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 759年乾元2年秋~冬 48歳 秦州で華州で見たことを思い出し詩にした時の作。(3回分割の3回目)


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垂老別       杜 甫
四郊未寧静、垂老不得安。
子孫陣亡尽、焉用身獨完。」
投杖出門去、同行為辛酸。
幸有牙歯存、所悲骨髄乾。
男児既介冑、長揖別上官。』
#2
老妻臥路啼、歳暮衣裳単。
孰知是死別、且復傷其寒。
此去必不帰、還聞勧加餐。』
土門壁甚堅、杏園度亦難。
勢異鄴城下、縦死時猶寛。」
#3
人生有離合、豈択衰盛端。
人間世界では逢うと別れとは時節が決まり無いものであり、血気盛んなときだけ別れをさせ、衰えたときには別れをさせないというようなものではない。
憶昔少壮日、遅廻竟長嘆。』
しかし昔、自分がわかく元気であったときのことを思いだすと、今もあのころのようならばと考えて、ぐずぐずして前へすすまない、結局ため息して嘆くばかりなのである。』
萬国尽征戍、烽火被岡巒。
今や天下中みんな叛乱を征伐や叛乱から守る戰ばかりで、のろし火の煙が岡や山におおわれているのである。
積屍草木腥、流血川原丹。
積まれた屍はあたりの草木までもなまぐさい臭いが充満している、血は流れて川や野原も真っ赤に染まっている。
何郷為楽土、安敢尚盤桓。 
どこの地方が安楽世界なのかと思うが、そんな所がありはしないのだ。どうして尚ここにのんびりぶらしていられようか。
棄絶蓬室居、搨然摧肺肝。』

こういうことが原因で自分は断然として住み慣れた蓬の家を放棄するのである。そのため意欲がなくなっており、辛さに肺や肝までくだけるのである。』

老いて垂【なんな】んとする別れ #1
四郊 未だ寧静【ねいせい】ならず,老いて垂【なんな】んとして安らかなるを得ず。
子孫 陣亡【じんぼう】し尽し,焉ぞ身の獨り完【まつた】きことを用いん。
杖を投じて門を出て去る,同行し為に辛酸【しんさん】する。
幸に牙歯【きば】の存する有り,悲しむ所 骨髄【こつづい】乾く。
男児 既に介冑【かいちゅう】し,長揖【ちょういう】して上官と別れる。
#2
老妻【ろうさい】路に臥して啼く,歳暮れて衣裳は単【ひとえ】。
孰【たれ】か知らん是れ死別なるを,且つ復た其の寒からんことを傷む。
此【ここ】を去りては必らず帰らず,還た聞く加餐【かさん】を勧めるを。』
土門 壁甚【はなは】だ堅し,杏園【きょうえん】度【わた】るも亦た難し。
勢いは鄴城【ぎょうじょう】の下に異なり,縦【たと】い死しても時猶を寛【かん】ならん。」
#3
人生 離合あり、豈に衰盛の端を択【えら】ばんや。
昔 少壮【しょうそう】なりし日を憶いて,遅廻【ちかい】して竟に長嘆【ちょうたん】するを。
萬国 尽【ことごと】く征戍【せいじゅ】,烽火【ほうか】岡巒【こうらん】に被る。
積屍【せきし】草木【そうもく】腥【なまぐさ】く,流血 川原【せんげん】丹【あか】し。
何れの郷か楽土と為し,安んぞ敢て尚を盤桓【ばんかん】せん。
蓬室【ほうしつ】の居を棄絶【きぜつ】して,搨然【とうぜん】肺肝【はいかん】を摧【くだ】く。


現代語訳と訳註
(本文)
#3
人生有離合、豈択衰盛端。
憶昔少壮日、遅廻竟長嘆。』
萬国尽征戍、烽火被岡巒。
積屍草木腥、流血川原丹。
何郷為楽土、安敢尚盤桓。 
棄絶蓬室居、搨然摧肺肝。』


(下し文)#3
人生 離合あり、豈に衰盛の端を択【えら】ばんや。
昔 少壮【しょうそう】なりし日を憶いて,遅廻【ちかい】して竟に長嘆【ちょうたん】するを。
萬国 尽【ことごと】く征戍【せいじゅ】,烽火【ほうか】岡巒【こうらん】に被る。
積屍【せきし】草木【そうもく】腥【なまぐさ】く,流血 川原【せんげん】丹【あか】し。
何れの郷か楽土と為し,安んぞ敢て尚を盤桓【ばんかん】せん。
蓬室【ほうしつ】の居を棄絶【きぜつ】して,搨然【とうぜん】肺肝【はいかん】を摧【くだ】く。


