遣興三首 其三 <228>杜甫 遣興22首の⑦番 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1100 杜甫特集700- 331
(興を遣る 三首 其の三)

遣興三首 其一   
興味のあること、風流なことを思ってみる。其の一。
下馬古戰場,四顧但茫然。
秦州城の附近の古戦場へきて馬から降りる、四方を振り返ってみるとただ茫漠としており、なんのとりとめもない景色である。
風悲浮雲去,黃葉墮我前。
秋の風は悲しそうに吹いて浮き雲が飛び去っている、黄ばんだ木の葉はわたしの前にと散り落ちる。
朽骨穴螻蟻,又為蔓草纏。
地上に横たわっている戦死者の朽ちた骨のまわりには「けら」や「あり」が穴をつくっている、そしてまたは蔓草が絡ったりしている。
故老行嘆息,今人尚開邊。
通りかかる老人たちが道すがら嘆きつつ語ってくれる、今時の人はいまだにこの辺鄙な地方を開き領土の拡大しようとしておるのであるか。
漢虜互勝負,封疆不常全。
それから、我が唐のくにと胡の異民族とは戦をしては一勝一敗で、国境は一進一退いつも完全を保ちうるというわけにいかないのだ。
安得廉頗將,三軍同晏眠?
どうしたならば、むかしの廉頗のような名将を得ることができて、唐王朝軍の全軍が一緒に遅くまで眠っていることができるようになれるのであろうか。

其二             
高秋登塞山,南望馬邑州。
高秋の時にわたしは辺境の山にのぼって、南の方、馬邑州の方をながめる。
降虜東擊胡,壯健盡不留。
いま降参したこの附近の異民族軍たちは東方・東都あたりで叛乱軍を討伐にでかけているので、壮健なものはすっかり居なくなっている。
穹廬莽牢落,上有行雲愁。
だから曾て彼らがつかっていたテント小屋も陰気にさびしそうにつらなっており、その上の方にはうれいに満ちた雲がとんでいる。
老弱哭道路,願聞甲兵休。
老人やふ婦女、子供たちは道にで慟哭している、願うことなら戦争が終わって平和になったということを聞きたいものだといっている。
鄴中事反覆,死人積如丘。
鄴城のいくさの様子は今年初めからすっかり反対になり、唐諸侯連合軍は大敗、死人のしかばねが積まれてまるで丘のようになっている。
諸將已茅土,載驅誰與謀?
このとき武将たちは茅土をうけて王侯に封ぜられたのである。(それで、功を焦り、大敗した厚顔無恥の甚しいものではないか。)自分は憂えながら馬を駆るのであるが、誰がはたして安史軍を征伐することができるはかりごとを有しているというのか。

其三       
豐年孰雲遲,甘澤不在早。
穀物の実りが豊作の年であるということはそうであればよいのであって、収獲が遅いからといって不平をいうことではない。耕作物に対して天地の恵みである甘露のしめりも早くおりることだけがよいというわけではないのである。
耕田秋雨足,禾黍已映道。
今年、今、耕作地には秋の雨が十分たりている、「きび」など穀物のみのりの色がはや道路にまでてりはえている。
春苗九月交,顏色同日老。
春の萌木色の苗であったものが秋と冬の移行の季節を迎えた。どれも一様に老熟の色を見せ、人生もまたこれに類したものなのだ。
勸汝衡門士,忽悲尚枯槁。
わたしはあなた、衡門を建て隠棲をしている方にお勧めする、「あなたは今になって貧しく枯れ果てているなどと悲しむことなかれ」ということを。
時來展才力,先後無醜好。
それは、時運さえ到来するならば必ずあなたの才力をのばすことができるのです、決して若くして美好のときに先ず功を為さねばならぬということでは無く、また老年になって醜悪のときに後れて功を為すことが悪いというはずも無いのである」ということなのだ。
但訝鹿皮翁,忘機對芳草。

ただし、わたしはあの里を潤わせた鹿皮翁という昔の仙人も故事をあやしくおもう。どうして、芳香の芝草、薬草を食べたからといって「荘子」外篇・天地第十二に出てくる「機心」のことを知らない訳ではなく、ただ恥ずかしくて使えないだけなのだ。(わたしも鹿皮翁と同じで、年老いて貧賤の身なりであるかもしれないが、これから功を為すことができるのだ。)

(興を遣る 三首 其の三)
豊年 執【たれ】か遅しとぎわん、甘沢【かんたく】早きに在らず。
耕田【こうでん】秋雨足り、禾黍【かしょ】己に道に映ず。
春苗【しゅんびょう】九月の交、顔色 同日に老す。
汝 衡門【こうもん】の士に勧む、悲しむ勿れ尚お枯稿【ここう】するを。
時来たらは才力を展べん、先後 醜好【しゅうこう】無し。
但だ訝【いぶか】る鹿皮【ろくひ】の翁が、機を忘れて芝草【しそう】に対せしことを。

