遣興五首其三 杜甫 <237>遣興22首の⑩番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1160 杜甫特集700- 351


陶淵明に自らを重ねて心情を表出しているのか、さらに自嘲を陶淵明は世俗を避けた老人ではあるが、まだ隠者としての道を究めることができていないとし、その根拠として陶淵明は詩中において、いささか枯楕を恨んでいることを挙げ、さらに生を達観し、道を悟っていれば子供の賢愚など気にかけることはないはずである


遣興五首 其三  
陶潛避俗翁,未必能達道。
東晋の陶淵明は官を辞して世俗を避けて隠遁した老翁がいる、隠者として、古今東西を通じて一般に行われるべき徳を積んでいるとはおもえない。
觀其著詩集,頗亦恨枯槁。
それは彼の作った詩集を見てみると、ただ単に落ちぶれて衰えた人というものではないか。
達生豈是足?默識蓋不早。
「荘子、達生」でいう自己を棄てようと思う者でありながら、 世を棄てられないということか、口に出さずに心中に会得するただ隠棲者としてはその生活は徳を積む悟りが早くはなかった。
有子賢與愚,何其掛懷抱?

彼の『責子』で子どものことを賢いとか、愚かだといっているのは隠者の言うことではないし、どうしてそういうことを胸にしまっておけなかったのであろうか。


(其の三)
陶潜は避俗の翁なるも、未だ必ずしも道に達する能はず。
其の著す詩集を観るに、頗る亦た枯槁を恨む。
達生豈に是れ足らんや、黙識蓋し早からず。
子の賢と愚と有るも、何ぞ其れ懐抱に桂けんや。


現代語訳と訳註
(本文)
遣興五首 其三
陶潛避俗翁,未必能達道。觀其著詩集,頗亦恨枯槁。
達生豈是足?默識蓋不早。有子賢與愚,何其掛懷抱?


(下し文) (其の三)
陶潜は避俗【ひぞく】の翁なるも、未だ必ずしも達道【たっとう】する能【あた】はず。
其の著す詩集を観るに、頗る亦だ枯稿【ここう】を恨む。
達生【たつせい】豈に是れ足らんや、黙識【もくしき】蓋し早からず。
子の賢と愚と有るも、何ぞ其れ懐抱【かいほう】に桂けんや。


(現代語訳)
東晋の陶淵明は官を辞して世俗を避けて隠遁した老翁がいる、隠者として、古今東西を通じて一般に行われるべき徳を積んでいるとはおもえない。
それは彼の作った詩集を見てみると、ただ単に落ちぶれて衰えた人というものではないか。
「荘子、達生」でいう自己を棄てようと思う者でありながら、 世を棄てられないということか、口に出さずに心中に会得するただ隠棲者としてはその生活は徳を積む悟りが早くはなかった。
彼の『責子』で子どものことを賢いとか、愚かだといっているのは隠者の言うことではないし、どうしてそういうことを胸にしまっておけなかったのであろうか。


(訳注)
遣興五首 其三
陶潛避俗翁,未必能達道。

東晋の陶淵明は官を辞して世俗を避けて隠遁した老翁がいる、隠者として、古今東西を通じて一般に行われるべき徳を積んでいるとはおもえない。
達道《「たっとう」とも》古今東西を通じて一般に行われるべき道徳。君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友の五つの道。達徳。「陶潜避俗翁」(⑩)においても、杜甫は陶淵明を「恨枯楕(枯楕を恨む)」人物であるととらえている。「恨枯楕」とは、『杜詩詳注』他、諸注の指摘するように、陶淵明の「飲酒二十首」其十一、「顔生称為仁、栄公言有道。屡空不獲年、長飢至於老。雖留身後名、一生亦枯楕。死去何所知、称心固為好。客養千金躯。臨化消其宝。裸葬何必悪。人当解意表。(顔生仁を為すと称せられ、栄公道有りと言はる。
屡空しくして年を獲ず、長く飢えて老に至る。身後の名を留むと雖も、一生亦た枯楕す。死し去れば何の知る所ぞ、心に称ふを固より好しと為す。千金の躯を客養し、化に臨みて其の宝を消す。裸葬何ぞ必ずしも悪しからん。人当に意表を解すベし。)」に「一生亦枯楕」とあるのに基づく。ここでは貧賤や飢寒に苦しみ、樵悴してやつれはてる意味であるが、杜甫は貧賤、飢寒によって樵悴した陶淵明をその作品のうちに見いだしたのである。陶淵明が決して悟りきった隠者ではなく、現在の目分と同じように社会との対峙において樵悴する人物であると理解した時、「無上の親しみ」を陶淵明に対して感じたことは容易に想定することができる。


觀其著詩集,頗亦恨枯槁。
それは彼の作った詩集を見てみると、ただ単に落ちぶれて衰えた人というものではないか。
・枯槁 落ちぶれて衰えた人のこと。 ・「枯槁」は草木がしぼんで枯れること。転じて、人がやつれやせ衰える意に用いる。 『荘子』徐無鬼(じょむき)「枯槁の士となる」など。


達生豈是足?默識蓋不早。
「荘子、達生」でいう自己を棄てようと思う者でありながら、 世を棄てられないということか、口に出さずに心中に会得するただ隠棲者としてはその生活は徳を積む悟りが早くはなかった。
達生 荘子、達生(自己を棄てようと思う者、 世を棄てられなくて「天と一為る」ことができるものか。・默識 口に出さずに心中に会得すること。 


有子賢與愚,何其掛懷抱?
彼の『責子』で子どものことを賢いとか、愚かだといっているのは隠者の言うことではないし、どうしてそういうことを胸にしまっておけなかったのであろうか。
儒者、隠者として、官を辞したのではなく、仕官していても、隠遁しても生活に変わりがなかったということで、杜甫が陶淵明に借りて自らを詠ったというより、決して『高士』陶ではない淵明の低俗性をいっているのである。
杜甫自身が、陶淵明と相似た境遇におかれたことが両者の距離をちぢめ、彼が淵明の作品に、自己の影を発見したであろうことは否定できない。それだけ彼は、陶淵明と重なりあう自己を感じ、陶淵明に無上の親しみと、時には反撥をも示している。」と述べ、杜甫が陶淵明の作品に自らと共通する部分を見いだし、親しみと時には反発を示すという分析を加えている。
陶淵明 .『責子』
白髮被兩鬢,肌膚不復實。
雖有五男兒,總不好紙筆。
阿舒已二八,懶惰故無匹。
阿宣行志學,而不好文術。
雍端年十三,不識六與七。
通子垂九齡,但覓梨與栗。
天運苟如此,且進杯中物。