遣興五首其一 杜甫 <235>遣興22首の⑧番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1154 杜甫特集700- 349
(興を遣る五首 其の一)

遣興五首(詩の背景、人生のこと、好機と運命、を述べたシリーズ。)
其一  
蟄龍三冬臥,老鶴萬裡心。
冬眠している竜は冬三か月じゅうじっとして寝ているが、老いた鶴ははるか万里のさきまで飛んで行こうとする心を抱いているものだ。
昔時賢俊人,未遇猶視今。
昔から賢く優れた人達がでてきた、彼らはまだ好機時運に出遭うまではやはり、ここで私が今日、現状を眺めているような気持ちでいたであろう。(冬の寒い時期に)はじっとしているもので、好機を覗って体力を温存する。)
嵇康不得死,孔明有知音。
儒者で賢俊な嵇康は鍾会の讒言で死罪となり、政党なしに肩を売ることはできなかったし、軍師の諸葛孔明は劉備の如きすべてを理解し、信頼してくれる者があって用いられたのである。
又如隴坻松,用舍在所尋。
また、これらのことから、人も喩えて見ればこの地方の有名な隴坻の急峻な坂に生えている松の樹のようなものである、この松木を家を建てるのに用うると棄てて置くとはその材を尋ねる人如何にあるということである。
大哉霜雪幹,歲久為枯林。

惜しいことにはあのように驚くべく大きな霜雪を凌ぐいで立っている松の幹であっても、いつまでも永久に棄ておかれたならば枯れ木の林になっているのである。


其一
蟄龍三冬臥,老鶴萬裡心。昔時賢俊人,未遇猶視今。
嵇康不得死,孔明有知音。又如隴坻松,用舍在所尋。
大哉霜雪幹,歲久為枯林。
(其の一)
蟄竜【ちつりょう】三冬に臥す、老鶴【ろうかく】は万里の心。
昔時 賢俊【けんしゅん】の人、未だ遇わざりしときは猶お今を視るがごとくなりしならん。
嵇康【けいこう】は死を得ず、孔明は知音【ちいん】有り。
又た隴坻【りょうてい】の松の如し、用舍は尋ぬる所に在り。
大なる哉 霜雪の幹、歳久しくして枯林となる。

其二
昔者龐德公,未曾入州府。襄陽耆舊間,處士節獨苦。
豈無濟時策?終竟畏網罟。林茂鳥有歸,水深魚知聚。
舉家隱鹿門,劉表焉得取。

昔者龐徳公【ほうとくこう】、未だ曾て州府に入らず。
嚢陽【じょうよう】耆旧【しきゅう】の間、処士【しょし】節独り苦しむ。
豈 時を済うの策なからんや、終に竟に網罟【もうこ】を茂る。
林茂れば鳥帰する有り、水深ければ魚衆まるを知る。
家を挙って鹿門に隠る、劉表焉んぞ取ることを得ん。

其三
陶潛避俗翁,未必能達道。觀其著詩集,頗亦恨枯槁。
達生豈是足?默識蓋不早。有子賢與愚,何其掛懷抱?

陶潜は避俗の翁なるも、未だ必ずしも道に達する能はず。
其の著す詩集を観るに、頗る亦だ枯稿を恨む。
達生 豈に是れ足らんや、黙識 蓋し早からず。
子の賢と愚と有るも、何ぞ其れ懐抱に桂けんや。


其四
賀公雅吳語,在位常清狂。上疏乞骸骨,黃冠歸故鄉。
爽氣不可致,斯人今則亡。山陰一茅宇,江海日淒涼。

賀公雅に呉語し、位に在りては常に清狂たり。
上疏して骸骨を乞ひ、黄冠故郷に帰る。
爽気致すべからず、斯の人今や則ち亡し。
山陰 一茅宇、江海日に凄涼たり。

其五
吾憐孟浩然,短褐即長夜。賦詩何必多,往往淩鮑謝。
清江空舊魚。春雨餘甘蔗。每望東南雲,令人幾悲吒。
 
吾は憐む孟浩然、短褐長夜に即くを。
詩を賦すること何ぞ必ずしも多からんや、往往にして鮑謝を凌ぐ。
清江旧魚空しく、春雨甘蔗余る。
東南の雲を望む毎に、人をして幾たびか悲吒せしむる


現代語訳と訳註
(本文) 其一

蟄龍三冬臥,老鶴萬裡心。
昔時賢俊人,未遇猶視今。
嵇康不得死,孔明有知音。
又如隴坻松,用舍在所尋。
大哉霜雪幹,歲久為枯林。


(下し文) (其の一)
蟄竜【ちつりょう】三冬に臥す、老鶴【ろうかく】は万里の心。
昔時 賢俊【けんしゅん】の人、未だ遇わざりしときは猶お今を視るがごとくなりしならん。
嵇康【けいこう】は死を得ず、孔明は知音【ちいん】有り。
又た隴坻【りょうてい】の松の如し、用舍は尋ぬる所に在り。
大なる哉 霜雪の幹、歳久しくして枯林となる。


(現代語訳)
冬眠している竜は冬三か月じゅうじっとして寝ているが、老いた鶴ははるか万里のさきまで飛んで行こうとする心を抱いているものだ。
昔から賢く優れた人達がでてきた、彼らはまだ好機時運に出遭うまではやはり、ここで私が今日、現状を眺めているような気持ちでいたであろう。(冬の寒い時期に)はじっとしているもので、好機を覗って体力を温存する。)
儒者で賢俊な嵇康は鍾会の讒言で死罪となり、政党なしに肩を売ることはできなかったし、諸葛孔明は劉備の如きすべてを理解し、信頼してくれる者があって用いられたのである。
また、これらのことから、人も喩えて見ればこの地方の有名な隴坻の急峻な坂に生えている松の樹のようなものである、この松木を家を建てるのに用うると棄てて置くとはその材を尋ねる人如何にあるということである。
惜しいことにはあのように驚くべく大きな霜雪を凌ぐいで立っている松の幹であっても、いつまでも永久に棄ておかれたならば枯れ木の林になっているのである。


