喜聞官軍已臨賊寇 二十韻 #3 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 225

杜甫が羌村の家族のもとで日を過ごしているあいだに、唐の王朝軍は回紇(ウイグル)の援軍を加えて連合軍とし、長安への進攻を開始していた。すなわち757年9月中旬、粛宗の皇子である広平王李俶(のちの代宗)を総司令官とし、朔方軍で功勲のあった郭子儀を副司令官とし、十五万の連合軍は、鳳翔を出発して東に向かったのである。
9月27日には長安の西郊に着いて陣を布き、安守忠・李帰仁の率いる十万の安史軍(この時史忠明の軍本体は幽州に帰っていた。)と戦って翌28日には長安に入城したのである。長安が安禄山の叛乱軍に落ちてから一年三か月ぶりのことであった。史忠明軍のいない安史軍はひとまず正面衝突を回避して、10月18日には洛陽も奪還され、安慶緒は北方の鄴城(河南省安陽)に逃れた。粛宗は、洛陽奪還の翌日、十月十九日には鳳翔を出発し、十月二十三日に長安に帰った。
杜甫は鄜州の羌村で、王朝軍の長安進攻を知り「官軍の己に賊寇に臨むを聞くを喜ぶ二十韻」をつくり、入城を知って、「京を収む三首」を作って、その歓喜の情を表わしている。

<#1の要旨>
唐王朝軍の連合軍が長安に迫って、長安城の郊外を制圧した。鳳翔の行在所にはウイグルの兵士が警護をしている。状況だが、間もなく天子、粛宗が長安の都に入城されるであろう。
入城されたなら、これだけ多くの人が亡くなったのであるから喩え叛乱軍が降参しても許さず、生かしておいてはならない。



喜聞官軍已臨賊寇 二十韻
#1
胡虜潛京縣,官軍擁賊壕。鼎魚猶假息,穴蟻欲何逃。」
帳殿羅玄冕,轅門照白袍。秦山當警蹕,漢苑入旌旄。
#2
路失羊腸險,雲橫雉尾高。五原空壁壘,八水散風濤。
今日看天意,遊魂貸爾曹。乞降那更得,尚詐莫徒勞。」
#3
元帥歸龍種,司空握豹韜。
天下兵馬大元帥の職はかたじけなくも皇族のお方(広平王倣)に帰したし、司空(郭子儀)は副元帥となって豹韜の軍略をにぎっておられる。
前軍蘇武節,左將呂虔刀。
前軍の長として李嗣業は蘇武の如き見印たる節をもち、左将の僕固懐恩は呂虔の如き刀を佩びている。(これ以上ない布陣である。)
兵氣回飛鳥,威聲沒巨鰲。
唐の軍、連合軍の兵力と意気のいかめしさは飛ぶ鳥もおそれてそこから避けて方向を転じている、連合軍の威名でもって、大きなうみがめ(叛乱軍の魁)を水底に沈ませることができるというものだ。
戈鋌開雪色,弓矢向秋毫。
官軍の戈や小矛は隊列が整得られ勝ち組である雪の様な白いてんかいとなるのだ、そうなると弓や矢はどんな毛筋ほどのちいさなものに向ってよく射あてるのだ。(叛乱軍かどこに隠れても見逃さない)
天步艱方盡,時和運更遭。
国運の艱難もやっとこれでなくなり、陰陽二気、五行思想で四時の気の調和する時運にもいちどであおうとしている。
誰雲遺毒螫,已是沃腥臊。」

毒や虫の針のような悪者どもがまだのこっているとだれがいうか、そんなものは残りはしない。もはや叛乱軍のいかがわしさにはすっかり熱湯をかけてあらいきよめた様なものだ。』
#4
睿想丹墀近,神行羽衛牢。花門騰絕漠,拓羯渡臨洮。
此輩感恩至,羸浮何足操。鋒先衣染血,騎突劍吹毛。
喜覺都城動,悲連子女號。家家賣釵釧,只待獻春醪。」


