洗兵行 #3 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ998 杜甫特集700- 297
(洗兵行)


洗兵行(洗兵馬)#1
中興諸將收山東,捷書夜報清晝同。
河廣傳聞一葦過,胡危命在破竹中。
秖殘鄴城不日得,獨任朔方無限功。
京師皆騎汗血馬,回紇喂肉蒲萄宮。
已喜皇威清海岱,常思仙仗過崆峒。
三年笛裡關山月,萬國兵前草木風。』

#2
成王功大心轉小,郭相謀深古來少。
司徒清鑒懸明鏡,尚書氣與秋天杳。
二三豪俊為時出,整頓乾坤濟時了。
東走無複憶鱸魚,南飛覺有安巢鳥。
青春複隨冠冕入,紫禁正耐煙花繞。
鶴禁通宵鳳輦備,雞鳴問寢龍樓曉。』

#3
攀龍附鳳勢莫當, 天下盡化為侯王。
この時にあたって竜鳳の勢に随って栄達したものの権勢はこれ以上ないほど凄いことであり、天下中が通津浦々までほとんど誰もかれもみんな侯とか王とかいう身分のものへと早がわりした。
汝等豈知蒙帝力?時來不得誇身強。
汝等はよもや気がつくまいがすべて天子の御恩徳のおかげをこうむっただけのことなのである、好運がきたからとてわが身が強く、賢いからだといったためこんにちの位置を得たなどと奢ってはならないのである。
關中既留蕭丞相, 幕下複用張子房。
関内では己に漢の蕭何の役割を果たした杜鴻漸をのこしおかれ、惟幄の謀臣としては同じく張良に此すべき張鎬をお用いになっている。
張公一生江海客, 身長九尺須眉蒼。
張公はその一生は江海の武人で豪傑である、身のたけといえば九尺もありほほひげや眉毛は蒼然としている。
徵起適遇風雲會, 扶顛始知籌策良。
この人が天子よりめされてたちあがったことによって風雲重なる乱世の時節にであい、国家がまさに顛覆されんとするのを助け起したので、初めていかにこの人のはかりごとがよかったかが知られることになったというものだ。
青袍白馬更何有?後漢今周喜再昌。』

もはや侯景の様な青袍白馬の大義のない叛乱の将等というのは物の数ではない。後漢光武の世、周の宣王の世が粛宗によって今日ふたたびさかんになるに至ったことはよろこばしいことである。』


攣竜【はんりゅう】附鳳【ふほう】勢【いきおい】当る莫し、天下尽【ことごと】く化して侯王【こうおう】と為る。
汝等 豈に知らんや帝刀【ていとう】を蒙【こうむ】るを、時来るも身の強に誇【ほこ】ることを得ず。
関中 既に留む蕭【しょう】丞相【しょうじょう】、幕下【ばくか】復た用う張子房。
張公 一生 江海の客、身の長【たけ】九尺 須眉【しゅび】蒼たり。
徵【め】され起【た】って適【たまたま】遇う風雲の会、顛を扶けて貯めて知る籌策【ちゅうさく】の良きを。
青砲 白馬更に何か有らん、後漢 今周【こんしゅう】再び昌【さかん】なるを喜ぶ。』

#4
寸地尺天皆入貢,奇祥異瑞爭來送。
不知何國致白環,複道諸山得銀甕。
隱士休歌紫芝曲,詞人解撰清河頌。
田家望望惜雨幹,布穀處處催春種。
淇上健兒歸莫懶,城南思婦愁多夢。
安得壯士挽天河,淨洗甲兵長不用!』

tsuki0882

現代語訳と訳註
(本文) #3

攀龍附鳳勢莫當,天下盡化為侯王。
汝等豈知蒙帝力?時來不得誇身強。
關中既留蕭丞相,幕下複用張子房。
張公一生江海客,身長九尺須眉蒼。
徵起適遇風雲會,扶顛始知籌策良。
青袍白馬更何有?後漢今周喜再昌。』


(下し文)#3
攣竜【はんりゅう】附鳳【ふほう】勢【いきおい】当る莫し、天下尽【ことごと】く化して侯王【こうおう】と為る。
汝等 豈に知らんや帝刀【ていとう】を蒙【こうむ】るを、時来るも身の強に誇【ほこ】ることを得ず。
関中 既に留む蕭【しょう】丞相【しょうじょう】、幕下【ばくか】復た用う張子房。
張公 一生 江海の客、身の長【たけ】九尺 須眉【しゅび】蒼たり。
徵【め】され起【た】って適【たまたま】遇う風雲の会、顛を扶けて貯めて知る籌策【ちゅうさく】の良きを。
青砲 白馬更に何か有らん、後漢 今周【こんしゅう】再び昌【さかん】なるを喜ぶ。』


(現代語訳) #3
この時にあたって竜鳳の勢に随って栄達したものの権勢はこれ以上ないほど凄いことであり、天下中が通津浦々までほとんど誰もかれもみんな侯とか王とかいう身分のものへと早がわりした。
汝等はよもや気がつくまいがすべて天子の御恩徳のおかげをこうむっただけのことなのである、好運がきたからとてわが身が強く、賢いからだといったためこんにちの位置を得たなどと奢ってはならないのである。
関内では己に漢の蕭何の役割を果たした杜鴻漸をのこしおかれ、惟幄の謀臣としては同じく張良に此すべき張鎬をお用いになっている。
張公はその一生は江海の武人で豪傑である、身のたけといえば九尺もありほほひげや眉毛は蒼然としている。
この人が天子よりめされてたちあがったことによって風雲重なる乱世の時節にであい、国家がまさに顛覆されんとするのを助け起したので、初めていかにこの人のはかりごとがよかったかが知られることになったというものだ。
もはや侯景の様な青袍白馬の大義のない叛乱の将等というのは物の数ではない。後漢光武の世、周の宣王の世が粛宗によって今日ふたたびさかんになるに至ったことはよろこばしいことである。』