(現代語訳)
人間世界では逢うと別れとは時節が決まり無いものであり、血気盛んなときだけ別れをさせ、衰えたときには別れをさせないというようなものではない。
しかし昔、自分がわかく元気であったときのことを思いだすと、今もあのころのようならばと考えて、ぐずぐずして前へすすまない、結局ため息して嘆くばかりなのである。』
今や天下中みんな叛乱を征伐や叛乱から守る戰ばかりで、のろし火の煙が岡や山におおわれているのである。
積まれた屍はあたりの草木までもなまぐさい臭いが充満している、血は流れて川や野原も真っ赤に染まっている。
どこの地方が安楽世界なのかと思うが、そんな所がありはしないのだ。どうして尚ここにのんびりぶらしていられようか。
こういうことが原因で自分は断然として住み慣れた蓬の家を放棄するのである。そのため意欲がなくなっており、辛さに肺や肝までくだけるのである。』


(訳注)
人生有離合、豈択衰盛端。
人生 離合あり、豈に衰盛の端を択【えら】ばんや。
人間世界では逢うと別れとは時節が決まり無いものであり、血気盛んなときだけ別れをさせ、衰えたときには別れをさせないというようなものではない。
離合 わかれたり、であったり。○豈択 どうしてえらぼうか、選びはしない。。○衰盛端 元気の衰えた時と盛んなとき、離合と対句であるがどちらも定められたものでない。


憶昔少壮日、遅廻竟長嘆。
昔 少壮【しょうそう】なりし日を憶いて,遅廻【ちかい】して竟に長嘆【ちょうたん】するを。
しかし昔、自分がわかく元気であったときのことを思いだすと、今もあのころのようならばと考えて、ぐずぐずして前へすすまない、結局ため息して嘆くばかりなのである。』
遅廻 ぐずぐずして前へすすまない様子をいう。○長嘆 ためいきしてなげく。


萬国尽征戍、烽火被岡巒。
萬国 尽【ことごと】く征戍【せいじゅ】,烽火【ほうか】岡巒【こうらん】に被る。
今や天下中みんな叛乱を征伐や叛乱から守る戰ばかりで、のろし火の煙が岡や山におおわれているのである。
万国 天下じゅう。○征成 征伐や成衛。○ まるいみね。


積屍草木腥、流血川原丹。
積屍【せきし】草木【そうもく】腥【なまぐさ】く,流血 川原【せんげん】丹【あか】し。
積まれた屍はあたりの草木までもなまぐさい臭いが充満している、血は流れて川や野原も真っ赤に染まっている。


何郷為楽土、安敢尚盤桓。
何れの郷か楽土と為し,安んぞ敢て尚を盤桓【ばんかん】せん。
どこの地方が安楽世界なのかと思うが、そんな所がありはしないのだ。どうして尚ここにのんびりぶらしていられようか。
何郷 どのむらさと。○楽土 楽土・楽国は「詩経」(碩鼠)に見える、安楽な土地。○盤桓 ぶらぶらしていること。


棄絶蓬室居、搨然摧肺肝。
蓬室【ほうしつ】の居を棄絶【きぜつ】して,搨然【とうぜん】肺肝【はいかん】を摧【くだ】く。
こういうことが原因で自分は断然として住み慣れた蓬の家を放棄するのである。そのため意欲がなくなっており、辛さに肺や肝までくだけるのである。』
蓬室 よもぎのいえ。荒れ果てた自分の家をいう。○搨然 地面の低下しおちるさま、意気のくずれるさま。
・家を棄てることは土地を基本にした唐の体制を崩壊させることである。
唐の税制は北周以来の均田制・租庸調制であり、兵制は府兵制である。この両制度は互いが互いに不可欠な制度である。均田制はまず全国の丁男(労働に耐えうる青年男性)一人につき永業田(その後、永久にその土地を所有することが認められ、子孫に受け継がれる)を20畝、口分田(当人が死亡するか、60歳になるかすると国家に返却する)が80畝支給される。