夏日嘆 <222-#2>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1076 杜甫特集700- 323

759年乾元二年の夏は、陝西省一帯にひでりがつづき、田畑の災害はひどいものであった。飛ぶ鳥も暑さに落ち、池の魚も水枯れて死んだ。人民は離散し、村落は見渡すかぎり荒れはてた。しかも黄河以北は、安史軍が勝手し放題、唐王朝軍は何をしているのか一向にふるわぬ。杜甫は食事もすすまず、心中の憂悶は限りもなかった。


夏日嘆
夏日出東北,陵天經中街。
朱光徹厚地,鬱蒸何由開?
上蒼久無雷,無乃號令乖?
雨降不濡物,良田起黃埃。
飛鳥苦熱死,池魚涸其泥。』
萬人尚流冗,舉目唯蒿萊。
こんな日が続くとここにいる人だれもが同じ無駄な汗を流しているだけだし、目を挙げてただ雑草をたべるため摘むのである。
至今大河北,化作虎與豺。
しかも、今に至っても大黄河の北側には安・史軍が虎と豹のように我がもの顔で支配している。
浩蕩想幽薊,王師安在哉?
安史軍の広広として大きな幽州、薊州のことをおもう。この者たちを成敗してくれる唐王朝の九節度使連合軍はどこに居るのだろう。
對食不能餐,我心殊未諧。
食べることに対して御馳走をたらふく食べられることはないし、私の心に思うこともいまだに和らぐこともないのである。
眇然貞觀初,難與數子偕!』

理想とされる貞観の治の政治への期待感は取るに足りないものとなってしまい、誰もかれもが仲良く暮らしていくというのはもう難しいことなのだ。

(夏の日嘆く)
夏日 東北に出ず,陵天 經中の街。
朱光 厚地に徹し,鬱蒸して何ぞ由く開くや?
上蒼 久しく雷無し,乃れ無くして號令を乖らんや?
雨降るは物を濡らさず,良田 黃埃【こうあい】を起こす。
飛鳥 苦しみて熱死す,池魚 其泥を涸らす。』
萬人 尚 冗を流す,舉目を唯 萊を蒿む。
今に至り大河の北,作を化すは虎與豺。
浩蕩 幽薊を想う,王師 安んぞ在り哉?
食に對して餐能たわず,我 心は殊に未だ諧さず。
眇然として貞觀の初め,與に數子偕し難たし!


夏の日照りを嘆く
夏の炎天の中東北に出かける、日照り続きの天気は厳しくこわく街の中まで続いている。
炎天の日光は大地に深く照り続く、たまっていた水分湿り気というものもふたが開いてしまって留まることはなくどこかへ行ってしまう。
上空はどこまでも蒼くここ当分の間に書き曇り雷がおこることはない、それは天からの号令一下秩序能く整頓することからかけ離れてしまったことに他ならない。
雨が降ることは万物を濡らすことではない、雨が降らねばここにあるように良い田畑が黄色の砂地になってしまうのである。
飛ぶ鳥は苦しみそして暑さで死ぬだろう、池の魚は水が枯れてしまい死んでその泥に入ってしまう。
こんな日が続くとここにいる人だれもが同じ無駄な汗を流しているだけだし、目を挙げてただ雑草をたべるため摘むのである。
しかも、今に至っても大黄河の北側には安・史軍が虎と豹のように我がもの顔で支配している。
安史軍の広広として大きな幽州、薊州のことをおもう。この者たちを成敗してくれる唐王朝の九節度使連合軍はどこに居るのだろう。
食べることに対して御馳走をたらふく食べられることはないし、私の心に思うこともいまだに和らぐこともないのである。
理想とされる貞観の治の政治への期待感は取るに足りないものとなってしまい、誰もかれもが仲良く暮らしていくというのはもう難しいことなのだ。


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現代語訳と訳註
(本文)

