潼関吏  杜甫 三吏三別詩<217>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1037 杜甫詩集700- 310
潼関吏 (三吏三別)

(潼関の吏)
官軍は相州(鄴城)を囲んで敗れ、その後、らくよもおちる。そのたため、潼関を修理して安氏軍の攻撃から防ごうとした。作者はたまたまその防禦築城の場所を通りかかり、役人と問答してこの詩を作った。
759年乾元2年春48歳

新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1019 杜甫詩集700- 304 
新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1022 杜甫詩集700- 305
新安吏 杜甫 三吏三別詩<215>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1025 杜甫詩集700- 306

石壕吏 杜甫 三吏三別詩<216>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1028 杜甫詩集700- 307 
石壕吏 杜甫 三吏三別詩<216>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1031 杜甫詩集700- 308
石壕吏 杜甫 三吏三別詩<216>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1034 杜甫詩集700- 309 

潼関吏  杜甫 三吏三別詩<217>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1037 杜甫詩集700- 310
潼関吏  杜甫 三吏三別詩<217>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1040 杜甫詩集700- 311

新婚別  杜甫 三吏三別詩<218>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1043 杜甫詩集700- 312
新婚別 杜甫 三吏三別詩 <218>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1046 杜甫詩集700- 313
新婚別 杜甫 三吏三別詩 <218>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1049 杜甫詩集700- 314

無家別 杜甫 三吏三別詩 <219>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1052 杜甫詩集700- 315 
無家別 杜甫 三吏三別詩 <219>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1055 杜甫詩集700- 316 
無家別 杜甫 三吏三別詩 <219>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1058 杜甫詩集700- 317 

垂老別 杜甫 三吏三別詩 <220>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1061 杜甫詩集700- 318
垂老別 杜甫 三吏三別詩 <220>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1064 杜甫詩集700- 319
垂老別 杜甫 三吏三別詩 <220>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1067 杜甫詩集700- 320
潼関吏 #1
潼関駅の吏を見る
士卒何草草、築城潼関道。」
ここの潼関の駅ではどうしてあのように忙しく兵卒が塞城をきずいているのだろうか。』
大城鉄不如、小城満丈余。
それは、この大きな城は堅固に作られ、鉄さえおよはぬほどのものであり、小さな城は万丈あまりの高いところにきずかれている。
借問潼関吏、修関還備胡。」
なぜこのようにするのかと潼関の役人に尋ねてみると、役人のいうには、「この関所を修理してまた安史軍が攻めてくるのにそなえるのだ」という。』
要我下馬行、為我指山隅。
そういって役人は私に対し馬から降りてあるかせ、山のすみの方向を指さしてわたしのために示したのだ。
連雲列戦格、飛鳥不能踰。』

その方をみると雲にまでつづいて障害物の柵がならんでおり、飛ぶ鳥さえ飛び越えられないほどの厳重さである。』
#2
胡来但自守、豈復憂西都。」
丈人視要処、窄狹容單車。
艱難奮長戟、萬古用一夫。」
哀哉桃林戦、百萬化為魚。
請嘱防関将、慎勿学哥舒。』

(潼関の吏)#1
士卒何ぞ草草たる,城を築く潼関の道。』
大城は鉄も如かず,小城は満丈余。
潼関の吏に借問す,関を修めて還た胡に備う。』
我を要して馬を下りて行く,我が為に山隅を指す。
雲を連ねて戦格に列し,飛鳥踰えること能はず。』

#2
胡来たれば但だ自ら守り,豈に復た西都を憂う。」
丈人要処を視よ,窄狹にして單車を容る。
艱難長戟を奮う,萬古一夫を用いる。』
哀い哉桃林の戦,百萬化して魚と為る。
請う防関の将に嘱し,慎て哥舒を学ぶこと勿れ。』


現代語訳と訳註
(本文) 潼関吏 #1
士卒何草草、築城潼関道。」
大城鉄不如、小城満丈余。
借問潼関吏、修関還備胡。」
要我下馬行、為我指山隅。
連雲列戦格、飛鳥不能踰。』


