佳人 <229-#1>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1109 杜甫特集700- 334

秦州(甘粛省天水県)は、隴山の西に位置する国境の町である。隴山は約2000mの連峰で、それを越えるための路は険阻で曲折はなはだしく、山越えのためには七日を要したといわれる。
秦州の山谷において貴族出身の一婦人のおちぶれているのを見て、その有様を叙した詩である。759年乾元二年秋冬48歳のころの作。 安禄山の叛乱から丸4年、安史の乱は足かけ9年間続いたのだから、この時期は安史の乱の真ん中あたり。

佳人
絕代有佳人,幽居在空穀。
ここに絶えて世間にないほどの美人がいる、その人はだれもいないしずかな山合いの谷に侘び住いをしている。
自雲良家子,零落依草木。
彼女みずからの語る所によると、もとは相当の家柄のものの子なのだが、今はたよるべき人も無くて秋とともにおちちる山中の草木、近所の平民をたよりとしているのだ。
關中昔喪敗,兄弟遭殺戮。
数年前(756年のこと)、長安地方が王朝軍の大敗北により、喪乱のなかで兄弟たちは叛乱軍により殺戮されてしまったのだ。
官高何足論?不得收骨肉。』

兄弟たちの地位は高官であったが、そんなものは取り立てていうほどの値打ちのあるものではないのだ。彼らが殺されてしまっては親戚も引き取ってくれることはできはしないのである。』
#2
世情惡衰歇,萬事隨轉燭。
夫婿輕薄兒,新人美如玉。
合昏尚知時,鴛鴦不獨宿。
但見新人笑,那聞舊人哭?』
#3
在山泉水清,出山泉水濁。
侍婢賣珠回,牽蘿補茅屋。
摘花不插發,采柏動盈掬。
天寒翠袖薄,日暮倚修竹。』


佳人 #1
絶代【ぜつだい】佳人【かじん】あり、幽居【ゆうきょ】して空谷【くうこく】に在り。
自ら云う良家の子、零落【れいらく】草木に依る。
関中【かんちゅう】昔 喪乱【そうらん】、兄弟 殺戮【さつりく】に遭えり。
官高きも何ぞ論ずるに足らん、骨肉【こつにく】を収むるを得ず。』

#2
世情【せじょう】衰歇【すいけつ】を悪む、万事【ばんじ】転燭【てんしょく】に随う。
夫婿【ふせい】は軽薄の児、新人【しんじん】美なること玉の如し。
合昏【ごうこん】すら 尚お時を知る、鴛鴦【えんおう】独り宿せず。
但だ見る新人の笑うを、那【なん】ぞ聞かんや旧人の哭するを。』
#3
山に在れば泉水清し、山を出づれば泉水濁る。
侍婢【じひ】珠を売りて廻る、蘿を牽きて茅屋【ぼうおく】を補う。
花を摘むも髪に插まず、柏を采れば動【やや】もすれば掬【きく】に盈【み】つ。
天寒くして翠袖【すいしゅう】薄し、日暮れて修竹【しゅうちく】に倚る。』


現代語訳と訳註
(本文)
佳人 #1
絕代有佳人,幽居在空穀。
自雲良家子,零落依草木。
關中昔喪敗,兄弟遭殺戮。
官高何足論?不得收骨肉。』


(下し文) 佳人 #1
絶代【ぜつだい】佳人【かじん】あり、幽居【ゆうきょ】して空谷【くうこく】に在り。
自ら云う良家の子、零落【れいらく】草木に依る。
関中【かんちゅう】昔 喪乱【そうらん】、兄弟 殺戮【さつりく】に遭えり。
官高きも何ぞ論ずるに足らん、骨肉【こつにく】を収むるを得ず。』


(現代語訳)
ここに絶えて世間にないほどの美人がいる、その人はだれもいないしずかな山合いの谷に侘び住いをしている。
彼女みずからの語る所によると、もとは相当の家柄のものの子なのだが、今はたよるべき人も無くて秋とともにおちちる山中の草木、近所の平民をたよりとしているのだ。
数年前(756年のこと)、長安地方が王朝軍の大敗北により、喪乱のなかで兄弟たちは叛乱軍により殺戮されてしまったのだ。
兄弟たちの地位は高官であったが、そんなものは取り立てていうほどの値打ちのあるものではないのだ。彼らが殺されてしまっては親戚も引き取ってくれることはできはしないのである。』


