留花門 #2 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1007 杜甫特集700- 300
(花門すなわち回紇種族<ウイグル騎馬民族>の兵を内地にどめておくこと)

花門すなわち回紇種族の兵を内地にとどめておくことにつき、そのとどめておくべからざることをのべた詩である。製作時は乾元元年秋とする。
 

留花門 #1
北門天驕子,飽肉氣勇決。
高秋馬肥健,挾矢射漢月。」
自古以爲患,詩人厭薄伐。
修德使其來,羈縻固不絕。
胡爲傾國至,出入暗金闕。』
#2  
中原有驅除,隱忍用此物。
いま中原の地方に安史軍、安慶緒・史思明らがはびこり、それをおいのける必要からやむを得ず、我慢してこんな異民族のウイグル騎馬民族をつかっているというわけだ。
公主歌黄鵠,君王指白日。
さらに我が天子の姫宮を回紇に嫁がせたが、姫宮さまは故郷をなつかしみ「黄鵠の歌」をうたわれた。我が天子には彼と兄弟国の同盟のため太陽を指して誓いあわれた。
連雲屯左輔,百里見積雪。
彼らの京畿東方の地に暗雲が連なり、たむろしている。その地方は百里の遠くにわたってまっ白く雪がつもれる如く白く見えている。
長戟鳥休飛,哀笳曙幽咽。
ウイグル軍が立てならべている長い戟をみては鳥もおそれて飛ぶことをやめるし、哀れな胡笳の音があけぼのの空にむせぶが如く鳴り響いいている。
田家最恐懼,麥倒桑枝摺。』

農家は彼らが騎馬民族で農耕が分からないので最も恐れ、怖がる。それは、麦がたおされ、桑の枝が折られたりするからである。』(農耕民族の軍隊は、田畑を荒らすことは避ける作戦をとるものであるが、騎馬民族は、戦を勝つことのみで作戦をとる。)
#3
沙苑臨清渭,泉香草豐潔。
渡河不用船,千騎常撇烈。
胡塵逾太行,雜種抵京室。
花門既須留,原野轉蕭瑟。』


(花門を留む)#1
花門は天の驕子【きょうし】、肉に飽きて気勇決【ゆうけつ】なり。
高秋 馬 肥健【ひけん】なり、矢を挾【さしはさ】みて漢月を射る。」
古より以て患【うれ】えと為す、詩人薄伐【はくばつ】を厭【いと】う。
徳を修【おさ】めて其をして来たらしむ、羈縻【きひ】固【もと】より絶えず。
  くに かたむ いた  しゆつにゆうっ くら
胡為【なんす】れぞ国を傾けて至、出入金闘【きんけつ】に暗きや。
#2
中原に駆除有り、隠忍して此の物を用う。』
公主黄鵠【こうかく】を歌い、君王白日【はくじつ】を指す。
雲に連なりて左輔に屯【ちゅん】す 百里積雪を見る。
長戟【ちょうげき】飛ぶことを休む、哀笳【あいか】曙【あけぼの】幽咽【ゆうえつ】す。
田家 最も恐懼【きょうく】す,麥 倒れて桑枝【そうし】摺る。』

#3
沙苑 清渭に臨む,泉 香【かんば】しく草豐 潔【けつ】なり。
河を渡るには船を用いず,千騎 常に撇烈【へつれつ】たり。
胡塵【こじん】太行を逾【こ】え,雜種 京室【けいしつ】に抵【いた】らんとす。
花門既に留むるを須【ま】たば、原野転【うた】た蕭瑟【しょうひつ】たらん。』


現代語訳と訳註 #2
(本文)   #2 
 
中原有驅除,隱忍用此物。
公主歌黄鵠,君王指白日。
連雲屯左輔,百里見積雪。
長戟鳥休飛,哀笳曙幽咽。
田家最恐懼,麥倒桑枝摺。』


(下し文) #2
中原に駆除有り、隠忍して此の物を用う。』
公主黄鵠【こうかく】を歌い、君王白日【はくじつ】を指す。
雲に連なりて左輔に屯【ちゅん】す 百里積雪を見る。
長戟【ちょうげき】飛ぶことを休む、哀笳【あいか】曙【あけぼの】幽咽【ゆうえつ】す。
田家 最も恐懼【きょうく】す,麥 倒れて桑枝【そうし】摺る。』


(現代語訳) #2
いま中原の地方に安史軍、安慶緒・史思明らがはびこり、それをおいのける必要からやむを得ず、我慢してこんな異民族のウイグル騎馬民族をつかっているというわけだ。
さらに我が天子の姫宮を回紇に嫁がせたが、姫宮さまは故郷をなつかしみ「黄鵠の歌」をうたわれた。我が天子には彼と兄弟国の同盟のため太陽を指して誓いあわれた。
彼らの京畿東方の地に暗雲が連なり、たむろしている。その地方は百里の遠くにわたってまっ白く雪がつもれる如く白く見えておる。
ウイグル軍が立てならべている長い戟をみては鳥もおそれて飛ぶことをやめるし、哀れな胡笳の音があけぼのの空にむせぶが如く鳴り響いいている。