(下し文) (潼関の吏)#1
士卒何ぞ草草たる,城を築く潼関の道。』
大城は鉄も如かず,小城は満丈余。
潼関の吏に借問す,関を修めて還た胡に備う。』
我を要して馬を下りて行く,我が為に山隅を指す。
雲を連ねて戦格に列し,飛鳥踰えること能はず。』


(現代語訳)
潼関駅の吏を見る
ここの潼関の駅ではどうしてあのように忙しく兵卒が塞城をきずいているのだろうか。』
それは、この大きな城は堅固に作られ、鉄さえおよはぬほどのものであり、小さな城は万丈あまりの高いところにきずかれている。
なぜこのようにするのかと潼関の役人に尋ねてみると、役人のいうには、「この関所を修理してまた安史軍が攻めてくるのにそなえるのだ」という。』
そういって役人は私に対し馬から降りてあるかせ、山のすみの方向を指さしてわたしのために示したのだ。
その方をみると雲にまでつづいて障害物の柵がならんでおり、飛ぶ鳥さえ飛び越えられないほどの厳重さである。』


(訳注)潼関吏
潼関駅の吏を見る
潼関駅 陝西省華州華陰県の東北、河南省河南府関郷県の西六十里35kmにある。

杜甫乱前後の図003鳳翔

士卒何草草、築城潼関道:
ここの潼関の駅ではどうしてあのように忙しく兵卒が塞城をきずいているのだろうか。』
士卒 兵卒。○草草 労苦するさま、せわしそうなさま。○築城 城は城壁。潼関は黄河が南下して槻そして直角に曲がり東流して行く地点で、北と東から長安を目指して來る敵軍を守る要衝の地である。


大城鉄不如、小城満丈余:
それは、この大きな城は堅固に作られ、鉄さえおよはぬほどのものであり、小さな城は万丈あまりの高いところにきずかれている。
大城 大きな城壁。○鉄不如 鉄の堅きもそれにおよはぬ、城の極めて堅固なことをいう。○小城小さい城壁。〇万丈余 これは山巌にまたがって、尾根に沿ってきずくために甚だ高いのである。


借問潼関吏、修関還備胡:
なぜこのようにするのかと潼関の役人に尋ねてみると、役人のいうには、「この関所を修理してまた安史軍が攻めてくるのにそなえるのだ」という。』
借問 作者が試みに問う。○修関還備胡 此の句は更が答えたことばである、修関とはこの潼関を修理すること、還はまた、この前に755年11月安禄山が叛乱し、約1カ月755年12月で洛陽城が落ち、756年6月戦力は圧倒的に多かった哥舒翰軍が大敗した(この詩の最終句に引用)。同月長安も落ちた。その後唐王朝は757年長安、洛陽を回紇(ウイグル)との連合軍で戦って兩京を奪還した。そして758年冬相州鄴城に九節度使軍が安慶緒を包囲したが、范陽の史思明が安慶緒を撃ち、安慶緒軍を手中に入れ、再度洛陽を落した。史思明軍が長安に攻め込むというので潼関の守りを整えている時期であった。は哥舒翰が敗れたにかかわらずこんどもまたの意、とは安慶緒・史思明らの安史軍をいう。


要我下馬行、為我指山隅。
そういって役人は私に対し馬から降りてあるかせ、山のすみの方向を指さしてわたしのために示したのだ。
 遇に同じ、むかえること。たいすること。○ 作者。○指 吏がゆぴざしてしめす。○山隅 山のすみのかた。


連雲列戦格、飛鳥不能踰。』
その方をみると雲にまでつづいて障害物の柵がならんでおり、飛ぶ鳥さえ飛び越えられないほどの厳重さである。』
連雲 雲につらなるとは高いことをいう。○戦格 格とは障害物をいう、戦格は防禦用の柵。○不能踰 厳重にして飛びこえることができぬ。