觀安西兵過赴關中待命二首 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 272

安西都護府に属する兵が華州を過ぎるのを観て作った詩。その兵はこれから関中へ行って将来の行動について天子の仰せを待つものである。乾元元年六月、李嗣業は懐州(今の河南懐慶府河内県治)の刺史となり、鎮西北庭行営節度使に充てられ、八月、郭子儀等と同じく歩騎二十万に将として安慶緒を討った。これは李嗣業の兵が懐州から長安へ赴く道すがら華州を経たもので八月討伐にでかけぬ以前のことである。

觀安西兵過赴關中待命二首其一
天子の特命を受けるため華州を過ぎて長安に向かう安西都護府に向かう兵士の隊列を見る。
四鎮富精鋭,摧鋒皆絶倫。
西鎮には精鋭の兵がたくさんいる、かれらは敵軍の鉾先をうちくだくことはたぐいをこえている。
還聞獻士卒,足以靜風塵。
きけばその四鎮はこのたび天子に兵卒を献じて御用をつとめるそうだが、彼等ならば十分世のちりほこり、叛乱を引き起こした者たちをしずめることができる。
老馬夜知道,蒼鷹饑著人。
四鎮将士の其の智は老馬が闇夜にも道を知っているように、其の意気は鷹が餓えて人についているようなものだ。
臨危經久戰,用急始如神。
天下の危きにあたって、四鎮将士は経験豊かで長々の戦の知識をもっているのだ、之を叛乱のような火急の場合に用うるときには始めて彼等の奏する効は不可思議なるものがあるである。

(安西の兵の過ぐるを観る 関中に赴きて命を待つなり二首)
四鎮【しちん】精鋭【せいえい】富【と】めり、鋒【ほう】を摧【くだ】くこと皆【みな】絶倫【ぜつりん】なり。
還た聞く士卒【しそつ】を献ずと、以て風塵を静かならしむるに足る。
老馬【ろうば】夜道【よるみち】を知る、蒼鷹【そうよう】餓【う】えて人に著【つ】く。
危【き】に臨【のぞ】みて久戦【きゅうせん】を経たり、急なるに用【もち】うれば始めて神【しん】の如くならん。



現代語訳と訳註
(本文) 其一

四鎮富精鋭,摧鋒皆絶倫。
還聞獻士卒,足以靜風塵。
老馬夜知道,蒼鷹饑著人。
臨危經久戰,用急始如神。

 (下し文) (安西の兵の過ぐるを観る 関中に赴きて命を待つなり二首)
四鎮【しちん】精鋭【せいえい】富【と】めり、鋒【ほう】を摧【くだ】くこと皆【みな】絶倫【ぜつりん】なり。
還た聞く士卒【しそつ】を献ずと、以て風塵を静かならしむるに足る。
老馬【ろうば】夜道【よるみち】を知る、蒼鷹【そうよう】餓【う】えて人に著【つ】く。
危【き】に臨【のぞ】みて久戦【きゅうせん】を経たり、急なるに用【もち】うれば始めて神【しん】の如くならん。


(現代語訳)
天子の特命を受けるため華州を過ぎて長安に向かう安西都護府に向かう兵士の隊列を見る。
西鎮には精鋭の兵がたくさんいる、かれらは敵軍の鉾先をうちくだくことはたぐいをこえている。
きけばその四鎮はこのたび天子に兵卒を献じて御用をつとめるそうだが、彼等ならば十分世のちりほこり、叛乱を引き起こした者たちをしずめることができる。
四鎮将士の其の智は老馬が闇夜にも道を知っているように、其の意気は鷹が餓えて人についているようなものだ。
天下の危きにあたって、四鎮将士は経験豊かで長々の戦の知識をもっているのだ、之を叛乱のような火急の場合に用うるときには始めて彼等の奏する効は不可思議なるものがあるである。