農家は彼らが騎馬民族で農耕が分からないので最も恐れ、怖がる。それは、麦がたおされ、桑の枝が折られたりするからである。』(農耕民族の軍隊は、田畑を荒らすことは避ける作戦をとるものであるが、騎馬民族は、戦を勝つことのみで作戦をとる。)


(訳注)#2  
中原有驅除,隱忍用此物。
いま中原の地方に安史軍、安慶緒・史思明らがはびこり、それをおいのける必要からやむを得ず、我慢してこんな異民族のウイグル騎馬民族をつかっているというわけだ。
中原 洛陽方面をさす。○駆除 駆り除くべきもの、安史軍、安慶緒・史思明らをさす。○隠忍 がまんして。○此物 回紇(ウイグル騎馬民族)のえぴすをさしていう。


公主歌黄鵠,君王指白日。
さらに我が天子の姫宮を回紇に嫁がせたが、姫宮さまは故郷をなつかしみ「黄鵠の歌」をうたわれた。我が天子には彼と兄弟国の同盟のため太陽を指して誓いあわれた。
公主歌黄鵠 公主は天子の姫宮をいう、「公羊伝」に「天子至尊、嫁女不自主娘、使同姓主之、故曰公主」(天子至尊、女として嫁してより娘を主とせざる、同姓之を主として使う、故に公主と曰う)とある。○歌黄鵠 ・黄鵠:おおとりの名。前漢の昆莫の故事がある、漢の武帝の元封中に、匈奴、大宛国を抑えるため、江東王建の娘の細君を公主にして、西域の鳥孫国を建国した昆莫に妻わせた、昆莫は時老人であり、またことぱも通じず、公主は悲しんで歌を作ったが、その中に「願わくは黄鵠と為りて故郷に帰らん」の句がある。事実は唐より回紇ヘ女を嫁にやったことをいう、756年乾元元年七月、粛宗はその幼女寧国公主を回紇可汗に妻わせた、可汗は公主を可敦(回紇の皇后)とし、三千騎を唐の二都奪還のための援軍とした。本ブログ、杜甫『黄河二首』に概要概説があるこれが成功し、安慶緒を鄴城に追い詰めることができたのだ。○君王指白日 天子が回紇と親睦のかたい誓約をなすことをいう、君とは天子粛宗をさす、王とは回紇可汗、「指白日」とは誓いの方法で、白日に誓うである。誰もが明白なものとしているもの指して誓う。これは古の風習で、太陽をさし、或は長江黄河の水をさすといった類、北斗七星の場合もある。


連雲屯左輔,百里見積雪。
彼らの京畿東方の地に暗雲が連なり、たむろしている。その地方は百里の遠くにわたってまっ白く雪がつもれる如く白く見えている。
雲多いことをいう。○ あつまる、たむろする。○左輔 沙苑の牧馬楊地方をさす、詳しくは『沙苑行』沙苑行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 91沙苑 牧馬場の名。唐の時、同州鴻功県(陝西省同州府大茘県)の南十二里に置かれる。東西八十里、南北三十里、長官として沙苑監を置く。天宝十三載安禄山を以て監事を総べさせた。○左輔 漢の時、京兆尹(けいちょういん)・左馮翊(さふうよく)・右扶風(長安及びその附近の行政区域)を三輔と称した。同州は馮翊郡に属していたので左輔という、左は東方を意味する。○白沙 東方沙苑の白い抄をいう。○如白水 沙色の白いことが水の白いがごとくである。○見積雪 或は回紇の衣冠は回教徒であり、白色を用うる。衣服、頭、旗幟、に白色を用いるため、白雪であり、白砂である。「沙苑行」に「左輔の白沙は白水の如し」とある。暗い色が主体の唐王朝軍に、白色の軍隊はかなり目立ち、勇猛果敢に見え圧倒したことをいうものである。


長戟鳥休飛,哀笳曙幽咽。
ウイグル軍が立てならべている長い戟をみては鳥もおそれて飛ぶことをやめるし、哀れな胡笳の音があけぼのの空にむせぶが如く鳴り響いいている。
長戟 ながいほこ。○休飛 武器のいかめしさにおそれること。
 

田家最恐懼,麥倒桑枝摺。』
農家は彼らが騎馬民族で農耕が分からないので最も恐れ、怖がる。それは、麦がたおされ、桑の枝が折られたりするからである。』(農耕民族の軍隊は、田畑を荒らすことは避ける作戦をとるものであるが、騎馬民族は、戦を勝つことのみで作戦をとる。)
田家 農家。