現代語訳と訳註       
(本文) 其三
豐年孰雲遲,甘澤不在早。
耕田秋雨足,禾黍已映道。
春苗九月交,顏色同日老。
勸汝衡門士,忽悲尚枯槁。
時來展才力,先後無醜好。
但訝鹿皮翁,忘機對芳草。


(下し文)
(興を遣る 三首 其の三)
豊年 執【たれ】か遅しとぎわん、甘沢【かんたく】早きに在らず。
耕田【こうでん】秋雨足り、禾黍【かしょ】己に道に映ず。
春苗【しゅんびょう】九月の交、顔色 同日に老す。
汝 衡門【こうもん】の士に勧む、悲しむ勿れ尚お枯稿【ここう】するを。
時来たらは才力を展べん、先後 醜好【しゅうこう】無し。
但だ訝【いぶか】る鹿皮【ろくひ】の翁が、機を忘れて芝草【しそう】に対せしことを。



(現代語訳)
穀物の実りが豊作の年であるということはそうであればよいのであって、収獲が遅いからといって不平をいうことではない。耕作物に対して天地の恵みである甘露のしめりも早くおりることだけがよいというわけではないのである。
今年、今、耕作地には秋の雨が十分たりている、「きび」など穀物のみのりの色がはや道路にまでてりはえている。
春の萌木色の苗であったものが秋と冬の移行の季節を迎えた。どれも一様に老熟の色を見せ、人生もまたこれに類したものなのだ。
わたしはあなた、衡門を建て隠棲をしている方にお勧めする、「あなたは今になって貧しく枯れ果てているなどと悲しむことなかれ」ということを。
それは、時運さえ到来するならば必ずあなたの才力をのばすことができるのです、決して若くして美好のときに先ず功を為さねばならぬということでは無く、また老年になって醜悪のときに後れて功を為すことが悪いというはずも無いのである」ということなのだ。
ただし、わたしはあの里を潤わせた鹿皮翁という昔の仙人も故事をあやしくおもう。どうして、芳香の芝草、薬草を食べたからといって「荘子」外篇・天地第十二に出てくる「機心」のことを知らない訳ではなく、ただ恥ずかしくて使えないだけなのだ。(わたしも鹿皮翁と同じで、年老いて貧賤の身なりであるかもしれないが、これから功を為すことができるのだ。)


(訳注)
豐年孰雲遲,甘澤不在早。

穀物の実りが豊作の年であるということはそうであればよいのであって、収獲が遅いからといって不平をいうことではない。耕作物に対して天地の恵みである甘露のしめりも早くおりることだけがよいというわけではないのである。
豊年 耕作物の収穫の多い年。○執云遅 遅くてもおそいなどとだれがいおうか。遅速は論ずるに足らぬことをいう。○甘沢 雨露のよい潤しをいう。甘露の露。天地の恵み。○不在早 「早きに在らず」とは早いのが貴いというわけではないということ。


耕田秋雨足,禾黍已映道。
今年、今、耕作地には秋の雨が十分たりている、「きび」など穀物のみのりの色がはや道路にまでてりはえている。
禾黍 アワまたはイネと、キビ.穀物の総称。○映道 みのりの色が道路にてりはえている。


春苗九月交,顏色同日老。
春の萌木色の苗であったものが秋と冬の移行の季節を迎えた。どれも一様に老熟の色を見せ、人生もまたこれに類したものなのだ。
春苗 春の萌木色のなえ。〇九月交 九月と十月、秋と冬の移行の季節をいう。○顔色 苗の色。○同日老 この老は老熟の意、同日とは一般に同時にということ。


勸汝衡門士,忽悲尚枯槁。
わたしはあなた、衡門を建て隠棲をしている方にお勧めする、「あなたは今になって貧しく枯れ果てているなどと悲しむことなかれ」ということを。
衡門士 衡門を建て隠棲をしている隠者をいう、但し自己を他人におきかえていう、衡門というのは柱を立て、その上方に一本わたした門で隠者の家の門である。○尚 晩年に至ってもなおの意。○枯稿 かれてうるおいの無いこと、貧餞のすがたである。


時來展才力,先後無醜好
それは、時運さえ到来するならば必ずあなたの才力をのばすことができるのです、決して若くして美好のときに先ず功を為さねばならぬということでは無く、また老年になって醜悪のときに後れて功を為すことが悪いというはずも無いのである」ということなのだ。
時来 よい時運が到来するならば。○展才力 自己の才能実力をのばす。○先後無醜好 先後はあとさき、醜好はみにくいことと、かおよいことと、好は壮年で先、醜は晩年で後である、「先後無醜好」とは(先後に醜好は無し)ということ。


