新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1025 杜甫詩集700- 306
 
三吏三別:三吏
1. 新安の吏 2.石蒙の吏 3.潼関の吏
三吏三別:三別
4.新婚の別れ 5.無家の別れ 6.垂老の別れ

1.新安吏 

1019304新安吏 #1
1022305新安吏 #2
1025306

新安吏 #3



新安吏

 *原注 収京収京後作。雖収両京。賦猶充斥。
客行新安道、喧呼聞點兵。
借問新安吏、縣小更無丁。
府帖昨夜下、次選中男行。
中男絕短小、何以守王城。』
#2
肥男有母送、瘦男獨伶俜。
白水暮東流、青山猶哭聲。
莫自使眼枯、收汝淚縱橫。
眼枯即見骨、天地終無情。』
#3
我軍取相州、日夕望其平。
我が連合軍は安慶緒軍の相州(都城)を包囲し、奪取するというので、誰もみんな、朝から晩まで日のあるうちは、それが平らぐのを待っている。
豈意賊難料、歸軍星散營。
それに安慶著軍に意外にも史思明が援軍を送ったことは予想もしていなかったことだ、安史軍の勝利で九節度のそれぞれの軍はもどり軍隊となり、星を散らすように、それぞれの陣営にかえってしまった。
就糧近故壘、練卒依舊京。
そのうちで郭子儀の朔方軍は洛陽の近くのこれまでの塞に糧食に就き、旧京である洛陽を死守しようとして訓練をし、隊列を整えた。
掘壕不到水、牧馬役亦輕。
水の出る所まで深く掘るというではなく、壕を掘ったり、馬が役割を十分できるように、又軽い力わざを出せるように馬を牧養するという。
況乃王師順、撫養甚分明。
そのうえ勅命を受けている軍、天の順序、正道にかなっている軍隊であり、その兵卒を愛し、養うてくださることはだれにもはっきりわかっていることなのだ。
送行勿泣血、僕射如父兄。』

出兵する自分の子どもの出征をみおくるにしても血の涙を流して哭くには及ばないのである。総司令官である郭僕射は出征兵士にとっては父兄のように慈しんでくださるお方であるのだ。』

(新安の吏)
 *原注 京を収めて後作る。両京を収むと雖も賊猶を充斥する。
客 行く新安の道、喧呼【けんこ】兵を點ずるを聞く。
新安の吏に借問すれば、「縣小にして更に丁無し。
府帖 昨夜下り、次選 中男行く。」と。
中男絕【はなは】だ短小なり、何を以てか王城を守らん。』
#2
肥男【ひだん】は母の送る有り、瘦男【そうだん】は獨り伶俜【れいへい】たり。
白水暮に東流し、青山【せいざん】猶ほ哭聲【こくせい】。
自から眼をして枯らしむる莫かれ、汝が淚の縱橫たるを收めよ。
眼枯れ即ち骨を見【あら】わすも、天地は終【つい】に情無し。』
#3

我が軍 相州を取る、日夕【にっせき】其の平らかならんことを望む。
豈に意【おも】わんや賊の料【はか】り難く、歸軍して營に星散す。
糧に就きて故壘【こるい】に近づき、卒を練って舊京【きゅうけい】に依る。
壕を掘るも 水に到らず、馬を牧する役も亦輕し。
況んや乃ち王師は順なるをや、撫養【ぶよう】甚【はなは】だ分明なり。
送行するも血に泣くこと勿かれ、僕射【ぼくや】は父兄【ふけい】の如し。

唐宋時代鄴城05


現代語訳と訳註
(本文)

我軍取相州、日夕望其平。
豈意賊難料、歸軍星散營。
就糧近故壘、練卒依舊京。
掘壕不到水、牧馬役亦輕。
況乃王師順、撫養甚分明。
送行勿泣血、僕射如父兄。』


(下し文)
我が軍 相州を取る、日夕【にっせき】其の平らかならんことを望む。
豈に意【おも】わんや賊の料【はか】り難く、歸軍して營に星散す。
糧に就きて故壘【こるい】に近づき、卒を練って舊京【きゅうけい】に依る。
壕を掘るも 水に到らず、馬を牧する役も亦輕し。
況んや乃ち王師は順なるをや、撫養【ぶよう】甚【はなは】だ分明なり。
送行するも血に泣くこと勿かれ、僕射【ぼくや】は父兄【ふけい】の如し。


