畫鶻行 #2 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 265
(五言古詩 画鶻行がこつこう)便宜的に2分割して掲載。
鶻鶴の画をみて感じた所をのべた詩である。758年乾元元年、なお朝廷にあって疎外感を持っていた時の作。
乾元元年 758年 47歳

畫鶻行 #1
高堂見生鶻,颯爽動秋骨。初驚無拘攣,何得立突兀!
乃知畫師妙,巧刮造化窟。寫此神俊姿,充君眼中物。』
#2
烏鵲滿樛枝,軒然恐其出。
庭前の垂れさがった木の枝には烏だの鵲だのがたくさんいるが、彼等はこの鶻がたかくあがって外部へ飛出して來るのではないかと気が気ではない。
側腦看青霄,寧為眾禽沒。
この鶻は首をかしげて青空をながめている、どうして多くの凡鳥のように草樹の間に埋没していくようなことをしようとするはずもない。
長翮如刀劍,人寰可超越。
その長いたちばねは刀剣の如くするどい、そして、それは人間世界ぐらいはたかくとびこえることができる。
乾坤空崢嶸,粉墨且蕭瑟。』
ここの天地は描かれたものであり、画鶻は真鶻ではない、天地の闊大もこの鶻にとってはいたずらに崢嶸たるものであり、冷静に見れば粉墨の色ばかりむなしく映されているのである。』
緬思雲沙際,自有煙霧質。
はるかに思うことは、実際に沙漠の雲沙の地に於て、煙霧の毛質をそなえた真の鶻がひとりでに居るはずであるから、鶻とはそういうものがのぞましいのである。
吾今意何傷,顧步獨紆鬱。』
自分は今、心のなかで何事をいたんでいるのか。(真鶻のごとくかり得ざるをいたむのである。)左右をふりかえりつつあゆみ、自分ひとりでふさいでいるのはどうしたことか。

 (画鶻行がこつこう)
高堂生鶻を見る、颯爽として秋骨動く。
初【はじめ】は驚く拘攣【こうれん】無きに、何ぞ立つこと突兀【とつこつ】たるを得るやと。
乃ち知る画師の妙、巧に造化の窟を刮【けず】り。
此の神俊【しんしゅん】の姿を写して、君が眼中の物に充つるを。』
#2
烏鵲【うじゃく】樛枝【きゅうし】に満つ、軒然【けんぜん】として其の出でんことを恐る。
脳を側【かたむ】けて青霄【せいしょう】を看る、寧ぞ眾禽【しゅうきん】の没を為さんや。
長翮【ちょうかく】刀剣【とうけん】の如し、人寰【じんかん】超越【ちょうえつ】す可し。
乾坤【けんこん】空しく崢嶸【そうこう】たり、粉墨【ふんぼく】 且 蕭瑟【しょうしつ】たり』
緬【はる】かに思う雲沙【うんさ】の際、自ら煙霧の質有るを。
吾今意何をか傷む、顧歩【こほ】して独り紆鬱【ううつ】たり。』


現代語訳と訳註
(本文)
#2
烏鵲滿樛枝,軒然恐其出。側腦看青霄,寧為眾禽沒。
長翮如刀劍,人寰可超越。乾坤空崢嶸,粉墨且蕭瑟。』
緬思雲沙際,自有煙霧質。吾今意何傷,顧步獨紆鬱。』

(下し文) (画鶻行がこつこう)
#2
烏鵲【うじゃく】樛枝【きゅうし】に満つ、軒然【けんぜん】として其の出でんことを恐る。
脳を側【かたむ】けて青霄【せいしょう】を看る、寧ぞ眾禽【しゅうきん】の没を為さんや。
長翮【ちょうかく】刀剣【とうけん】の如し、人寰【じんかん】超越【ちょうえつ】す可し。
乾坤【けんこん】空しく崢嶸【そうこう】たり、粉墨【ふんぼく】 且 蕭瑟【しょうしつ】たり』
緬【はる】かに思う雲沙【うんさ】の際、自ら煙霧の質有るを。
吾今意何をか傷む、顧歩【こほ】して独り紆鬱【ううつ】たり。』