(訳注)佳人
貴族出身の一婦人。『曲江對雨』(曲江にて雨に対す)「城上春雲覆苑牆,江亭晚色靜年芳。林花著雨燕支濕,水荇牽風翠帶長。龍武新軍深駐輦,芙蓉別殿謾焚香。何時詔此金錢會,暫醉佳人錦瑟旁?」(城上の春雲苑牆【えんしょう】を覆う、江亭晩色年芳【ねんほう】静かなり。林花雨を著【つ】けて燕支【えんし】湿い、水荇【すいこう】風に牽【ひ】かれて翠帯【すいたい】長し。竜武の新軍に深く輦【れん】を駐【とど】め、芙蓉の別殿に漫【まん】に香を焚く。何の時か詔【みことのり】して此の金銭の会あって、暫く酔わん佳人【けいじん】錦瑟【きんしつ】の傍【かたわら】)
『陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首、其一』(諸貴公子に陪して、丈八溝に妓を携えて涼を納(いるる)、晩際に 雨に遇う 二首  其の一)「落日放船好、軽風生浪遅。竹深留客処、荷浄納涼時。公子調氷水、佳人雪藕糸。片雲頭上黒、応是雨催詩。」(落日  船を放つに好(よろ)しく、軽風浪を生ずること遅かりし。竹は深くし客を留まる処、荷(はす)は浄(きよ)し 涼(りょう)を納(いるる)の時。公子は氷水(ひょうすい)を調(ととの)え、佳人(かじん)は藕糸(ぐうし)を雪(ぬぐ)う。片雲(へんうん)  頭上(ずじょう)に黒(くろし)、応(まさ)に 是(これ)  雨の詩を催(うなが)す なるべし。)


絕代有佳人,幽居在空穀。
ここに絶えて世間にないほどの美人がいる、その人はだれもいないしずかな山合いの谷に侘び住いをしている。
佳人 美人。○絶代 絶世と同じ〔唐代は李世民の諱を忌避した〕、絶えて世間にないほどのうつくしさのあることをいう。漢の李延年『歌』「北方有佳人,絶世而獨立。一顧傾人城,再顧傾人國。寧不知傾城與傾國,佳人難再得。」(北方に佳人有り,絶世にして獨立す。一顧すれば人の城を 傾け,再顧(さいこ)すれば  人の國を 傾く。寧んぞ 傾城と傾國とを知らざらんや, 佳人は再び 得難し。)とあるのに基づく。○幽居 ひっこんでしずかにくらす。○空谷 人のいない壑。


自雲良家子,零落依草木。
彼女みずからの語る所によると、もとは相当の家柄のものの子なのだが、今はたよるべき人も無くて秋とともにおちちる山中の草木、近所の平民をたよりとしているのだ。
良家 しかるべきよい家がら。貴族の家系。○零落 おちちること、草には零といい、木には落という。○依草木 依はたよること、草木とは谷中の居宅のまぢかに生じたくさきをいう、句意は零落した草木に依ることをいう。草木は平民という意味がある。


關中昔喪敗,兄弟遭殺戮。
数年前(756年のこと)、長安地方が王朝軍の大敗北により、喪乱のなかで兄弟たちは叛乱軍により殺戮されてしまったのだ。
関中 函谷関の以西、長安地方をいう。○喪乱 喪は人の亡くなること、乱は世のみだれること、755年11月反旗を翻し、12月には洛陽を陥落した。756年天宝十五年六月安禄山の軍が長安を陥れたことをさす。長安の王朝軍は三十万人の兵士がおり、叛乱軍十万の兵で誰もが、長安が落ちるとは思っていなかった。


官高何足論?不得收骨肉。』
兄弟たちの地位は高官であったが、そんなものは取り立てていうほどの値打ちのあるものではないのだ。彼らが殺されてしまっては親戚も引き取ってくれることはできはしないのである。』
官高 兄弟なるものの官位の高いこと。○何足論 言うにたらぬ、高官といっても値打ちのないことをいう、理由は下句にいう。○収骨肉 骨肉は親しい身内のものをいう、佳人が自己をさす辞、自己はその官の高い兄弟にとっては骨肉の親にあたる。収とは引き取り入れてくれること。