萬人尚流冗,舉目唯蒿萊。
至今大河北,化作虎與豺。
浩蕩想幽薊,王師安在哉?
對食不能餐,我心殊未諧。
眇然貞觀初,難與數子偕!』


(下し文)
萬人 尚 冗を流す,目を舉げて 唯 萊を蒿む。
今に至り大河の北,作を化すは虎與豺。
浩蕩 幽薊を想う,王師 安んぞ在り哉?
食に對して餐能たわず,我 心は殊に未だ諧さず。
眇然として貞觀の初め,與に數子偕し難たし!』


(現代語訳)
こんな日が続くとここにいる人だれもが同じ無駄な汗を流しているだけだし、目を挙げてただ雑草をたべるため摘むのである。
しかも、今に至っても大黄河の北側には安・史軍が虎と豹のように我がもの顔で支配している。
安史軍の広広として大きな幽州、薊州のことをおもう。この者たちを成敗してくれる唐王朝の九節度使連合軍はどこに居るのだろう。
食べることに対して御馳走をたらふく食べられることはないし、私の心に思うこともいまだに和らぐこともないのである。
理想とされる貞観の治の政治への期待感は取るに足りないものとなってしまい、誰もかれもが仲良く暮らしていくというのはもう難しいことなのだ。


(訳注)
萬人尚流冗,舉目唯蒿萊。
こんな日が続くとここにいる人だれもが同じ無駄な汗を流しているだけだし、目を挙げてただ雑草をたべるため摘むのである
【ジョウ】1 よけいな。むだ。余分。「冗員・冗談・冗費」 2 むだが多く締まりがない。くだくだしい。「冗長・冗漫/煩冗」 .


至今大河北,化作虎與豺。
しかも、今に至っても大黄河の北側には安・史軍が虎と豹のように我がもの顔で支配している。
虎與豺 安・史軍、安慶緒の軍と史思明の軍。この7月末から8月初めの時期、史思明の軍勢は洛陽に迫っていた。晩秋9月には史思明軍が洛陽を落すのである。


浩蕩想幽薊,王師安在哉?
安史軍の広広として大きな幽州、薊州のことをおもう。この者たちを成敗してくれる唐王朝の九節度使連合軍はどこに居るのだろう。
浩蕩 広広として大きなさま。○王師【おうし】王の軍勢。官軍。帝王の師範。9節度使軍は3月に大敗し、その後郭子儀軍が再編成し洛陽で史思明軍と対峙していた。


對食不能餐,我心殊未諧。
食べることに対して御馳走をたらふく食べられることはないし、私の心に思うこともいまだに和らぐこともないのである。
【カイ】 1 調和する。やわらぐ。「諧声・諧調・諧和/和諧」 2 冗談。ユーモア。心置きなく食事ができ、生活ができることができないので食事も進まないことをいう。杜甫にとって、あれほどこだわって士官できたが、官職について2年間少しもいいことはなかった。その上の戦乱、飢饉である。


眇然貞觀初,難與數子偕!』
理想とされる貞観の治の政治への期待感は取るに足りないものとなってしまい、誰もかれもが仲良く暮らしていくというのはもう難しいことなのだ。
眇然 小さいさま。取るに足りないさま。○貞觀 貞観 (唐):唐代に使用された元号(627年-649年)。貞観の治(じょうがんのち)とは中国唐(618年 - 907年)の第2代皇帝・太宗李世民の治世、貞観(元年 - 23年)この時代、中国史上最も良く国内が治まった時代で、後世、政治的な理想時代とされた。僅かな異変でも改元を行った王朝時代において同一の元号が23年も続くと言うのは稀であり、その治世がいかに安定していたかが伺える。この時代を示す言葉として、『資治通鑑』に、「-海内升平,路不拾遺,外戸不閉,商旅野宿焉。」(天下太平であり、道に置き忘れたものは盗まれない。家の戸は閉ざされること無く、旅の商人は野宿をするほど治安が良い)との評がある。
 夫婦が仲むつまじく添い遂げること。夫婦の契りがかたく仲むつまじいたとえ。夫婦がともにむつまじく年を重ね、死後は同じ墓に葬られる意から。「偕」はともにの意。