北征 #8 (北征全12回) 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 215


北徵 #8

#7までのあらすじ
757年粛宗の至徳二載の秋。特別に天子の御恩寵を被って仰せにより、鄜州のあばら家へ帰ることを許された。今、天下はどこでも治安が悪く、無政府状態のところ多くなっているのだ、だからわたしの胸中の心配は増えつづけていったい何時終わるのだろうか。
心配を胸に、最初は徒歩ですすんでいくと、わたしがこの路で出会うこの里の人々の多くは傷をうけていた。そしてやっと馬を駆ることができ、鳳翔の方を振り返るとはるか遠くの山々が重なっていた。少量を過ぎ、邠州を過ぎていた。彌満和深くなり猛虎の声が大空を破りそうな声で唸っているのだ。少し行くと菊が今年の秋の花を変わりなく咲かせていた。山中の果物が多く、橡の実や栗などがあり、「桃源」の伯郷のようだ。自分の処世のまずさと世の移ろいがうまくいっていないことをなげかわしくおもう。そのうちに秦の文公の祭壇を過ぎ、夜更けに戦場跡を通り過ぎた。たくさんの戦死者がそのままにされ、白骨が月明かりに照らされていた。
叛乱軍に掴まって長安に送られ、そこから鳳翔の行在所に逃げ、一年たって、戻ってきた。妻も子供も憐れな恰好であった。
嚢中の帛がないことで寒がってふるえている。それでもおしろいや眉墨をいれた包みものをひろげたので痩せた妻もその顔面に光があるようになった。

(全12回)

北徵(北征) 7
海圖拆波濤,舊繡移曲折。天吳及紫鳳,顛倒在短褐。
老夫情懷惡,數日臥嘔泄。那無囊中帛,救汝寒凜栗?
粉黛亦解苞,衾裯稍羅列。瘦妻面複光,癡女頭自櫛。
8
學母無不為,曉妝隨手抹。
むすめどもは母のすることならなんでもまねをして、朝の顔のおつくりにも手あたりしだいになにかかおになすりつける。
移時施朱鉛,狼籍畫眉闊。
ややしばらく時がたってから、口紅や白粉をつけるが、できたところを見るとまぬけた幅広に書き眉をしているのである。
生還對童稚,似欲忘饑渴。
自分は生きてかえって子供らに対している、ひもじさも枯渇した体のことも忘れるほどにしてくれる。
問事競挽須,誰能即嗔喝?
彼等がものめずらしげに自分に何かをたずねてくる、たがいに争うてわたしの顎ひげをひっぱったりするが、だれがすぐにそれをどなりつけたりすることができようか。
翻思在賊愁,甘受雜亂聒。
叛乱軍の中につかまっていたときの愁のことをかんがえれば翻って見て、現在のがやがややかましいぐらいのことは自分の甘んじて受ける所である。
新婦且慰意,生理焉得說?』

家へ帰ったばかりなのでわたしはこんな子供によって自分のこころを慰めている。暮しむきのことなどどうして口から説明することなどできるものではない。』
9
至尊尚蒙塵,幾日休練卒?仰觀天色改,坐覺妖氛豁。
陰風西北來,慘澹隨回紇。其王願助順,其俗善馳突。
送兵五千人,驅馬一萬匹。此輩少為貴,四方服勇決。
所用皆鷹騰,破敵過箭疾。聖心頗虛佇,時議氣欲奪。』

#7
海図(かいず)は波涛を拆(さ)き、旧繍(きゅうしゅう)は移りて曲折(きょくせつ)たり。
天呉(てんご)  及び紫鳳(しほう)、顛倒(てんとう)して裋褐(じゅかつ)に在り。
老父  情懐(じょうかい)悪(あ)しく、嘔泄(おうせつ)して臥(ふ)すこと数日なり。
那(なん)ぞ囊中(のうちゅう)の帛(きぬ)無からんや、汝(なんじ)の寒くして凛慄(りんりつ)たるを救わん。
粉黛(ふんたい) 亦た苞(つつみ)を解き、衾裯(きんちゅう) 稍(やや)羅列(られつ)す。
痩妻は面(おもて)をば復(ま)た光(かがや)かせ、痴女(ちじょ)は頭(こうべ)をば自ら櫛(くし)けずる。

#8
母を学(まね)びて為(な)さざるは無く、曉妝(ぎょうしょう)  手に随(したが)いて抹す。
時(とき)を移して朱鉛(しゅえん)を施(ほどこ)せば、狼藉(ろうぜき)として画眉(がび)闊(ひろ)し。
生還して童稚(どうち)に対すれば、飢渇(きかつ)を忘れんと欲(ほっ)するに似たり。
事を問うて競(きそ)うて鬚(ひげ)を挽(ひ)くも、誰か能(よ)く即ち嗔喝(しんかつ)せん。
翻(ひるがえ)って賊に在りし愁いを思いて、甘んじて雑乱(ざつらん)の聒(かまびす)しきを受く。
新たに帰りて且(か)つ意を慰(なぐさ)む、生理(せいり)  焉(いずく)んぞ説くことを得ん。