(訳注)
蟄龍三冬臥,老鶴萬裡心。

冬眠している竜は冬三か月じゅうじっとして寝ているが、老いた鶴ははるか万里のさきまで飛んで行こうとする心を抱いているものだ。
蟄竜 穴ごもりの竜。〇三冬 冬三か月。〇万里心 万里の大空を飛ぼうと欲する心、二句は自己をたとえていう。


昔時賢俊人,未遇猶視今。
昔から賢く優れた人達がでてきた、彼らはまだ好機時運に出遭うまではやはり、ここで私が今日、現状を眺めているような気持ちでいたであろう。(冬の寒い時期に)はじっとしているもので、好機を覗って体力を温存する。)
賢俊 かしこくすぐれた人。○未遇 よい時運にであわなかったとき。○視今 自己が現今の時をみること、現今の時はやはり賢人は不遇の地位に居る。


嵇康不得死,孔明有知音。
儒者で賢俊な嵇康は鍾会の讒言で死罪となり、政党なしに肩を売ることはできなかったし、諸葛孔明は劉備の如きすべてを理解し、信頼してくれる者があって用いられたのである。
嵇康 嵆 康(けい こう、224年 - 262年あるいは263年)は、中国三国時代の魏の文人。竹林の七賢の一人で、その主導的な人物の一人。字は叔夜。非凡な才能と風采を持ち、日頃から妄りに人と交際しようとせず、山中を渉猟して仙薬を求めたり、鍛鉄をしたりするなどの行動を通して、老荘思想に没頭した。気心の知れた少数の人々と、清談と呼ばれる哲学論議を交わし名利を求めず、友人の山濤が自分の後任に、嵆康を吏部郎に推薦した時には、「与山巨源絶交書」(『文選』所収)を書いて彼との絶交を申し渡し、それまで通りの生活を送った。嵆康の親友であった呂安は、兄の呂巽が自分の妻と私通した事が原因で諍いを起こし、兄を告発しようとしたところ、身の危険を感じた呂巽によって先に親不孝の罪で訴えられた。この時嵆康は呂安を弁護しようとしたが、鍾会は以前から嵆康に怨恨があり、この機会に嵆康と呂安の言動を風俗を乱す行いだと司馬昭に讒言した。このため嵆康と呂安は死罪となった。
  阮籍 詠懐詩 、 白眼視    嵆康 幽憤詩   幽憤詩 嵆康 訳注篇
不得死 善死を得ぬこと。人生を全うできなかった。○孔明 諸葛 亮(しょかつ りょう)は、中国後漢末期から三国時代の蜀漢の政治家・軍人。字は孔明(こうめい)。蜀漢の建国者である劉備の創業を助け、その子の劉禅の丞相としてよく補佐した。伏龍、臥龍とも呼ばれる。劉備が諸葛亮をむかえるに三顧の礼で迎えたのも有名。若いころ、諸葛亮は荊州で弟と共に晴耕雨読の生活に入り、好んで「梁父吟」を歌っていたという。この時期には自らを管仲・楽毅に比していたが、当時の人間でこれを認める者はいなかった。秦中苦雨思歸贈袁左丞賀侍郎 孟浩然○知音 知己。自分の琴の演奏の良さを理解していくれる親友のこと。伯牙は琴を能くしたが、鍾子期はその琴の音によって、伯牙の心を見抜いたという。転じて自分を理解してくれる知人。 孟浩然孟浩然『留別王侍御維』「寂寂竟何待,朝朝空自歸。欲尋芳草去,惜與故人違。當路誰相假,知音世所稀。祗應守索寞,還掩故園扉。」


又如隴坻松,用舍在所尋。
また、これらのことから、人も喩えて見ればこの地方の有名な隴坻の急峻な坂に生えている松の樹のようなものである、この松木を家を建てるのに用うると棄てて置くとはその材を尋ねる人如何にあるということである。
隴坻松 秦州(甘粛省天水県)は、隴山の西に位置する国境の町である。隴山は約2000mの連峰で、それを越えるための路は険阻で曲折はなはだしくその坂道を隴坻という。坻はなきさ、 きざはし、 さか、 には、 とまる、 なぎさ、 にわ。隴坻は陳坂、甘粛地方の大坂である、坂を隴坻。杜甫がこの坂を超えて秦州に入るのに7日間要した。○用舎 用いるとすておくと。○在所尋 その材をたずねるところの人如何に存する。


大哉霜雪幹,歲久為枯林。
惜しいことにはあのように驚くべく大きな霜雪を凌ぐいで立っている松の幹であっても、いつまでも永久に棄ておかれたならば枯れ木の林になっているのである。
霜雪幹 霜雪を犯して立つ松のみき。


其一
蟄龍三冬臥,老鶴萬裡心。昔時賢俊人,未遇猶視今。
嵇康不得死,孔明有知音。又如隴坻松,用舍在所尋。
大哉霜雪幹,歲久為枯林。

(其の一)
蟄竜【ちつりょう】三冬に臥す、老鶴【ろうかく】は万里の心。
昔時 賢俊【けんしゅん】の人、未だ遇わざりしときは猶お今を視るがごとくなりしならん。
嵇康【けいこう】は死を得ず、孔明は知音【ちいん】有り。
又た隴坻【りょうてい】の松の如し、用舍は尋ぬる所に在り。
大なる哉 霜雪の幹、歳久しくして枯林となる。