遣興二首其二 杜甫 <241>遣興22首の⑭番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1172 杜甫特集700- 355

759乾元二年秋在秦州作

遣興二首 其一
天用莫如龍,有時系扶桑。
天が用事をさせるということは龍のようにふるまうことであってはならない。時には傳説の東方海上にある扶桑国の巨木につながるようであって良いのだ。
頓轡海徒湧,神人身更長。
手綱をひたすら操っても海であればいたずらに湧き出す水に任せるだけだ。神のような人ならば身をさらに長くすればよいのだ。
性命苟不存,英雄徒自強。
生命を授かったということはかりそめの安楽を盗んで生きながらえることなど在りはしないのだ。英雄というのはひたすら自らを律して強いものなのだ。
吞聲勿複道,真宰意茫茫。
折角今まで言わずにいたのならこれからそれをいうことはないのだ。天の真の主宰者というものはその意志表現をはっきりさせずとも心が広く受け入れてくれるものなのだ。
興を遣る二首 其の一
天の用は龍の如く莫れ,時に有りて扶桑【ふそう】に系る。
頓轡【とんひ】 海 徒に湧き,神人 身 更に長ず。
性命【せいめい】 苟【かりそめ】に存せず,英雄 徒に自ら強くす。
吞聲【どんせい】 複た道うこと勿,真宰【しんさい】 意 茫茫。

遣興二首 其二
地用莫如馬,無良複誰記?
地の用事というのは馬のように突っ走る悪いものの喩えとなるというのでないのだ。良いことがないということはまた誰に記述するというのか。
此日千裡鳴,追風可君意。
此の日、千里の内側から鳴声が聞えた。追い風に乗って君のおもいを告げてこられたのだ。
君看渥窪種,態與駑駘異。
君は潤いのある窪地に植えてあるのを見ることであろう、とりわけ、才能のない駄馬で、変り者であることを教えられる。
不雜蹄嚙間,逍遙有能事。

ひずめで蹴り、歯で噛まれるようなこの世の中に有って決してそれに混ざり染まることがないようにする。この世の中でブラぶらしている悠々自適な生活は自分の思う事柄をすることである。

natsusora01

現代語訳と訳註
(本文)
⑭遣興二首 其二
地用莫如馬,無良複誰記?
此日千裡鳴,追風可君意。
君看渥窪種,態與駑駘異。
不雜蹄嚙間,逍遙有能事。


(下し文) ⑭興を遣る二首 其の二
地の用は馬の如く莫れ,良 無くして複た誰か記すや?
此の日 千裡の鳴,風を追う 君の意とす可し。
君 渥窪【あくわ】に種えるを看る,態【ことさら】 駑駘【どたい】の異を與う。
蹄嚙【ていし】の間を雜せず,逍遙【しょうよう】能く事する有り。


(現代語訳)
地の用事というのは馬のように突っ走る悪いものの喩えとなるというのでないのだ。良いことがないということはまた誰に記述するというのか。
此の日、千里の内側から鳴声が聞えた。追い風に乗って君のおもいを告げてこられたのだ。
君は潤いのある窪地に植えてあるのを見ることであろう、とりわけ、才能のない駄馬で、変り者であることを教えられる。
ひずめで蹴り、歯で噛まれるようなこの世の中に有って決してそれに混ざり染まることがないようにする。この世の中でブラぶらしている悠々自適な生活は自分の思う事柄をすることである。


(訳注) ⑭遣興二首 其二
地用莫如馬,無良複誰記?
地の用事というのは馬のように突っ走る悪いものの喩えとなるというのでないのだ。良いことがないということはまた誰に記述するというのか。
 悪いものの喩。『楚辞、東方朔、七諫、怨世』「馬蘭踸踔而日加。」(馬蘭 踸踔【ちんたく】して 而して日に加う。)また、ののしる。


此日千裡鳴,追風可君意。
此の日、千里の内側から鳴声が聞えた。追い風に乗って君のおもいを告げてこられたのだ。


君看渥窪種,態與駑駘異。
君は潤いのある窪地に植えてあるのを見ることであろう、とりわけ、才能のない駄馬で、変り者であることを教えられる。
渥窪 潤いのある窪地。・態與 わざと・・・・する。1 意識して、また、意図的に何かをするさま。ことさら。故意に。わざわざ。2 とりわけ目立つさま。格別に。官を辞して秦州へ逃避したこの地が『渥窪』であるということ。李白、王維、岑参、高適らに言おうとしている。
駑駘【どたい】 [1]のろい馬。駄馬。[2]転じて、才能が劣っていること。また、その人。おろかもの。


不雜蹄嚙間,逍遙有能事。
ひずめで蹴り、歯で噛まれるようなこの世の中に有って決してそれに混ざり染まることがないようにする。この世の中でブラぶらしている悠々自適な生活は自分の思う事柄をすることである。
蹄嚙 ひずめで蹴り、歯で噛むこと。有蹄(ゆうてい)類など主として草原をかける大型草食動物に発達する爪(つめ)が変形したもの。爪(そう)板(爪体)が筒状に発達して指の先端をとり囲み,爪掌が底面を構成,後方の肉指は角皮層が発達して丈夫な蹄甲となる。  ・逍遙 1.そこここをぶらぶらと歩くこと.散歩. 2.心を俗世間の外に遊ばせること.悠々自適して楽しむこと.