(訳注)
觀安西兵過赴關中待命二首

天子の特命を受けるため華州を過ぎて長安に向かう安西都護府に向かう兵士の隊列を見る。
安西 安西都護府をいう、758年至徳元載に安西節度は鎮西とあらためられた。詩人は究明を使うのが常套。今の新疆ウィグル自治区南部におかれた唐朝西方およびチベットの守りのためにおかれた幕府
安西都護高仙芝。唐の貞観十七年に安西都護府を西州に置いたが、顕慶三年には治を亀立国城(今の新嬉省の庫車)に移し、手腕以西・波斯以東の十六都護府をこれに隷せしめた。
安史の乱以前には、周辺国と戦争状態にあり兵力は此の幕府にかなりの勢力がそそがれた。安史の乱の呼び水的な地点であり、安史の乱を抑えるために敵に援助を求め、長安、洛陽を奪還できたのもこのウイグルの民族であった。

747年天宝6載、高仙芝は配下の封常清・李嗣業・監軍の辺令誠ら歩騎一万を率いて討伐に出た。歩兵も全て馬を持ち、安西(クチャ)を出発し、カシュガルを通り、パミール高原に入り、五識匿国(シュグナン地方)に着いた。その後、軍を三分して、趙崇玼と賈崇カンに別働隊を率いさせ、本隊は護密国を通って、後に合流することにした。高仙芝たちはパミール高原を越え、合流に成功し、急流のパンジャ川の渡河にも成功する。この地で吐蕃軍が守る連雲堡(サルハッド?)を落とし、5千人を殺し、千人を捕らえた。ここで、進軍に同意しなかった辺令誠と3千人の兵を守備において、さらに行軍した。

峻険な20kmもほぼ垂直な状態が続くと伝えられるダルコット峠を下り、将軍・席元慶に千人をつけ、「大勃律へ行くために道を借りるだけだ」と呼ばわらせた。自身の小勃律の本拠地・阿弩越城への到着後、吐蕃派の大臣を斬り、小勃律王を捕らえ、パンジャ河にかかった吐蕃へ通じる藤橋を切った。その後、小勃律王とその后である吐蕃王の娘を連れ、帰還する。西域72国は唐に降伏し、その威が西アジアにまで及んだ。九載には仙芝は石国を討って其の王を仔にして献じている。
○過 華州をすぎる、東より来て酉に向かう。○関中 長安附近をいう、東は函谷関、西は陳酉関を以て界とし、その以内の地を関中という。○待命 天子のおおせをまつ、軍の行動についての指揮の命令をまつこと。


四鎮富精鋭,摧鋒皆絶倫。
西鎮には精鋭の兵がたくさんいる、かれらは敵軍の鉾先をうちくだくことはたぐいをこえている。
四鎮 亀茲・畋沙・疏勅・焉耆の四鎮、みな西安都護府の統べる所である。四は西を意味し鎮西をさす。○精鋭 くわしくするどい兵卒。○推鋒 敵軍のほこさきをうちくだく。


還聞獻士卒,足以靜風塵。
きけばその四鎮はこのたび天子に兵卒を献じて御用をつとめるそうだが、彼等ならば十分世のちりほこり、叛乱を引き起こした者たちをしずめることができる。
 天子にたてまつる。○静風塵 ほこりをしずめるとは叛乱軍の残兵をおいはらうことをいう。ウイグルの国軍の援助で唐王朝軍は復活できたが、安史軍の安禄山の援軍にもウイグルを始め西方の兵士が多くいたのである。

老馬夜知道,蒼鷹饑著人。
四鎮将士の其の智は老馬が闇夜にも道を知っているように、其の意気は鷹が餓えて人についているようなものだ。
老馬「韓非子」に斉の桓公が孤竹国を伐ち、還るとき道を失ったとき、管仲は「老馬の智は用う可きなり」といい老馬を放ってそのあとよりしたがったという。主将の戦になれたことはこの老馬の道を知るがごとくであることをいう。○蒼鷹 慕容垂の故事、垂は鷹のごとく餓えれば人に附き、飽けば高く飛びさるといわれた。士卒の勇悍にして鷹の餓えて人につき用を為すごとくであることをいう。


臨危經久戰,用急始如神。
天下の危きにあたって、四鎮将士は経験豊かで長々の戦の知識をもっているのだ、之を叛乱のような火急の場合に用うるときには始めて彼等の奏する効は不可思議なるものがあるである。
臨危 あやういときに際して。○用急 急の字は上句の危の字に接する、「急なるに用う」とは国家危急の時において其のカを用うればの義。(用兵の法が急速なればの義とする。)○如神 兵の効を奏する人力以上のもののあることをいう、如を一に知に作る。

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