(現代語訳)
庭前の垂れさがった木の枝には烏だの鵲だのがたくさんいるが、彼等はこの鶻がたかくあがって外部へ飛出して來るのではないかと気が気ではない。
この鶻は首をかしげて青空をながめている、どうして多くの凡鳥のように草樹の間に埋没していくようなことをしようとするはずもない。
その長いたちばねは刀剣の如くするどい、そして、それは人間世界ぐらいはたかくとびこえることができる。
ここの天地は描かれたものであり、画鶻は真鶻ではない、天地の闊大もこの鶻にとってはいたずらに崢嶸たるものであり、冷静に見れば粉墨の色ばかりむなしく映されているのである。』
はるかに思うことは、実際に沙漠の雲沙の地に於て、煙霧の毛質をそなえた真の鶻がひとりでに居るはずであるから、鶻とはそういうものがのぞましいのである。
自分は今、心のなかで何事をいたんでいるのか。(真鶻のごとくかり得ざるをいたむのである。)左右をふりかえりつつあゆみ、自分ひとりでふさいでいるのはどうしたことか。

(訳注)
烏鵲滿樛枝,軒然恐其出
烏鵲樛枝に満つ 軒然として其の出でんことを恐る
庭前の垂れさがった木の枝には烏だの鵲だのがたくさんいるが、彼等はこの鶻がたかくあがって外部へ飛出して來るのではないかと気が気ではない。
樛枝 下方へまがりたれている枝。○軒然 あがるさま。○其出 共は画鶻をさす、出とはそとへとびだすこと。


側腦看青霄,寧為眾禽沒
脳を側けて 青霄を看る 寧ぞ眾禽の没を為さんや
この鶻は首をかしげて青空をながめている、どうして多くの凡鳥のように草樹の間に埋没していくようなことをしようとするはずもない
側脳 あたまをかたむける。○青霄 あおぞら。○寧為 なんぞなさんや、反語。○衆禽没 もろもろの鳥のごとく草樹の間に埋没すること。小虫を取ったり、果実をついばむような姑息なことをすること。


長翮如刀劍,人寰可超越
長翮 刀剣の如し 人寰 超越す可し
その長いたちばねは刀剣の如くするどい、そして、それは人間世界ぐらいはたかくとびこえることができる。
長翮 たちばね。〇人寰 人間世界。


乾坤空崢嶸,粉墨且蕭瑟。』
乾坤空しく崢嶸たり 粉墨 且 蕭瑟たり
ここの天地は描かれたものであり、画鶻は真鶻ではない、天地の闊大もこの鶻にとってはいたずらに崢嶸たるものであり、冷静に見れば粉墨の色ばかりむなしく映されているのである。』
乾坤 天地。○空崢嶸 崢嶸はたかくひろいさま。もし闊大な天地の間に飛ぶことができるならば感嘆たることに意義があるが、画なので実際には飛ぶことができない、したがって「空しく」という。○粉墨 画の色彩をいう、粉は画色粉。○且蕭瑟 蕭瑟はさびしいさま、且はまあまあの意。


緬思雲沙際,自有煙霧質
緬かに思う雲沙の際 自ら煙霧の質有るを

はるかに思うことは、実際に沙漠の雲沙の地に於て、煙霧の毛質をそなえた真の鶻がひとりでに居るはずであるから、鶻とはそういうものがのぞましいのである。
○雲沙際 雲抄は沙漠地方の雲や抄をいう。○煙霧質 飽照の「舞鶴賦」に鶻の毛色の煙霧と同じであることをのべて、「煙交り霧凝り、毛質ナキガ若シ。」という、いま鶻に借用する。煙霧質とは煙霧のごとき毛質、真の鶻の毛をさす。


吾今意何傷,顧步獨紆鬱
吾今意何をか傷む 顧歩して独り紆鬱たり
自分は今、心のなかで何事をいたんでいるのか。(真鶻のごとくかり得ざるをいたむのである。)左右をふりかえりつつあゆみ、自分ひとりでふさいでいるのはどうしたことか。
何傷 何をかいたむ。○顧歩 左右をふりかえりみてあゆむ。○紆鬱 こころに憂鬱感がありこれが晴れないことをいう。鶻のごとく雄飛することができぬことをかなしむこと。雄飛できるものの存在と朝廷の閉塞感、疎外感をいうことによって自らを慰めるものである。杜甫の作品で描かれたものを批評するものが多いが、馬、雁、鶻、など心情は同じところに立つものが多い。

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高堂生鶻を見る 颯爽として秋骨動く
初は驚く拘攣無きに 何ぞ立つこと突兀たるを得るやと
乃ち知る画師の妙 巧に造化の窟を刮り
此の神俊の姿を写して 君が眼中の物に充つるを』
烏鵲樛枝に満つ 軒然として其の出でんことを恐る
脳を側けて青霄を看る 寧ぞ眾禽の没を為さんや
長翮 刀剣の如し 人寰 超越す可し
乾坤空しく崢嶸たり 粉墨 且 蕭瑟たり』
緬かに思う雲沙の際 自ら煙霧の質有るを
吾今意何をか傷む 顧歩して独り紆鬱たり』