羌村三首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 221


杜甫は鳳翔からごしゅう鄜州まで約200キロの道を、閏八月の初めから半月ばかりかかって、馬は与えられなかったために、途中で馬を借りるまでは徒歩で、何人かの下僕を供にして麟遊県―邠州-宜君県-鄜州という経路で帰っていった。
「遠愧梁江總,還家尚黑頭。」(遠い昔の人と比べると同じ家へ戻るとはいうものの、梁の江総がまだ黒い頭をしながら家へ還ったのに対して、わたしは年老いてしまったとはいえこの白髪頭で帰るというのはちょっと恥いいものである。)これは左拾位という天子の顔を拝顔できる朝廷の役人であること誇らしく思う裏返しの表現である。
鄜州の羌村に到著し家族にやっとあえた。鄜州は洛交県に治し、羌村は現在の延安市のこうがいである。
 「羌村(きょうそん)三首」の連作は、波乱の一年余をへて家族と再会した喜びが率直に詠われている。
至徳二載 757年 46歳


羌村三首
其一
崢嶸赤雲西,日腳下平地。柴門鳥雀噪,歸客千裡至。』
妻孥怪我在,驚定還拭淚。世亂遭飄蕩,生還偶然遂。
鄰人滿牆頭,感嘆亦歔欷。夜闌更秉燭,相對如夢寐。』
其二
晚歲迫偷生,還家少歡趣。嬌兒不離膝,畏我複卻去。
憶昔好追涼,故繞池邊樹。蕭蕭北風勁,撫事煎百慮。』
賴知禾黍收,已覺糟床注。如今足斟酌,且用慰遲暮。』
其三
群雞正亂叫,客至雞鬥爭。驅雞上樹木,始聞叩柴荊。
父老四五人,問我久遠行。手中各有攜,傾榼濁複清。
苦辭酒味薄,黍地無人耕。兵革既未息,兒童盡東徵。
請為父老歌,艱難愧深情。歌罷仰天嘆,四座淚縱橫。


羌村三首 其二
晩歳迫偸生、還家少歓趣。
この年になって士官がかない筋道のある筋の通ったせいかつをせまられている、そこで、家に帰ってはみたものの  しみじみとした味わいは少ないのである。
嬌児不離膝、畏我復却去。
いたずらっ子が私の膝の上を離れないのである、かといって次には私を畏れて、あとずさりする。
憶昔好追涼、故繞池辺樹。
思えば昔のこと、 夕涼みでいっしょに歩くのを好んでしたものだ、あるいは懐かしいことは池の岸辺  樹々のあいだをめぐって歩いたことだ。
蕭蕭北風勁、撫事煎百慮。
ひゅうひゅうといまはもの寂しく 北風が吹いている、いろいろ考えると  胸に憂いが満ちてくるのである。
頼知禾黍収、已覚糟牀注。
さいわいに 今年の稲や黍(きび)は豊作であったことをしったのである、そんなことから、はやくも酒しぼりの音がしてくるのを耳にはいってくる。
如今足斟酌、且用慰遅暮。

この季節になるとその新酒を酌むのには充分のはずだ、そんなこともあって私の晩年の慰めとして飲むことになるのだ。

羌村 三首  其の二
晩歳(ばんさい)  生を偸(ぬす)むに迫られ、家に還(かえ)れども歓趣(かんしゅ)少なし。
嬌児(きょうじ)は膝(ひざ)を離れざりしも、我を畏(おそ)れて復(ま)た却(しりぞ)き去る。
憶う昔  好(よ)く涼(りょう)を追い、故に池辺(ちへん)の樹(じゅ)を繞(めぐ)りしを。
蕭蕭(しょうしょう)として北風(ほくふう)勁(つよ)く、事を撫(ぶ)すれば百慮(ひゃくりょ)煎(に)る。
頼(さいわい)に知る  禾黍(かしょ)の収めらるるを、已に覚(おぼ)ゆ  糟牀(そうしょう)に注ぐを。
如今(じょこん)   斟酌(しんしゃく)するに足る、且(か)つ用(も)って遅暮(ちぼ)を慰めん。


