曲江陪鄭八丈南史 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 248

758年乾元元年春、左拾遺であった頃の作。

 臘日   
 送鄭十八虔貶台州司、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
 宣政殿退朝晚出左掖
 紫宸殿退朝口號 
 春宿左省
 晚出左掖
 題省中院壁
 奉和賈至舍人早朝大明宮
 送賈閣老出汝州

 送翰林張司馬南海勒碑





 曲江二首 其一

 曲江二首 其二

 曲江封酒 
 曲江封雨 
 曲江陪鄭八丈南史飲
 奉陪贈附馬韋曲二首 其一
 奉陪贈附馬韋曲二首 其二

 奉贈王中允維
 送許八拾遺歸江寧覲省。甫昔時嘗客遊此縣,於許生處乞瓦棺寺維摩圖樣,誌諸篇末
 因許八奉寄江寧旻上人
 題李尊師松樹障子歌
 得舎弟消息(乱後誰帰得
 送李校書 二十六韻  
 逼仄行,贈畢曜(逼側行贈畢曜)

杜甫の詩が曲江其一より次第に変化している。

曲江陪鄭八丈南史飲
鄭家の八番目の丈人である南史の宴席に同席して酒を飲むときの詩
雀啄江頭黃柳花,鳼鶄鸂鶒滿晴沙。
雀が曲江池のほとりでえさをついばんでいる。ウズラのひな、ごい鷺、紫おしどり春の晴れ渡った川砂の上にいっぱいあつまっている。(この句は赤、黄、綠、桃、青、紫、白色に集まる様子をいう。)
自知白發非春事,且盡芳尊戀物華。
わたしはもうわかっていることだが、この白髪頭はこの春におこったわけではないし、だからこそ芳醇な香りの盃椀をことごとく飲み干して変わりゆく春の景色をますます恋するのだ。
近侍即今難浪跡,此身那得更無家?
近臣である職を今すぐ辞して、放浪の旅に出ることはまだ難しいし、というのも私は今、更に家をなくしてしまうことができようか。
丈人才力猶強健,豈傍青門學種瓜?

といいながらも、まだまだ年寄りといっても詩文能力も力をまだまだ強く健やかであるので、できることなら長安城の東、春明門で瓜を植えることを学ぶということができないものか。

曲江にて鄭八丈の南史に陪して飲す
雀啄の江頭 柳花 黃ばむ,鳼鶄 鸂鶒 晴沙に滿つ。
自ら知る 白發 春事に非ざるを,且 芳尊【ほうそん】を盡くして 物華を戀う。
近侍 即今 浪跡するを難し,此身 那ぞ 更に家 無すを得んや?
丈人【じょうじん】才力 猶 強健なり,豈【ねがわく】は 青門に傍【よ】り 瓜を種るを學ばん?


 現代語訳と訳註
(本文)
曲江陪鄭八丈南史飲
雀啄江頭黃柳花,鳼鶄鸂鶒滿晴沙。
自知白發非春事,且盡芳尊戀物華。
近侍即今難浪跡,此身那得更無家?
丈人才力猶強健,覬傍青門學種瓜!


(下し文) 曲江にて鄭八丈の南史に陪して飲す
雀啄の江頭 柳花 黃ばむ,鳼鶄 鸂鶒 晴沙に滿つ。
自ら知る 白發 春事に非ざるを,且 芳尊【ほうそん】を盡くして 物華を戀う。
近侍 即今 浪跡するを難し,此身 那ぞ 更に家 無すを得んや?
丈人【じょうじん】才力 猶 強健なり,豈【ねがわく】は 青門に傍【よ】り 瓜を種るを學ばん!


(現代語訳)
鄭家の八番目の丈人である南史の宴席に同席して酒を飲むときの詩

雀が曲江池のほとりでえさをついばんでいる。ウズラのひな、ごい鷺、紫おしどり春の晴れ渡った川砂の上にいっぱいあつまっている。(この句は赤、黄、綠、桃、青、紫、白色に集まる様子をいう。)
わたしはもうわかっていることだが、この白髪頭はこの春におこったわけではないし、だからこそ芳醇な香りの盃椀をことごとく飲み干して変わりゆく春の景色をますます恋するのだ。
近臣である職を今すぐ辞して、放浪の旅に出ることはまだ難しいし、というのも私は今、更に家をなくしてしまうことができようか。
といいながらも、まだまだ年寄りといっても詩文能力も力をまだまだ強く健やかであるので、できることなら長安城の東、春明門で瓜を植えることを学ぶということができないものか。

(訳注)
曲江陪鄭八丈南史飲

曲江にて鄭八丈の南史に陪して飲す
鄭家の八番目の丈人である南史の宴席に同席して酒を飲むときの詩
陪 鄭八丈南史 同時期の詩人に張南史がいる。ここではその人を指すのであろうか。