安史期のアジアssH

(訳注)
攀龍附鳳勢莫當,天下盡化為侯王。

この時にあたって竜鳳の勢に随って栄達したものの権勢はこれ以上ないほど凄いことであり、天下中が通津浦々までほとんど誰もかれもみんな侯とか王とかいう身分のものへと早がわりした。
攀竜附鳳 「漢書」の伝賛に「竜に攀じ鳳に附し、並んで天衛に乗じ、雲起り竜驤り、化して侯王と為る。」とみえる、竜鳳は天子、皇帝をさす、そのうろこ、つばさにつかまりくっついて英雄豪傑が高い地位にのぼることをいう。○勢莫当 その英雄らの権勢さかんにして他のものはこれに対当することができぬ。○化為侯王 此の詩の中で出て來る人物を指す<広平王俶、郭子儀、李光弼、王思礼>。人物がみな功によって侯とか王とかの貴爵をもらう。


汝等豈知蒙帝力?時來不得誇身強。
汝等はよもや気がつくまいがすべて天子の御恩徳のおかげをこうむっただけのことなのである、好運がきたからとてわが身が強く、賢いからだといったためこんにちの位置を得たなどと奢ってはならないのである。
汝等 侯王をさす。○豈知 知らぬ、というのは知らぬまに被っていることをいう。○蒙帝力 天子のおかげをこうむっている。〇時来 時運の到来すること。○身強 強くして武功をたでたことをいう。本当に力があって勲功を立てたわけではなく、チャンスが来ただけのことであろう。


關中既留蕭丞相,幕下複用張子房。
関内では己に漢の蕭何の役割を果たした杜鴻漸をのこしおかれ、惟幄の謀臣としては同じく張良に此すべき張鎬をお用いになっている。
関中 函谷関から西、長安一帯までをいう、長安地方ということ。此の句及び次の句は、漢の事を以て唐の事をいう。○蕭丞相 漢の高祖の臣蕭何、唐の杜鴻漸をさす。粛宗即位の初めにおいて杜鴻漸は糧食器械等の事にカをつくした。粛宗は喜んで「霊武(粛宗即位の地)は吾の関中、卿は乃ち吾の蕭何ナリ。」といった。(或は蕭華または房琯をいうとの説がある。)○幕下 惟幄のもと、はかりごとをめぐらす場所をいう。○張子房 漢の三傑の一人張良。これは唐の張鎬をさす。757年至徳二載の五月に房琯が相を罷め、鎬がこれに代わった、758年両京を奪回したのはみな張鎬が相であった時のことである。


張公一生江海客,身長九尺須眉蒼。
張公はその一生は江海の武人で豪傑である、身のたけといえば九尺もありほほひげや眉毛は蒼然としている。
張公 張鎬のこと、張子房の張の字をうける。○江海客 心を江湖にほしいままにする人、蓋し志気闊大にして吏僚の習気なき人であることをいう。○ ほほびげ。


徵起適遇風雲會,扶顛始知籌策良。
この人が天子よりめされてたちあがったことによって風雲重なる乱世の時節にであい、国家がまさに顛覆されんとするのを助け起したので、初めていかにこの人のはかりごとがよかったかが知られることになったというものだ。
徵起 天子よりめされてたちあがる。張鎬は布衣より左拾遺に任ぜられ、玄宗が局に弄ったときこれに従い、玄宗の使者として鳳翔の粛宗の行宮にいたり、のち諌議大夫となりまた房琯に代わって宰相となった。杜甫は房琯事件のとき張鎬に救われたのである。○風雲会 雲が風にただよえるとき即ち乱世にであう、会は機会。○扶顛 家屋のくつがえらんとするのを手をそえてささえる、国家の顛覆をふせぐことをいう。○籌策良 はかりごとのよいこと。

 
青袍白馬更何有?後漢今周喜再昌。』
もはや侯景の様な青袍白馬の大義のない叛乱の将等というのは物の数ではない。後漢光武の世、周の宣王の世が粛宗によって今日ふたたびさかんになるに至ったことはよろこばしいことである。』 
青袍白馬 梁の侯景の故事。大同中に「青糸白馬寿陽より来たる」という童謡がはやった。景が渦陽の敗に錦を求めたところ、朝廷は給するのに青布を以てした。景はことごとく用いて袍となし、白馬に乗り青糸を轡となして童謡の語に応じょぅとした。青袍白馬は侯景が叛いたときのいでたちであり、今借りて安史軍の史思明・安慶緒等をさす。○更何有 意とするに足らないことをいう。○後漢今周  後漢は光武帝の中興をさし、今周は今日において周の宜王の再起したことをいう、竝に粛宗をたとえていう。○再昌 「攀竜」の句より「後漢」の句までは、功臣は恩寵をたのむべからず、宰相は其の人を得て、唐朝復興の兆のあることを喜ぶことをいう。