喜聞官軍己臨賊寇二十韻
(官軍己に賊寇に臨むと聞くを喜ぶ 二十韻)
#1
胡騎京県に潜み、官軍賊壕を擁す。
鼎魚(ていぎょ)猶息を仮す、穴蟻何に逃れんと欲する。」
帳殿玄冤(げんべん)羅(つらな)り、轅門(えんもん)白袍照る。
秦山警蹕(けいひつ)に当る 漢苑旌旄(せいぼう)に入る。
#2
路は羊腸の険を失す、雲横わりて雉尾(ちび)高し。
五原空しく壁塁(へきるい)、八水風涛(ふうとう)散ず。
今日天意を看るに、遊魂(ゆうこん)爾が曹に貸す。』
降を乞うも那(なん)ぞ更に得ん 詐を尚(たっと)ぶは徒に労する莫らんや。
#3
元帥竜種(りょうしゅ)に帰し、司空豹韜(ひょうとう)を握る。
前軍 蘇武が節、左将 呂虔(りょけん)が刀。
兵気 飛鳥(ひちょう)を回(か)えす、威声(いせい) 巨鰲を没せしむ。
戈鋌(かせん) 雪色開き、弓矢 秋毫(しゅうごう)に向う。
天歩(てんぽ) 艱 方(まさ)に尽く、時和 運 更に遭う。
誰か云う毒螫を遺すと、己に是れ 腥臊(せいそう)に沃(そそ)ぐ。」

#4
睿想 丹墀(たんち)近く、神行 羽衛(うえい)牢(かた)し。
花門 絶漠に騰(あが)り、拓羯(たくけつ)臨洮(りんとう)を渡る。
此の輩恩に感じて至る、羸浮(るいふ)何ぞ操るに足らん。
鋒 先(さきだ)ちて 衣血に染む、騎 突きて 剣毛(けんけ)を吹く。
喜びは覺ゆ 都城の動くを、悲みは連(ともな)う 子女の號(さけ)ぶを。
家家 釵釧を売り 只だ待つ春醪を献ずるを』



現代語訳と訳註
(本文) #3

元帥歸龍種,司空握豹韜。
前軍蘇武節,左將呂虔刀。
兵氣回飛鳥,威聲沒巨鰲。
戈鋌開雪色,弓矢向秋毫。
天步艱方盡,時和運更遭。
誰雲遺毒螫,已是沃腥臊。」


(下し文) #3
元帥竜種(りょうしゅ)に帰し、司空豹韜(ひょうとう)を握る。
前軍 蘇武が節、左将 呂虔(りょけん)が刀。
兵気 飛鳥(ひちょう)を回(か)えす、威声(いせい) 巨鰲を没せしむ。
戈鋌(かせん) 雪色開き、弓矢 秋毫(しゅうごう)に向う。
天歩(てんぽ) 艱 方(まさ)に尽く、時和 運 更に遭う。
誰か云う毒螫を遺すと、己に是れ 腥臊(せいそう)に沃(そそ)ぐ。」


(現代語訳)
天下兵馬大元帥の職はかたじけなくも皇族のお方(広平王倣)に帰したし、司空(郭子儀)は副元帥となって豹韜の軍略をにぎっておられる。
前軍の長として李嗣業は蘇武の如き見印たる節をもち、左将の僕固懐恩は呂虔の如き刀を佩びている。(これ以上ない布陣である。)
唐の軍、連合軍の兵力と意気のいかめしさは飛ぶ鳥もおそれてそこから避けて方向を転じている、連合軍の威名でもって、大きなうみがめ(叛乱軍の魁)を水底に沈ませることができるというものだ。
官軍の戈や小矛は隊列が整得られ勝ち組である雪の様な白いてんかいとなるのだ、そうなると弓や矢はどんな毛筋ほどのちいさなものに向ってよく射あてるのだ。(叛乱軍かどこに隠れても見逃さない)
国運の艱難もやっとこれでなくなり、陰陽二気、五行思想で四時の気の調和する時運にもいちどであおうとしている。
毒や虫の針のような悪者どもがまだのこっているとだれがいうか、そんなものは残りはしない。もはや叛乱軍のいかがわしさにはすっかり熱湯をかけてあらいきよめた様なものだ。』