(現代語訳)
我が連合軍は安慶緒軍の相州(都城)を包囲し、奪取するというので、誰もみんな、朝から晩まで日のあるうちは、それが平らぐのを待っている。
それに安慶著軍に意外にも史思明が援軍を送ったことは予想もしていなかったことだ、安史軍の勝利で九節度のそれぞれの軍はもどり軍隊となり、星を散らすように、それぞれの陣営にかえってしまった。
そのうちで郭子儀の朔方軍は洛陽の近くのこれまでの塞に糧食に就き、旧京である洛陽を死守しようとして訓練をし、隊列を整えた。
水の出る所まで深く掘るというではなく、壕を掘ったり、馬が役割を十分できるように、又軽い力わざを出せるように馬を牧養するという。
そのうえ勅命を受けている軍、天の順序、正道にかなっている軍隊であり、その兵卒を愛し、養うてくださることはだれにもはっきりわかっていることなのだ。
出兵する自分の子どもの出征をみおくるにしても血の涙を流して哭くには及ばないのである。総司令官である郭僕射は出征兵士にとっては父兄のように慈しんでくださるお方であるのだ。』


(訳注)
我軍取相州、日夕望其平。

我が連合軍は安慶緒軍の相州(都城)を包囲し、奪取するというので、誰もみんな、朝から晩まで日のあるうちは、それが平らぐのを待っている。
我軍 唐王朝・回紇連合軍。王朝軍は郭子儀たち九節度使軍、節度使が連合していない。○相州 鄴城。洛陽から東北へ太行山脈を越て350km。○日夕 旦夕(旦は朝の初めから昼まで、夕葉日が落ち始めた2時以降しずむ頃まで)として用いる。○ こちらが希望する。


豈意賊難料、歸軍星散營。
それに安慶著軍に意外にも史思明が援軍を送ったことは予想もしていなかったことだ、安史軍の勝利で九節度のそれぞれの軍はもどり軍隊となり、星を散らすように、それぞれの陣営にかえってしまった。
豈意 意外にも。安慶緒に范陽の史思明が援軍を送ることを予想していなかった。○ 予想する。○帰軍 九節度の敗軍をいう、帰(もどってくる)の字を用いたのはまさに予想以上の大敗で攻める余地のないほど圧倒されたことを示す。○星散営 敗軍がそれぞれの軍営に星のごとくばらばらにちらはってかえる。以下の詩は同じように大敗をしたことに対する詩である。

悲陳陶 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 152

悲青坂 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 153



就糧近故壘、練卒依舊京。
そのうちで郭子儀の朔方軍は洛陽の近くのこれまでの塞に糧食に就き、旧京である洛陽を死守しようとして訓練をし、隊列を整えた
○就 兵食のある場所につく。○故塁 洛陽ちかくのもとのとりで。○練卒 兵卒を訓練する。○ 根拠とする。○旧京 洛陽をさす。


掘壕不到水、牧馬役亦輕。
水の出る所まで深く掘るというではなく、壕を掘ったり、馬が役割を十分できるように、又軽い力わざを出せるように馬を牧養するという。
掘凌 ほりをほる。○不到水 浅くほることをいう。騎馬を走りにくくするための壕。○牧馬 うまをまきばでかう。○ 力しごと。


況乃王師順、撫養甚分明。
そのうえ勅命を受けている軍、天の順序、正道にかなっている軍隊であり、その兵卒を愛し、養うてくださることはだれにもはっきりわかっていることなのだ。
王師順 王師は勅命を受けている軍、天の順序、正道にかなっていることをいう。○撫養 兵卒を愛撫し食物をあたえること。○分明 その事の疑うべからざることをいう、だれにもはっきりわかっている。


送行勿泣血、僕射如父兄。』
出兵する自分の子どもの出征をみおくるにしても血の涙を流して哭くには及ばないのである。総司令官である郭僕射は出征兵士にとっては父兄のように慈しんでくださるお方であるのだ。』
送行 ここで中男が戦争にゆくのを見おくる。○泣血 血のなみだをだして哭く。○僕射 郭子儀をさす、子儀は至徳二載五月に潏水に敗れ、司徒より降されて左僕射となった。乾元の初めには中書令であったので前の「洗兵行」には「郭相」といっているが、この詩はまた貶官を用いて僕射と称している、僕射は射をつかさどるという意味であるという。○如父兄 兵卒に対して親切なことをいう。郭子儀は李白の助命嘆願をしている。部下を可愛がる。