奉陪鄭駙馬韋曲二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 75
陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 55
鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

雀啄江頭黃柳花,鳼鶄鸂鶒滿晴沙。

雀啄の江頭 柳花 黃ばむ,鳼鶄 鸂鶒 晴沙に滿つ。
雀が曲江池のほとりでえさをついばんでいる。ウズラのひな、ごい鷺、紫おしどり春の晴れ渡った川砂の上にいっぱいあつまっている。(この句は赤、黄、綠、桃、青、紫、白色に集まる様子をいう。)
雀啄【じゃくたく】 雀が啄ばむ 鳼【ぶん】ウズラのひな。鶄【せい】 ごいさぎ。鸂鶒【けいせき】紫おしどり。謝霊運『鸂鶒賦』「覧水禽之萬族、信莫麗干鸂鶒。」(水禽之萬族を覧るに、信に干鸂鶒麗しきは莫し。) 


自知白發非春事,且盡芳尊戀物華。
自ら知る 白發 春事に非ざるを,且 芳尊【ほうそん】を盡くして 物華を戀う。
わたしはもうわかっていることだが、この白髪頭はこの春におこったわけではないし、だからこそ芳醇な香りの盃椀をことごとく飲み干して変わりゆく春の景色をますます恋するのだ。
○芳尊 酒樽をいうのであるが、盃の大き湾のようなもの。芳醇な香りの盃椀。○物華 1.物の光。宝物の輝き。2.景色。風景。


近侍即今難浪跡,此身那得更無家?
近侍 即今 浪跡するを難し,此身 那ぞ 更に家 無すを得んや?
近臣である職を今すぐ辞して、放浪の旅に出ることはまだ難しいし、というのも私は今、更に家をなくしてしまうことができようか。
○近侍 天子のおそばに控えている官僚職。杜甫は左拾位であるので、近侍職である。近習、近臣。


丈人才力猶強健,豈傍青門學種瓜?
丈人【じょうじん】才力 猶 強健なり,豈【ねがわく】は 青門に傍【よ】り 瓜を種るを學ばん!
といいながらも、まだまだ年寄りといっても詩文能力も力をまだまだ強く健やかであるので、できることなら長安城の東、春明門で瓜を植えることを学ぶということができないものか。
丈人【じょうじん】1 年寄りを敬っていう語。 2 妻の父。岳父。○學種瓜 瓜を植えることを学ぶとは、秦の邵平が官を辞して、隠棲して、杜陵で瓜と桑を植えた、故事をふまえ、杜甫が隠遁したい旨を述べる。邵平は長安城の青門で瓜を売った。杜陵に植えたのは五色の瓜であった。官を辞して瓜をたくさん栽培したことをいう。泰の東陵侯に封じられていた卲平は秦が滅びると布衣(庶民)の身となり、長安の門の東で瓜を栽培し、それが美味だったので「東陵の瓜」と称された。
『文選』巻二三)其六に卲平東陵の瓜は五色であると。
「曰:邵平故秦東陵侯,秦滅後,為布衣,種瓜長安城東。種瓜有五色,甚美,故世謂之東陵瓜,又云青門瓜」。魏・阮籍も卲平の東陵の瓜は五色をふまえて「詠懐詩」(に「昔聞く東陵の瓜、近く青門の外に在りと。……五色 朝日に輝き、嘉賓 四面に会す」とする。李白『古風五十九首 其九』「青門種瓜人。 舊日東陵侯。」(青門に瓜を種うるの人は、旧日の東陵侯なり。)

南山下與老圃期種瓜  孟浩然
樵牧南山近,林閭北郭賒。
先人留素業,老圃作鄰家。
不種千株橘,惟資五色瓜。
邵平能就我,開徑剪蓬麻。
(下し文) 南の山の下で老圃に瓜を種える期。
樵牧 南山に近く、林閭 北郭に賒(とお)し。
先人 富農を留め、老圃 鄰家と作(な)る。
千株の橘を種えず、惟だ 五色の瓜を資(と)る。
邵平 能く我に就きて、径を開き 蓬麻を剪るか。
邵平能く我に就きて、径を開き蓬麻を剪るか。
秦の東陵侯のようにこの荘園に就いて、道を開き転蓬の旅をしたり、単に麻を育てていくことを断ち切って本気で隠遁生活になろうとするか。

南山下與老圃期種瓜 孟浩然 李白「峴山懐古」関連 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -316


 hinode0200

blogram投票ボタン

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi

kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首 Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊
各詩人についてはブログ内の検索を利用したほうが良い場合もあります。
burogutitl770

http://kanshi100x100.blog.fc2.com/


唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
李白詩INDEX02
李商隠INDEX02
杜甫詩INDEX02