垂老別 杜甫 三吏三別詩 <220>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1061 杜甫詩集700- 318
 759年乾元2年秋~冬 48歳 秦州で華州で見たことを思い出し詩にした時の作。

「三吏」・「三別」は乾元二年春洛陽より華州へかえる途中の作とされるが、此の題の#2の「歳暮衣裳単」(歳し暮れて衣裳は単【ひとえ】)は季節の歳象をあらわすもので、759年乾元二年の秋から冬初とする。下文に「勢異鄴城下」(勢は鄴城下と異なる)とあり、759年乾元二年三月四日九節度の大敗以後であることを示すが、秋初には杜甫は秦州に赴いている。此の詩を乾元二年冬晩の作とする説もあるが、冬には杜甫は同谷に赴いている。史を案ずるのに759年乾元二年秋七月李光弼は郭子儀に代って朔万節度使兵馬元帥となり洛陽に赴き、十月史思明と河陽に戦って敗れている。詩中の「土門、杏園」は洛陽の地名で河陽に赴くものであるところから、老人は光弼の軍に赴くものとされる。時期は秋以後のことであろう。製作地は「遣興」・「佳人」等が秦州の作であることと、此の篇には冬十月の河陽の勝利を予想しておらないこととによって秦州であると考えるのが妥当である。「垂老別」はその内容から華州途上の作ではないが、「三吏三別」のくくりとしてここに置くものである。


垂老別       杜 甫
四郊未寧静、垂老不得安。
四方、どこもかしこもいまだ平和に収まらない、この老いかかった身の老人も落ち着いていることができない状況だ。
子孫陣亡尽、焉用身獨完。」
子も孫もみな戦死し尽くした今となって、どうしてこの身体だけ生きながらえていくことがなんの役に立つというのだろう。』
投杖出門去、同行為辛酸。
頼りにした杖を投げ捨てて我が家の門から出掛けてゆくと、一緒に行く仲間のものは自分のために悲しんでくれる。
幸有牙歯存、所悲骨髄乾。
幸に自分には牙や歯はまだ残っているが、悲しいことには骨の髄が干からびて関節痛になっている。
男児既介冑、長揖別上官。』

しかし自分はもはや男児として、こうして鎧兜を身につけたかぎりには、上官の方に立ち会釈して出て行くのだ。』

#2
老妻臥路啼、歳暮衣裳単。
孰知是死別、且復傷其寒。
此去必不帰、還聞勧加餐。』
土門壁甚堅、杏園度亦難。
勢異鄴城下、縦死時猶寛。」
#3
人生有離合、豈択衰盛端。
憶昔少壮日、遅廻竟長嘆。』
萬国尽征戍、烽火被岡巒。
積屍草木腥、流血川原丹。
何郷為楽土、安敢尚盤桓。 
棄絶蓬室居、搨然摧肺肝。』

老いて垂【なんな】んとする別れ #1
四郊 未だ寧静【ねいせい】ならず,老いて垂【なんな】んとして安らかなるを得ず。
子孫 陣亡【じんぼう】し尽し,焉ぞ身の獨り完【まつた】きことを用いん。
杖を投じて門を出て去る,同行し為に辛酸【しんさん】する。
幸に牙歯【きば】の存する有り,悲しむ所 骨髄【こつづい】乾く。
男児 既に介冑【かいちゅう】し,長揖【ちょういう】して上官と別れる。

#2
老妻【ろうさい】路に臥して啼く,歳暮れて衣裳は単【ひとえ】。
孰【たれ】か知らん是れ死別なるを,且つ復た其の寒からんことを傷む。
此【ここ】を去りては必らず帰らず,還た聞く加餐【かさん】を勧めるを。』
土門 壁甚【はなは】だ堅し,杏園【きょうえん】度【わた】るも亦た難し。
勢いは鄴城【ぎょうじょう】の下に異なり,縦【たと】い死しても時猶を寛【かん】ならん。」
#3
人生 離合あり、豈に衰盛の端を択【えら】ばんや。う昔,昔 少壮【しょうそう】なりし日を憶いて,遅廻【ちかい】して竟に長嘆【ちょうたん】するを。
萬国尽【ことごと】く征戍【せいじゅ】,烽火【ほうか】岡巒【こうらん】に被る。
積屍【せきし】草木【そうもく】腥【なまぐさ】く,流血 川原【せんげん】丹【あか】し。
何れの郷か楽土と為し,安んぞ敢て尚を盤桓【ばんかん】せん。
蓬室【ほうしつ】の居を棄絶【きぜつ】して,搨然【とうぜん】肺肝【はいかん】を摧【くだ】く。



四方、どこもかしこもいまだ平和に収まらない、この老いかかった身の老人も落ち着いていることができない状況だ。
子も孫もみな戦死し尽くした今となって、どうしてこの身体だけ生きながらえていくことがなんの役に立つというのだろう。』
頼りにした杖を投げ捨てて我が家の門から出掛けてゆくと、一緒に行く仲間のものは自分のために悲しんでくれる。
幸に自分には牙や歯はまだ残っているが、悲しいことには骨の髄が干からびて関節痛になっている。
しかし自分はもはや男児として、こうして鎧兜を身につけたかぎりには、上官の方に立ち会釈して出て行くのだ。』