現代語訳と訳註
(本文) 羌村三首 其二

晩歳迫偸生、還家少歓趣。
嬌児不離膝、畏我復却去。
憶昔好追涼、故繞池辺樹。
蕭蕭北風勁、撫事煎百慮。
頼知禾黍収、已覚糟牀注。
如今足斟酌、且用慰遅暮。

(下し文) 羌村 三首  其の二
晩歳(ばんさい)  生を偸(ぬす)むに迫られ、家に還(かえ)れども歓趣(かんしゅ)少なし。
嬌児(きょうじ)は膝(ひざ)を離れざりしも、我を畏(おそ)れて復(ま)た却(しりぞ)き去る。
憶う昔  好(よ)く涼(りょう)を追い、故に池辺(ちへん)の樹(じゅ)を繞(めぐ)りしを。
蕭蕭(しょうしょう)として北風(ほくふう)勁(つよ)く、事を撫(ぶ)すれば百慮(ひゃくりょ)煎(に)る。
頼(さいわい)に知る  禾黍(かしょ)の収めらるるを、已に覚(おぼ)ゆ  糟牀(そうしょう)に注ぐを。
如今(じょこん)   斟酌(しんしゃく)するに足る、且(か)つ用(も)って遅暮(ちぼ)を慰めん。


(現代語訳)
この年になって士官がかない筋道のある筋の通ったせいかつをせまられている、そこで、家に帰ってはみたものの  しみじみとした味わいは少ないのである。
いたずらっ子が私の膝の上を離れないのである、かといって次には私を畏れて、あとずさりする。
思えば昔のこと、 夕涼みでいっしょに歩くのを好んでしたものだ、あるいは懐かしいことは池の岸辺  樹々のあいだをめぐって歩いたことだ。
ひゅうひゅうといまはもの寂しく 北風が吹いている、いろいろ考えると  胸に憂いが満ちてくるのである。
さいわいに 今年の稲や黍(きび)は豊作であったことをしったのである、そんなことから、はやくも酒しぼりの音がしてくるのを耳にはいってくる。
この季節になるとその新酒を酌むのには充分のはずだ、そんなこともあって私の晩年の慰めとして飲むことになるのだ。


(訳注) 羌村 三首  其の二
晚歲迫偷生,還家少歡趣。

この年になって士官がかない筋道のある筋の通ったせいかつをせまられている、そこで、家に帰ってはみたものの  しみじみとした味わいは少ないのである。
晚歲 年の暮れ。歳末。年末。ここでは、閏八月を年の暮れとは言えないので46歳になっていることを強調している晩年ということ。○偷生 順序、次第のある生活。すじみちのある生活。士官かなって先祖の順番に会うことになる。○歡趣 そのものが感じさせる風情。しみじみとした味わい。


嬌兒不離膝,畏我複卻去。
いたずらっ子が私の膝の上を離れないのである、かといって次には私を畏れて、あとずさりする。
嬌兒不離膝 『北征』では「見耶背面啼,垢膩腳不襪。床前兩小女,補綴才過膝。」(耶(ちち)を見て面(おもて)を背(そむ)けて啼(な)く、垢膩(こうじ)して脚(あし)に襪(たび)はかず。床前(しょうぜん)の両小女、補綴(ほてつ)して 才(わず)かに膝(ひざ)を過ごす。)とある。北徵 #5(北征全12回)杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 212を参照。


憶昔好追涼,故繞池邊樹。
思えば昔のこと、 夕涼みでいっしょに歩くのを好んでしたものだ、あるいは懐かしいことは池の岸辺  樹々のあいだをめぐって歩いたことだ。
 756年夏、白水県からこの地に疎開してきたときのことを言う。


蕭蕭北風勁,撫事煎百慮。』
ひゅうひゅうといまはもの寂しく 北風が吹いている、いろいろ考えると 胸に憂いが満ちてくるのである。
○撫 いろいろ考えて心の中で撫でまわす。


賴知禾黍收,已覺糟床注。
さいわいに 今年の稲や黍(きび)は豊作であったことをしったのである、そんなことから、はやくも酒しぼりの音がしてくるのを耳にはいってくる。
賴知 都合よく~を知る。 ○禾黍收 稲と黍の豊作であった。前年までは長雨と日照りが交互に続いていた心配事の一つである。○糟床 酒を搾る台。


如今足斟酌,且用慰遲暮。』
この季節になるとその新酒を酌むのには充分のはずだ、そんなこともあって私の晩年の慰めとして飲むことになるのだ。



解説
 杜甫も、生死の際を歩いてきた。霊武に向かうのに馬を強奪され、蘆子関で捕縛された時は死を意識している。そして、このたび鳳翔から帰ってくるにも当初は徒歩で旅を始めている。そうした苦労を経てきつい顔をしていたのであろう、なついていたわが児が、久しぶりに帰ってきた父親が時に変化するので怖かったのではなかろうか。
 ここ数年、天候は不順で餓死者が多く出たが、今年は本作だったことは何よりである。
 妻は、夫のためを思い、酒を搾ってくれたのであろう。朝廷の左拾位であることは、親族にとって自慢のことで嬉しいのである。
 杜甫の視点は男尊女卑、身分制度の厳格な貴族時代にあって、他の詩人と違って妻子、女性に対する優位性、支配性というのもが感じられない。
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