無家別 杜甫 三吏三別詩 <219>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1058 杜甫詩集700- 317 
母も妻子も亡くなった孤独な男が、戦場から帰って来たばかりで、また征役に出されようとして,その家に別れ去る心を述べた詩。華州での作。
乾元2年 759年 48歳

無家別    杜 甫
寂寞天宝後、園盧但蒿藜。
我里百余家、世乱各東西。
存者無消息、死者為塵泥。』
賎子因陣敗、帰来尋旧蹊。
久行見空巷、日痩気惨凄。
但對狐與狸,豎毛怒我啼。』

四隣何所有、一二老寡妻。
宿鳥戀本枝、安辭且窮棲。
方春獨荷鋤、日暮還潅畦。』
県吏知我至、召令習鼓鞞
雖従本州役、内顧無所携。

近行止一身、遠去終轉迷。
たとえ県内だけの近い所を行くにも我が身ひとつであるし、もしもっと遠方の地に行くのであったら、結局、どうしようもないことであり、前途わけのわからぬ境涯になってしまうことである。
家郷既盪盡、遠近理亦斎。』
しかし妻子眷屬誰もいない中で自分が出征したのは一家一郷、すでに何もすっかり無くなっていることだ、だから、遠かろうが近かろうが何処であっても、良い運命に出会っていないという道理が同じことでどうでもよいことなのだ。』
永痛長病母、五年委溝谿。
自分(杜甫)がことに永久痛ましく思うことは、自分の長患いをした母親のことだが、五年の間、みぞやたににうちすててあるのと同じことだ。
生我不得力、終身両酸嘶。
自分(杜甫)を産んでくれたのに自分から扶養してあげられなかった、これについては母も自分も酷く辛く思って泣いたのだ。
人生無家別、何似為蒸黎。』

人が生きていく上で、別れるべき家人を持たない別れをすること、帰る場所、待ってくれる人がいない別れというものがあるのだ。このように根無し草になってしまうことなのに、どうして国の民ということができるのか!。』

(無家の別れ)
寂寞【せきばく】たり天宝の後,園盧【えんろ】但だ蒿藜【こうれい】。
我が里 百余家,世 乱れて各ゝ 東西す。
存する者 消息無く,死せる者は塵泥【じんでい】と為れり。』
賎子【せんし】陣敗【じんぱい】に因り,帰り来たって旧蹊【きゅうけい】を尋ねる。
久行【きゅうこう】空巷【くうこう】を見る,日 痩【やせ】て 気 惨凄【さんせい】なり。
但だ狐と狸とに対す 毛を竪【た】てて 我を怒りて啼く。』
#2
四隣は何の有る所ぞ,一二の老 寡妻【かさい】。
宿鳥【しゅくちょう】本枝【ほんし】を恋う,安んぞ且つ窮棲【きゅうせい】するを辞せん。
方に春にして獨り鋤【すき】を荷【にな】う,日暮【にちぼ】還た畦【けい】に潅【そそ】ぐ。』
県吏 我が至るを知る,召して鼓鞞【こへい】を習わ令む。
本州の役【えき】に従うと雖も,内に顧【かえり】みるに携【たずさ】える所無し。

#3
近く行くに止【た】だ一身,遠く去れば終に轉【うた】た迷わん。
家郷【かきょう】既に盪盡【とうじん】す,遠近 理亦た斎【ひと】し。』
永く痛む長病の母,五年 溝谿【こうけい】に委【い】するを。
我を生むも力を得ず,終身両【ふたり】ながら酸嘶【さんせい】しき。
人生 無家の別れ,何を似ってか蒸黎【じょうれい】と為さん。』


現代語訳と訳註
(本文)

近行止一身、遠去終轉迷。
家郷既盪盡、遠近理亦斎。』
永痛長病母、五年委溝谿。
生我不得力、終身両酸嘶。
人生無家別、何似為蒸黎。』

(下し文) #3
近く行くに止【た】だ一身,遠く去れば終に轉【うた】た迷わん。
家郷【かきょう】既に盪盡【とうじん】す,遠近 理亦た斎【ひと】し。』
永く痛む長病の母,五年 溝谿【こうけい】に委【い】するを。
我を生むも力を得ず,終身両【ふたり】ながら酸嘶【さんせい】しき。
人生 無家の別れ,何を似ってか蒸黎【じょうれい】と為さん。』