やはり、老いた妻は路傍に伏して泣いている、歳の暮れこの寒さに単衣の薄い衣裳だけでいる。
この度の別れは死に別れになるのだと誰が知っていようか、かといって、また妻の寒そうな姿を見て心を痛めないわけにはいかないのだ。
自分は今ここを出掛ければ再び戻れないに決まっていることは分かっている、にもかかわらず妻が自分に対して少しでも多く食事をして、体を愛おしみ気を付けよといってくれるのを耳にするのである。』
絶対に負けると心配したものでもない、土門の城壁ははなはだ堅固なものであるし、杏園の渡りも安史軍が渡ってくるには困難なものである。
現在、出掛けて行く河陽の地の官軍の勢いまは鄴城の下で負けた時とは違って整えて違ってきている、たとえ戦死するにしても大敗してすぐというわけでなく、ゆとりがあるように思う。

人間世界では逢うと別れとは時節が決まり無いものであり、血気盛んなときだけ別れをさせ、衰えたときには別れをさせないというようなものではない。
しかし昔、自分がわかく元気であったときのことを思いだすと、今もあのころのようならばと考えて、ぐずぐずして前へすすまない、結局ため息して嘆くばかりなのである。』
今や天下中みんな叛乱を征伐や叛乱から守る戰ばかりで、のろし火の煙が岡や山におおわれているのである。
積まれた屍はあたりの草木までもなまぐさい臭いが充満している、血は流れて川や野原も真っ赤に染まっている。
どこの地方が安楽世界なのかと思うが、そんな所がありはしないのだ。どうして尚ここにのんびりぶらしていられようか。
こういうことが原因で自分は断然として住み慣れた蓬の家を放棄するのである。そのため意欲がなくなっており、辛さに肺や肝までくだけるのである。』


現代語訳と訳註
(本文) 垂老別 
      杜 甫
四郊未寧静、垂老不得安。
子孫陣亡尽、焉用身獨完。」
投杖出門去、同行為辛酸。
幸有牙歯存、所悲骨髄乾。
男児既介冑、長揖別上官。』

(下し文)
四郊 未だ寧静【ねいせい】ならず,老いて垂【なんな】んとして安らかなるを得ず。
子孫 陣亡【じんぼう】し尽し,焉ぞ身の獨り完【まつた】きことを用いん。
杖を投じて門を出て去る,同行し為に辛酸【しんさん】する。
幸に牙歯【きば】の存する有り,悲しむ所 骨髄【こつづい】乾く。
男児 既に介冑【かいちゅう】し,長揖【ちょういう】して上官と別れる。


(現代語訳)
四方、どこもかしこもいまだ平和に収まらない、この老いかかった身の老人も落ち着いていることができない状況だ。
子も孫もみな戦死し尽くした今となって、どうしてこの身体だけ生きながらえていくことがなんの役に立つというのだろう。』
頼りにした杖を投げ捨てて我が家の門から出掛けてゆくと、一緒に行く仲間のものは自分のために悲しんでくれる。
幸に自分には牙や歯はまだ残っているが、悲しいことには骨の髄が干からびて関節痛になっている。
しかし自分はもはや男児として、こうして鎧兜を身につけたかぎりには、上官の方に立ち会釈して出て行くのだ。』


(訳注)
垂老別

垂老 老ゆるになんなんとす、老境にちかづくことをいう。ここは、年をとって徴兵され、河陽方面へ出かける老人の悲しみを詠う。

四郊未寧静、垂老不得安。
四郊 未だ寧静【ねいせい】ならず,老いて垂【なんな】んとして安らかなるを得ず。
四方、どこもかしこもいまだ平和に収まらない、この老いかかった身の老人も落ち着いていることができない状況だ。
四郊 通常王城の四方の郊外をいう、ここでは場所の特定を意識させない四方をいう。どこもかしこも。○寧静 やすらかにしずか、平和をいう。○ 自身の安泰をいう。


子孫陣亡尽、焉用身獨完。
子孫 陣亡【じんぼう】し尽し,焉ぞ身の獨り完【まつた】きことを用いん。』
子も孫もみな戦死し尽くした今となって、どうしてこの身体だけ生きながらえていくことがなんの役に立つというのだろう。』
○陣亡 戦死。○焉用 用がない。○身独完 わがからだがひとり完全に生存する。


投杖出門去、同行為辛酸。
杖を投じて門を出て去る,同行し為に辛酸【しんさん】する。
頼りにした杖を投げ捨てて我が家の門から出掛けてゆくと、一緒に行く仲間のものは自分のために悲しんでくれる。
投杖 つえをなげだす。○出門 我が家の門を出て征役に従おうとするのである。○同行 いっしょにゆく人人。○ わがために。○辛酸 かなしくつらいおもいをしてくれる。


幸有牙歯存、所悲骨髄乾。
幸に牙歯【きば】の存する有り,悲しむ所 骨髄【こつづい】乾く。 
幸に自分には牙や歯はまだ残っているが、悲しいことには骨の髄が干からびて関節痛になっている。
幸有四句 これは老人が同行者に示す意気ごみである。○骨髄乾 乾は内分泌液のなくなること。


男児既介冑、長揖別上官。
男児 既に介冑【かいちゅう】し,長揖【ちょういう】して上官と別れる。
しかし自分はもはや男児として、こうして鎧兜を身につけたかぎりには、上官の方に立ち会釈して出て行くのだ。』
男児 老人自ずから称する、丈夫というたぐい。○介冑 よろい、かぶと。○長揖 起立しながらえしゃくすること。○上官 自己を徴発に来た役人の長であろう。