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新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1019 杜甫詩集700- 304 

   三吏三別:三吏;
    1. 新安の吏 2.石蒙の吏 3.潼関の吏
   三吏三別:三別;
    4.新婚の別れ 5.無家の別れ 6.垂老の別れ

その年の冬から翌年の二月ごろまで、杜甫は洛陽の東、鞏県にある旧居に、どのような事情があったのか分からないが、帰っている。時に都子儀ら九節度使の軍は二十万の兵を率いて、安慶緒を鄴城に包囲していたが、乾元二年(759)の二月、北の范陽に帰っていた史思明は南下して鄴城を救援し、三月に九節度使の軍は大敗した。郭子儀は敗軍をまとめ、洛陽を守るために河陽に陣を布いた。所用をすませて鞏県から洛陽を経て華州へ帰る途中、杜甫は都城で大敗した官軍が、新安、石蒙剛の河陽で、あるいは潼関で洛陽防衛のための準備を急遽行なっているのに、出会った。

彼は帰途の見聞を「新安の吏」「石蒙の吏」「潼関の吏」および「新婚の別れ」「垂老の別れ」「無家の別れ」の、いわゆる三吏三別の詩に詠んだ。何年か前、長安で仕途を求めていたころに作った「兵車行」のころの社会情勢といえば、唐の軍隊と人民という構造で人民が強制的に徴兵、調達されていく中で完全に人民の側に立って見ている社会詩であった。しかし、この時の社会情勢は、唐王朝軍を支えなければ国が危うい。安史軍に国を目壺させられると人民は苦しむ。ウイグルの援軍をもって唐王朝が勝利してもウイグルとの間に禍根を残す、それらが人民にのしかかってくる。

「兵車行」がひたすら人民の立場に立って当時の辺境政策を批判したものであったのに比べ、三吏三別は、国難に際して、安史軍の撃退を切に願う思いと、戦乱の中で苦しんでいる人民への同情とがからみあった、矛盾の表現とならざるをえないものになっている。いま、それら「新安の吏」「石蒙の吏」「潼関の吏」の順で見てみよう。「新婚の別れ」「無家の別れ」「垂老の別れ」と見る。 

新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1019 杜甫詩集700- 304 
新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1022 杜甫詩集700- 305
新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1025 杜甫詩集700- 306

石壕吏 杜甫 三吏三別詩<216>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1028 杜甫詩集700- 307 
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新婚別 杜甫 三吏三別詩 <218>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1049 杜甫詩集700- 314

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新安吏
 *原注 収京収京後作。雖収両京。賦猶充斥。
杜甫の注:長安及び洛陽を奪還し、兩京を収めたといっても、安慶緒軍は道いっぱいにはびこっている。”
客行新安道、喧呼聞點兵。
わたしが新安の大街道をとおってゆくときのことである、やかましい掛け声などがして兵の点呼、点検をはじめているのがきこえる。
借問新安吏、縣小更無丁。
どういうことなのかと新安の小役人にたずねてみると、彼がいうに、「この県は小さくてこのうえもはや壮丁として徴兵すべき「壮丁」の人材がいなくなったのです。
府帖昨夜下、次選中男行。
ゆうべ兵籍帖が幕府からさがってきましたが、これから第二選別の若者を選び「中男」としてこんどゆくのでございます」と。
中男絕短小、何以守王城。』

中男というもの、見ればひどく背も低く、身なりも小さいが、どうしてこんなおとこで洛陽の王城が守れるというのか。』
肥男有母送、瘦男獨伶俜。
白水暮東流、青山猶哭聲。
莫自使眼枯、收汝淚縱橫。
眼枯即見骨、天地終無情。』
我軍取相州、日夕望其平。
豈意賊難料、歸軍星散營。
就糧近故壘、練卒依舊京。
掘壕不到水、牧馬役亦輕。
況乃王師順、撫養甚分明。
送行勿泣血、僕射如父兄。』

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(新安の吏)
 *原注 京を収めて後作る。両京を収むと雖も賊猶を充斥する。
客 行く新安の道、喧呼【けんこ】兵を點ずるを聞く。
新安の吏に借問すれば、「縣小にして更に丁無し。
府帖 昨夜下り、次選 中男行く。」と。
中男絕【はなは】だ短小なり、何を以てか王城を守らん。』

肥男【ひだん】は母の送る有り、瘦男【そうだん】は獨り伶俜【れいへい】たり。
白水暮に東流し、青山【せいざん】猶ほ哭聲【こくせい】。
自から眼をして枯らしむる莫かれ、汝が淚の縱橫たるを收めよ。
眼枯れ即ち骨を見【あら】わすも、天地は終【つい】に情無し。』