(訳注)#3
元帥歸龍種,司空握豹韜。

天下兵馬大元帥の職はかたじけなくも皇族のお方(広平王倣)に帰したし、司空(郭子儀)は副元帥となって豹韜の軍略をにぎっておられる。
元帥 広平王をいう。○竜種 皇族であることをいう。龍は唐王朝の太宗の子孫血縁の天子をいう。○司空 郭子儀、時に副元帥となる。朔方軍の司令官で、安禄山が叛乱して後、この時までの最大の功労者。。○豹韜 中国の兵法の書「六韜」は文・武・竜・虎・豹・犬の六部に分かち、豹の部が豹韜である。
 
前軍蘇武節,左將呂虔刀。
前軍の長として李嗣業は蘇武の如き見印たる節をもち、左将の僕固懐恩は呂虔の如き刀を佩びている。(これ以上ない布陣である。)
前軍 前鋒、李嗣業の軍をいう。○蘇武節 漢の武帝の時、蘇武は匈奴に使者となり、帰って典属国(外国との交渉掛り)の官となった。李嗣業の軍はウイグルの兵を率いるので蘇武を以て比する、節は使者の見印のはた。○左将 朔方左廂兵馬使僕固懐恩をいう、香積の戦に懐恩は賊を撃って殆どこれを殲滅した。○呂虔刀 晋の呂虔が徐州の刺史として王祥を召して司馬となした。虔の佩刀を刀工が相していうには三公の服すべきものであると。虔は乃ちこれを王祥に与えた。懐恩も亦た公位に居るべきほどのものであることをいう。


兵氣回飛鳥,威聲沒巨鰲。
唐の軍、連合軍の兵力と意気のいかめしさは飛ぶ鳥もおそれてそこから避けて方向を転じている、連合軍の威名でもって、大きなうみがめ(叛乱軍の魁)を水底に沈ませることができるというものだ。
兵気 兵は官軍の武器をいう、兵気は武器精鋭の気。○回飛鳥 回は回避せしめることをいう。○威声 官軍のつよいという評判。○没巨鰲 没とは水の底に深くしずんでしまう。巨鰲はうみがめ、安禄山が200㎏とも250㎏といわれおなかが床に付きそうなくらいに肥満であったという。それ以来、叛乱軍の魁(かしら)をたとえていう。巨鰲は酔い喩えには使われない。


戈鋌開雪色,弓矢向秋毫。
官軍の戈や小矛は隊列が整得られ勝ち組である雪の様な白いてんかいとなるのだ、そうなると弓や矢はどんな毛筋ほどのちいさなものに向ってよく射あてるのだ。(叛乱軍かどこに隠れても見逃さない)
戈鋌 鋌は小さい矛。○雪色 刃のしろいことをいう。隊列がそろうためその刃の白さが集まってゆきのようだとする。逃げる軍は黒である。蜘蛛の子を散らすなどと。城が勝ち、黒が負けということ。○向秋毫 秋毫は秋の獣毛、秋になると同じ毛根からけが多く生えて毛が細くて多くなる。「向秋毫」とはどんな微細なものにも中(あた)ることをいう。ここではどんな小さな的でも必ず外さないことをいう。


天步艱方盡,時和運更遭。
国運の艱難もやっとこれでなくなり、陰陽二気、五行思想で四時の気の調和する時運にもいちどであおうとしている。
○天歩 天も味方をする「天のあゆみ」というのは天運という国家の運命。○ なんぎ 〇時和 四時陰陽の気がよく調和すること。五行思想で四時の気は木・火・金・水であり、春夏秋冬、東西南北、すべての時が一致する。何もかにも味方することをいう。○運更遭 そのめぐりあわせにまたあう。
 
誰雲遺毒螫,已是沃腥臊。」
毒や虫の針のような悪者どもがまだのこっているとだれがいうか、そんなものは残りはしない。もはや叛乱軍のいかがわしさにはすっかり熱湯をかけてあらいきよめた様なものだ。』
遺毒螫 遺は残存すること、毒螫ほどく虫のはり、叛乱軍をさしていう。○沃腥臊 沃とは熱湯をそそぎかけること、腥臊はなまぐさいこと、なまぐさいとは叛乱軍のいかがわしさをさす。

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