但訝鹿皮翁,忘機對芳草。
ただし、わたしはあの里を潤わせた鹿皮翁という昔の仙人も故事をあやしくおもう。どうして、芳香の芝草、薬草を食べたからといって「荘子」外篇・天地第十二に出てくる「機心」のことを知らない訳ではなく、ただ恥ずかしくて使えないだけなのだ。(わたしも鹿皮翁と同じで、年老いて貧賤の身なりであるかもしれないが、これから功を為すことができるのだ。)
 あやしくおもう。○鹿皮翁 仙人。淄川の人で若い時に府の小吏となった。岑山のうえに神泉があり、翁は屋を作ってその傍に留まり、芝を食し泉を飲むこと七十余年、あるとき潜水があふれ出た、翁は宗族家室を呼んで山の中腹に上らせたところが、水がでて尽く一郡をただよわせた。翁はまた宗族たちを下山させ、自分は鹿皮衣を着けてまた山に上った、百余年の後、山より下って薬を斉の市に売ったという。○忘機 からくりの心を忘れる、機心ということが荘子(天地)にみえる。「荘子」外篇・天地第十二に出てくる「機心」。 「有機械者必有機事、有機事者必有機心。機心存於胸中、則純白不備、純白不備、則神生不定。神生不定者、道之所不載也。」機械を持てば機械を用いて行う仕事(=機事)が出て来るし、機械を用いる仕事が出て来ると、機械にとらわれる心(=機心)が必ず起きる。機械にとらわれる心が胸中にわだかまると、心の純白の度合いが薄くなり、心の純白の度合いが薄くなると、精神が定まらない。精神の定まらないところには《道》が宿らないと。鹿皮翁は(機械というものを)知らない訳ではなく、ただ恥ずかしくて使えないだけなのだ○対芝草 鹿皮翁は芝草を食べたゆえに、これに対すという。


遣興三首 其一
下馬古戰場,四顧但茫然。
風悲浮雲去,黃葉墮我前。
朽骨穴螻蟻,又為蔓草纏。
故老行嘆息,今人尚開邊。
漢虜互勝負,封疆不常全。
安得廉頗將,三軍同晏眠?
(興を遣る 三首)
馬より下る古戦場、四顧【しこ】すれば但だ茫然【ぼうぜん】たり。
風悲しみて浮雲去り、黄葉【こうよう】我が前に墜つ。
朽骨【きゅうこつ】には螻蟻【ろうぎ】穴す、又た蔓草【まんそう】に纏【まと】わる。
故老行【ゆくゆ】く歎息す、今人尚お辺を開くと。
漢虜【かんりょ】互いに勝負あり、封疆【ほうきょう】常には全からず。
安んぞ廉頗【れんぱ】将を得て、三軍同じく晏眠【あんみん】せん。


遣興三首 其二
高秋登塞山,南望馬邑州。
降虜東擊胡,壯健盡不留。
穹廬莽牢落,上有行雲愁。
老弱哭道路,願聞甲兵休。
鄴中事反覆,死人積如丘。
諸將已茅土,載驅誰與謀?
(興を遣る 三首 其の二)
高秋【こうしゅう】寒山【かんざん】に登りて、南馬【、いなみのうま】邑州【ゆうしゅう】を望む。
降虜【こうりょ】東胡を撃ち、壮健【そうけん】なるは尽く留まらず。
穹廬【きゅうろ】莽【もう】として牢落【ろうらく】たり、上に行雲の愁うる有り。
老弱【ろうじゃく】道路に哭【こく】し、願わくは甲兵【こうへい】の休するを聞かんという。
鄴中【ぎょうちゅう】事 反覆【はんぷく】す、死人【しじん】積むこと丘の如し。
諸将【しょしょう】は己に茅土【ぼうど】なり、載【すなわ】ち駆【か】るも誰とともにか謀【はか】らん。


其三
豐年孰雲遲,甘澤不在早。
耕田秋雨足,禾黍已映道。
春苗九月交,顏色同日老。
勸汝衡門士,忽悲尚枯槁。
時來展才力,先後無醜好。
但訝鹿皮翁,忘機對芳草。
豊年 執【たれ】か遅しとぎわん、甘沢【かんたく】早きに在らず。
耕田【こうでん】秋雨足り、禾黍【かしょ】己に道に映ず。
春苗【しゅんびょう】九月の交、顔色 同日に老す。
汝 衡門【こうもん】の士に勧む、悲しむ勿れ尚お枯稿【ここう】するを。
時来たらは才力を展べん、先後 醜好【しゅうこう】無し。
但だ訝【いぶか】る鹿皮【ろくひ】の翁が、機を忘れて芝草【しそう】に対せしことを。