我が軍 相州を取る、日夕【にっせき】其の平らかならんことを望む。
豈に意【おも】わんや賊の料【はか】り難く、歸軍して營に星散す。
糧に就きて故壘【こるい】に近づき、卒を練って舊京【きゅうけい】に依る。
壕を掘るも 水に到らず、馬を牧する役も亦輕し。
況んや乃ち王師は順なるをや、撫養【ぶよう】甚【はなは】だ分明なり。
送行するも血に泣くこと勿かれ、僕射【ぼくや】は父兄【ふけい】の如し。


杜甫乱前後の図003鳳翔

現代語訳と訳註
(本文) 新安吏

 *原注 収京収京後作。雖収両京。賦猶充斥。
客行新安道、喧呼聞點兵。
借問新安吏?縣小更無丁。
府帖昨夜下、次選中男行。
中男絕短小、何以守王城。』


(下し文) (新安の吏)
 *原注 京を収めて後作る。両京を収むと雖も賊猶を充斥する。
客 行く新安の道、喧呼【けんこ】兵を點ずるを聞く。
新安の吏に借問すれば、「縣小にして更に丁無し。
府帖 昨夜下り、次選 中男行く。」と。
中男絕【はなは】だ短小なり、何を以てか王城を守らん。』


(現代語訳)
新安の吏
“杜甫の注:長安及び洛陽を奪還し、兩京を収めたといっても、安慶緒軍は道いっぱいにはびこっている。”

わたしが新安の大街道をとおってゆくときのことである、やかましい掛け声などがして兵の点呼、点検をはじめているのがきこえる。
どういうことなのかと新安の小役人にたずねてみると、彼がいうに、「この県は小さくてこのうえもはや壮丁として徴兵すべき「壮丁」の人材がいなくなったのです。
ゆうべ兵籍帖が幕府からさがってきましたが、これから第二選別の若者を選び「中男」としてこんどゆくのでございます」と。
中男というもの、見ればひどく背も低く、身なりも小さいが、どうしてこんなおとこで洛陽の王城が守れるというのか。』


(訳注)
新安の吏
 *原注 収京後作。雖収両京。賊猶充斥。
“杜甫の注:長安及び洛陽を奪還し、兩京を収めたといっても、安慶緒軍は道いっぱいにはびこっている。
○新安 河南省河南府の新安県。○収束 京は長安及び洛陽をさす。○賊 安慶緒らの軍。kanbuniinkaiでは官軍と賊軍という分けかたはしないで、叛乱軍。叛乱軍は大別して安慶緒軍と史思明の軍で構成、節度使、潘鎮が混入、異民族の軍隊、傭兵軍で集散するのである。そのため10年も続くのである。独自の動きをした叛乱もある。潘鎮、王朝血族の叛乱もある。その間、叛乱軍の権力構造閒変わるので史実に合わせ、訳していく。ここは、相州、鄴城に立て籠もった安慶緒軍をいう。○充斥 『左伝、㐮公三十一年』にみえる、みちひろがること。


客行新安道、喧呼聞點兵。
わたしが新安の大街道をとおってゆくときのことである、やかましい掛け声などがして兵の点呼、点検をはじめているのがきこえる。
○客 旅客、作者自ずからをいう。○喧呼 やかましく大ごえをだす。○点兵 兵籍に点つけをして人数をしらべる。


借問新安吏、縣小更無丁。
どういうことなのかと新安の小役人にたずねてみると、彼がいうに、「この県は小さくてこのうえもはや壮丁として徴兵すべき「壮丁」の人材がいなくなったのです。
〇借 作者がかりにたずねる。○ 県の小役人。○県小 此の句より「次選」の句までは更のことばである。○無丁は壮丁、兵卒としてめしだされるわかい働き盛りの男子。


府帖昨夜下、次選中男行。
ゆうべ兵籍帖が幕府からさがってきましたが、これから第二選別の若者を選び「中男」としてこんどゆくのでございます」と。
府帖 府がだした兵籍、府は幕府、県の上級官庁。○ 県へきたこと。○次選 第一位のものがなくなったために、第二位のものをえらぶこと。○中男 唐では民を年齢によって黄・小・中・丁・老などに区別する。年次によってちがいがあるが、天宝三載には十八歳以上を中男とし、二十三歳以上を丁とした、ここは丁が無いので中男をとることをいう。○ 東都をまもるためにゆく。


中男絕短小、何以守王城。』
中男というもの、見ればひどく背も低く、身なりも小さいが、どうしてこんなおとこで洛陽の王城が守れるというのか。』
中男絶短小 此の句及び次句は作者の胸中をいう、短小はからだのせいがひくくちいさいこと。○王城 東都洛陽の城