#9
至尊(しそん)は尚(な)お蒙塵(もうじん)す、幾の日か卒(そつ)を練るを休(や)めん。
仰いで天色(てんしょく)の改まるを観(み)、坐(そぞろ)に妖氛(ようふん)の豁(かつ)なるを覚(おぼ)ゆ。
陰風(いんぷう)  西北より来たり、惨澹(さんたん)として回紇(かいこつ)に随う。
其の王は助順(じょじゅん)を願い、其の俗(ぞく)は馳突(ちとつ)を善(よ)くす。
兵を送る  五千人、馬を駆(か)る  一万匹。
此の輩(はい) 少(わか)きを貴(とうと)しと為(な)し、四方(しほう) 勇決(ゆうけつ)に服す。
用うる所は皆な鷹(たか)のごとく騰(あが)り、敵を破ることは箭(や)の疾(と)きに過(す)ぐ。
聖心は頗(すこぶ)る虚佇(きょちょ)し、時議(じぎ)は気の奪われんと欲(ほっ)す。』

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現代語訳と訳註 北征 8
(本文) 8

學母無不為,曉妝隨手抹。
移時施朱鉛,狼籍畫眉闊。
生還對童稚,似欲忘饑渴。
問事競挽須,誰能即嗔喝?
翻思在賊愁,甘受雜亂聒。
新婦且慰意,生理焉得說?』


(下し文)#8
母を学(まね)びて為(な)さざるは無く、曉妝(ぎょうしょう)  手に随(したが)いて抹す。
時(とき)を移して朱鉛(しゅえん)を施(ほどこ)せば、狼藉(ろうぜき)として画眉(がび)闊(ひろ)し。
生還して童稚(どうち)に対すれば、飢渇(きかつ)を忘れんと欲(ほっ)するに似たり。
事を問うて競(きそ)うて鬚(ひげ)を挽(ひ)くも、誰か能(よ)く即ち嗔喝(しんかつ)せん。
翻(ひるがえ)って賊に在りし愁いを思いて、甘んじて雑乱(ざつらん)の聒(かまびす)しきを受く。
新たに帰りて且(か)つ意を慰(なぐさ)む、生理(せいり)  焉(いずく)んぞ説くことを得ん。

(現代語訳)⑧
むすめどもは母のすることならなんでもまねをして、朝の顔のおつくりにも手あたりしだいになにかかおになすりつける。
ややしばらく時がたってから、口紅や白粉をつけるが、できたところを見るとまぬけた幅広に書き眉をしているのである。
自分は生きてかえって子供らに対している、ひもじさも枯渇した体のことも忘れるほどにしてくれる。
彼等がものめずらしげに自分に何かをたずねてくる、たがいに争うてわたしの顎ひげをひっぱったりするが、だれがすぐにそれをどなりつけたりすることができようか。
叛乱軍の中につかまっていたときの愁のことをかんがえれば翻って見て、現在のがやがややかましいぐらいのことは自分の甘んじて受ける所である。
家へ帰ったばかりなのでわたしはこんな子供によって自分のこころを慰めている。暮しむきのことなどどうして口から説明することなどできるものではない。』


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(訳注)8
學母無不為,曉妝隨手抹。

むすめどもは母のすることならなんでもまねをして、朝の顔のおつくりにも手あたりしだいになにかかおになすりつける。
 杜甫の妻、子供らの母をさす。○無不為 一々みなする。○暁赦 あさの顔のおつくり。○随手抹 手あたりしだいになすりつける。


移時施朱鉛,狼籍畫眉闊。
ややしばらく時がたってから、口紅や白粉をつけるが、できたところを見るとまぬけた幅広に書き眉をしているのである。
移時 やや少しの時間がたって。○施朱鉛 朱は口紅をいう。鉛はなまり、おしろいの粉をいう。施とはぬること。○狼籍 しどろもどろに。○画眉闊 まのぬけたほど幅広に書き眉をする。


生還對童稚,似欲忘饑渴。
自分は生きてかえって子供らに対している、ひもじさも枯渇した体のことも忘れるほどにしてくれる。
生還 生きてもどる。○童稚 こども、おさなご。


問事競挽須,誰能即嗔喝?
彼等がものめずらしげに自分に何かをたずねてくる、たがいに争うてわたしの顎ひげをひっぱったりするが、だれがすぐにそれをどなりつけたりすることができようか。
問事 子どもらがなにかたずねる。○競挽須 きそうて顎のひげをひっぱる。○即 すぐさま。○嗔喝 本気で怒声をだしてどなりつける。


翻思在賊愁,甘受雜亂聒。
叛乱軍の中につかまっていたときの愁のことをかんがえれば翻って見て、現在のがやがややかましいぐらいのことは自分の甘んじて受ける所である。
○翻 ひるがえって。○在賊愁 叛乱軍のなかにつかまっていたころの愁。○甘受 平気でうける。○雑乱 ごたごた。


新歸且慰意,生理焉得說?』
家へ帰ったばかりなのでわたしはこんな子供によって自分のこころを慰めている。暮しむきのことなどどうして口から説明することなどできるものではない。』
○脂 やかましい。○生理 生きていく本来のもの。ここではくらしむきのこと。

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(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
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