有懷台州鄭十八司戶虔 杜甫 <234-#1> kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1145 杜甫特集700- 346



秦州に来てある日、儒者である鄭虔を懐かしく思い出した。杜甫30代後半長安で就職活動をしているときこの鄭虔には人からならぬお世話になっている。当時、廣文館博士であった鄭虔とともに何将軍の山荘に遊んでの詩。杜甫、五言律詩篇『 陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 』から『十首』に心安らぐ様子をあらわしている

 また鄭虔は房琯に連座して台州の書記官に左遷された様子を杜甫、七言律詩送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩 』「鄭公樗散鬢成絲,酒後常稱老畫師。」(鄭公樗散贅糸を成す、酒後常に称す老画師と。)とあらわしていた。


有懷台州鄭十八司戶虔
台州司戶で親族の十八番目の鄭虔先生を懐かしむことがあった時の詩。
天臺隔三江,風浪無晨暮。
天台はこの国の三大河川を隔てた向こうにある。そこは、風が吹き大波が朝夕の隔てなくあるのである。
鄭公縱得歸,老病不識路。
鄭虔先生はたとえ今帰ることを許されたとしても、寄る年波に加えてもともと病弱でその病気があるため帰路に就くことは考えられないことだろう。
昔如水上鷗,今如罝中兔。
私が知っている廣文館博士のころは、鴎が水の上で遊ぶように生き洋々とされていた。しかし、今はきっと網の中に捕えられたウサギのような生活をされていることと思う。
性命由他人,悲辛但狂顧。
その人に持って生まれた運命と性格というものは他人によって影響を受けるものである。いまはつらく悲しいことがあってもただ振り返ってみるということだけなのだ。
#2
山鬼獨一腳,蝮蛇長如樹。呼號傍孤城,歲月誰與度?
從來禦魑魅,多為才名誤。夫子嵇阮流,更被時俗惡。
#3
海隅微小吏,眼暗發垂素。黃帽映青袍,非供折腰具。
平生一杯酒,見我故人遇。相望無所成,乾坤莽回互。


台州の鄭十八司戶虔を懷う有り
天臺 三江を隔てる,風浪 晨暮 無し。
鄭公 縱い歸るを得るとも,老病 路を識らず。
昔 水上の鷗の如し,今 罝中の兔の如し。
性命 他人に由,悲辛 但だ 狂顧す。

山鬼 獨り一腳し,蝮蛇 長じて樹の如し。
呼號して孤城の傍,歲月は誰と與り度る?
從來 魑魅に禦し。多為 才名 誤る。
夫れ子は 嵇阮の流にし,更に時に俗惡を被う。

海隅にして小吏を微し,眼暗にして垂素を發す。
黃帽 青袍に映え,腰具を折るを供にし非ず。
平生 一杯の酒,我の故人に遇うを見る。
相い望むも成す所無く,乾坤 莽として回互す。


現代語訳と訳註
(本文)

有懷台州鄭十八司戶虔
天臺隔三江,風浪無晨暮。
鄭公縱得歸,老病不識路。
昔如水上鷗,今如罝中兔。
性命由他人,悲辛但狂顧。


(下し文)
台州の鄭十八司戶虔を懷う有り
天臺 三江を隔てる,風浪 晨暮 無し。
鄭公 縱い歸るを得るとも,老病 路を識らず。
昔 水上の鷗の如し,今 罝中の兔の如し。
性命 他人に由,悲辛 但だ 狂顧す。


(現代語訳)
台州司戶で親族の十八番目の鄭虔先生を懐かしむことがあった時の詩。
天台はこの国の三大河川を隔てた向こうにある。そこは、風が吹き大波が朝夕の隔てなくあるのである。
鄭虔先生はたとえ今帰ることを許されたとしても、寄る年波に加えてもともと病弱でその病気があるため帰路に就くことは考えられないことだろう。
私が知っている廣文館博士のころは、鴎が水の上で遊ぶように生き洋々とされていた。しかし、今はきっと網の中に捕えられたウサギのような生活をされていることと思う。
その人に持って生まれた運命と性格というものは他人によって影響を受けるものである。いまはつらく悲しいことがあってもただ振り返ってみるということだけなのだ。


(訳注)
有懷台州鄭十八司戶虔

台州司戶で親族の十八番目の鄭虔先生を懐かしむことがあった時の詩。
台州 浙江省の東部、東シナ海に面する。寧波市、紹興市、金華市、麗水市、温州市に接する。西漢の始元二年(前85年)回浦県が置かれる。唐の武徳四年(621年)に海州となり、翌年に台州と改称される。
758年鄭虔が台州の司戸参軍に貶められてゆくのを送る詩である。鄭虔が老境になって安史軍に陥るに至った次第をきのどくに思い、自分はじかに面会して別れを告げることをしないのだ、自分の心持はこの詩のなかにあらわしているということとしてこの詩を作る。
送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
鄭公樗散鬢成絲,酒後常稱老畫師。
萬裡傷心嚴譴日,百年垂死中興時。
蒼惶已就長途往,邂逅無端出餞遲。
便與先生成永訣,九重泉路盡交期!


天臺隔三江,風浪無晨暮。
天台はこの国の三大河川を隔てた向こうにある。そこは、風が吹き大波が朝夕の隔てなくあるのである。
天臺 三大河川を超えて更に銭塘江を渡り天台に入り、それより南東に進んで台州があるという意味である。・三江 中國三大河川のこと。黄河・淮河・長江をいう。


鄭公縱得歸,老病不識路。
鄭虔先生はたとえ今帰ることを許されたとしても、寄る年波に加えてもともと病弱でその病気があるため帰路に就くことは考えられないことだろう。


昔如水上鷗,今如罝中兔
私が知っている廣文館博士のころは、鴎が水の上で遊ぶように生き洋々とされていた。しかし、今はきっと網の中に捕えられたウサギのような生活をされていることと思う。
罝中兔 罝は兔取りの網。網にかかった兔をいうが、左遷された鄭虔を兔に喩えたもの。詩経には多く出て來る用語である。詩経、周南三章、『兔罝』「肅肅兔罝、椓之丁丁。赳赳武夫、公侯干城。 肅肅兔罝、施于中逵。赳赳武夫、公侯好仇。 肅肅兔罝、施于中林。赳赳武夫、公侯腹心。」とみえる。詩経では、文王が賢人を低い身分から取り立てて自由に登用したことを詠っている。ここでは有能な賢人がそのまま網の中にいるだけであると杜甫が言っているのである。


性命由他人,悲辛但狂顧。
その人に持って生まれた運命と性格というものは他人によって影響を受けるものである。いまはつらく悲しいことがあってもただ振り返ってみるということだけなのだ。
狂顧 あわてて振り返る。楚辞、九章、『抽思』「長瀬淵流沂江潭兮、狂顧南行、聊以娯心兮。」(長瀬 淵流 江潭に沂り、狂顧 南行して、聊か以って心を娯しましむ。)



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