昭陵鄜州へ帰る途すがら昭陵のほとりにやどって作る。大宗の施政が仁徳のあるものであったと賛美し、暗に粛宗の愚帝ぶりを批判している。秀作。
973玉華宮  鄜州へ赴く途次其の地をすぎて作る。
975北征五言百四十句の長篇古詩。 至徳二載六月一日、鄜州に帰ることを許された。作者が此の旅行をした所以である。製作時は至徳二載九月頃。八月初めに鳳翔より出発し,鄜州に到著して以後に作ったもの。旅の報告と上奏文であり、ウイグルに救援を求める粛宗批判といえる内容のものである。一番の秀作。
977羌村三首・黄土高原の雄大な夕景色。夕刻に到着。
978・家族全員無事、秋の装い、豊作であった。
979・村の長老たちと帰還の祝い。
981重經昭陵帰り道、第二回に昭陵の地を経過したとき作る。
ID詩 題摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言律詩)
980收京三首王朝軍の手に長安を奪回したことを聞きつけてにつけて作る。製作時は至徳二載十月末~十一月初めの作。
粛宗に徹底して嫌われ、居場所がなく、家族を向かえに山中の道を行く。疎外された朝廷を後にするがすさまじい孤独感が詩全体にあふれるものである。が、一方、この時期の作品は左拾位としての役目をしようとする杜甫の誠実さを浮き彫りにするものでもある。秀作ぞろいである。ウイグル援軍要請批判は安禄山軍に拘束された時期、「黄河二首」「送楊六判官使西蕃」から一貫している。

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唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
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