(現代語訳)
たとえ県内だけの近い所を行くにも我が身ひとつであるし、もしもっと遠方の地に行くのであったら、結局、どうしようもないことであり、前途わけのわからぬ境涯になってしまうことである。
しかし妻子眷屬誰もいない中で自分が出征したのは一家一郷、すでに何もすっかり無くなっていることだ、だから、遠かろうが近かろうが何処であっても、良い運命に出会っていないという道理が同じことでどうでもよいことなのだ。』
自分(杜甫)がことに永久痛ましく思うことは、自分の長患いをした母親のことだが、五年の間、みぞやたににうちすててあるのと同じことだ。
自分(杜甫)を産んでくれたのに自分から扶養してあげられなかった、これについては母も自分も酷く辛く思って泣いたのだ。
人が生きていく上で、別れるべき家人を持たない別れをすること、帰る場所、待ってくれる人がいない別れというものがあるのだ。このように根無し草になってしまうことなのに、どうして国の民ということができるのか!。』


(訳注)
近行止一身、遠去終轉迷。
近く行くに止【た】だ一身,遠く去れば終に轉【うた】た迷わん。
たとえ県内だけの近い所を行くにも我が身ひとつであるし、もしもっと遠方の地に行くのであったら、結局、どうしようもないことであり、前途わけのわからぬ境涯になってしまうことである。
近行 近郊の州、ここでは華州の役に従うということさす。○ とどまると訓じてもおなじ、便宜上“ただ”とする。〇一 わがみひとつ。○遠去 自己が遠方他処へゆくこと。○ しまいには、結局。○轉迷 案ずるに前程にめあてのないことを迷という。轉蓬を意識させる。


家郷既盪盡、遠近理亦斎。』
家郷【かきょう】既に盪盡【とうじん】す,遠近 理亦た斎【ひと】し。』
しかし妻子眷屬誰もいない中で自分が出征したのは一家一郷、すでに何もすっかり無くなっていることだ、だから、遠かろうが近かろうが何処であっても、良い運命に出会っていないという道理が同じことでどうでもよいことなのだ。』
家郷 自家も故郷も。○盪尽 人も物もすっかりなくなることをいう。前の句の轉迷が轉蓬を意識させ、この語につながる。○遠近 上の近行、遠去をうけている。○理亦斉 よい運命にであわぬという道理は相いひとしい。どうでもよいこと。


永痛長病母、五年委溝谿。
永く痛む長病の母,五年 溝谿【こうけい】に委【い】するを。
自分(杜甫)がことに永久痛ましく思うことは、自分の長患いをした母親のことだが、五年の間、みぞやたににうちすててあるのと同じことだ。
*前二句のどうしようもないことを受けていて、作者自身にもどうしようもないことを抱えているということ。○永痛 永久に心をいためる。○長病母 ながわずらいのははおや。〇五年 五年間、天宝十四載より乾元二年まで。(755~759) ○委溝谿 みぞやたににうちすててある、死んで泉下(しぜん)に帰したことをいう、溝谿は溝壑の意に用いている。


生我不得力、終身両酸嘶。
我を生むも力を得ず,終身両【ふたり】ながら酸嘶【さんせい】しき。
自分(杜甫)を産んでくれたのに自分から扶養してあげられなかった、これについては母も自分も酷く辛く思って泣いたのだ。
不得力 我が扶養を得ないことをいう。○終身 しょうがい。母と己とについていう。〇 ふたりながら、ともに。○酸噺 酷く辛く思って泣く。


人生無家別、何似為蒸黎。』
人生 無家の別れ,何を似ってか蒸黎【じょうれい】と為さん。』
人が生きていく上で、別れるべき家人を持たない別れをすること、帰る場所、待ってくれる人がいない別れというものがあるのだ。このように根無し草になってしまうことなのに、どうして国の民ということができるのか!。』
自分はこれからもその気持ちは無くならない。ああ人間世界において。
無家別 家に人なくしてしかも我が家にわかれさること、じつはわかるべきあいてのなきわかれである。○蒸黎 蒸は衆に同じ、もろもろ、おおくの意で人民。黎は黒いこと、頭になにもかぶらずかみの黒いことをあらわしておる人民をいう。