遣興三首其三 杜甫 <245>遣興22首の④番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1184 杜甫特集700- 359



房琯擁護の後、疎外感を持って勤務したころ
遣興三首 758 乾元元年罷諌官後作 
我今日夜憂,諸弟各異方。
私は現在日ごと夜ごと心配している。というのは弟たち、それぞれがあちこちに行っている。
不知死與生,何況道路長。
それだから、死んでいるのか生きているのかわからないのだ。何をしているやらどうしているのか彼らと道が遠く離れているのだ。
避寇一分散,饑寒永相望。
安禄山の叛乱により残虐から避けていったん分散したのだ。寒さに加えて食べるものがなく飢えてしまったし、長らく会いたいものと望んでいた。
豈無柴門歸?欲出畏虎狼。
どうしてこの貧しい家の門に帰ってくることが出来ないのか、叛乱軍の安禄山と史思明たちを畏れて出立して欲しいものである。
仰看雲中雁,禽鳥亦有行。
仰ぎ見れば時も過ぎて雲の中に雁が飛んでいる、獰猛な鳥がまた我が物顔で行き来している。

我 今 日び夜よな 憂う,諸弟 各おの方を異にす。
死と生を知ず,何んぞ況んや道路 長し。
寇を避けて一び分散す,寒に饑えてて永らく相い望む。
豈に柴門 歸る無らんや?虎狼を畏れて出んと欲す。
仰ぎ看れば雲中の雁,禽鳥 亦た行く有り。


蓬生非無根,漂蕩隨高風。
ヨモギが一面に生え茂って荒れ果てている所といっても根を張っていないということはない。さまよい、さすらうこと言うのは高士の風格に随っているのだ。
天寒落萬裡,不複歸本叢。
極寒が万里の内に天から降りてくると、転蓬となって再びもとの一面の叢には帰ってくることはないのだ。
客子念故宅,三年門巷空。
旅人であれば故郷の家を思うものである。もう三年門や門前の小道に家族が集うことはなく、むなしく淋しいものである。
悵望但烽火,戎車滿關東。
心をいためて思いやるのであるが戦争の烽火はやまないのである、指揮するのに使われる戦車は関中から東には満ち満ちているのだ。
涯能幾何,常在羈旅中!

私の生涯は残りがそれほどあるわけではないのだ、それに何時も旅をしていて今も旅の真っ只中にいるのだ。

蓬生は無根に非らず,漂蕩は高風に隨う。
天寒 萬裡に落ち,本叢に歸るに複ず。
客子 故宅を念う,三年 門巷 空し。
悵望して但だ烽火なり,戎車 關東に滿つ。
生涯 能く幾何らん,常に在るは羈旅に中る!


昔在洛陽時,親友相追攀。
少し前のころ、所用で洛陽にいた時のことである、互いのことを話して、その親友とは別れを惜しんだのだ。
送客東郊道,遨遊宿南山。
湖城の城郭の東郊外で旅に出る客孟雲卿をおくるのだが、気ままに遊び回って、ここの南にある嵩山の麓に宿したのだ。
煙塵阻長河,樹羽成皋間。
戦乱は続き、黄河の上下流域で叛乱軍に阻まれているし、王朝軍は長安洛陽を奪回したものの三国時代の古戦場であった成皋(汴州)の間で休戦状態にある。
回首載酒地,豈無一日還?
このあたりをめぐらせると酒の積だし地域であり、ここらがどうしてたった一日で奪還できないということだ。
丈夫貴壯健,慘戚非朱顏。

確実なことは壮健であることを貴しとすることであり、悼みに憂えることで顔を赤らめたりすることはない。
昔在【むかし】洛陽の時,親友 相い追攀【ついはん】す。
客を送るは東郊の道,遨遊【ごうゆう】して南山に宿す。
煙塵【えんじん】 長河を阻み,羽を樹【お】く 成皋【せいこう】の間。
首を回らして載酒【さいしゅ】の地を,豈 一日にして還える無からん?
丈夫【じょうぶ】壯健【そうけん】を貴び,慘戚【さんせき】朱顏【しゅがん】に非ず。


現代語訳と訳註
(本文) 其三 ④

昔在洛陽時,親友相追攀。
送客東郊道,遨遊宿南山。
煙塵阻長河,樹羽成皋間。
回首載酒地,豈無一日還?
丈夫貴壯健,慘戚非朱顏。


(下し文) 其三 ④
昔在【むかし】洛陽の時,親友 相い追攀【ついはん】す。
客を送るは東郊の道,遨遊【ごうゆう】して南山に宿す。
煙塵【えんじん】 長河を阻み,羽を樹【お】く 成皋【せいこう】の間。
首を回らして載酒【さいしゅ】の地を,豈 一日にして還える無からん?
丈夫【じょうぶ】壯健【そうけん】を貴び,慘戚【さんせき】朱顏【しゅがん】に非ず。


(現代語訳)
少し前のころ、所用で洛陽にいた時のことである、互いのことを話して、その親友とは別れを惜しんだのだ。
湖城の城郭の東郊外で旅に出る客孟雲卿をおくるのだが、気ままに遊び回って、ここの南にある嵩山の麓に宿したのだ。
戦乱は続き、黄河の上下流域で叛乱軍に阻まれているし、王朝軍は長安洛陽を奪回したものの三国時代の古戦場であった成皋(汴州)の間で休戦状態にある。
戦乱は続き、黄河の上下流域で叛乱軍に阻まれているし、王朝軍は長安洛陽を奪回したものの三国時代の古戦場であった成皋(汴州)の間で休戦状態にある。
確実なことは壮健であることを貴しとすることであり、悼みに憂えることで顔を赤らめたりすることはない。



(訳注) 其三 ④
昔在洛陽時,親友相追攀。
少し前のころ、所用で洛陽にいた時のことである、互いのことを話して、その親友とは別れを惜しんだのだ。
昔在 昔。少し前のころ。在は助辞。・親友 孟雲卿。追攀 別れがたいこと。・【はん】 [訓]よじる1 よじ登る。「攀縁/登攀」2 上の人にすがりつく。王粲『七哀詩』「西京亂無象,豺虎方遘患.復棄中國去,委身適荊蠻.親戚對我悲,朋友相追攀.出門無所見,白骨蔽平原.」(西京 乱れて象(みち)無く、豺虎(さいこ) 方(まさ)に患(わざわい)を遘(かま)う。復た中国を棄てて去り、身を委ねて荊蛮(けいばん)に適(ゆ)く。親戚 我に対して悲しみ、朋友 相追攀(ついはん)す。門を出づるも見る所無く、白骨 平原を蔽(おお)う)


送客東郊道,遨遊宿南山。
湖城の城郭の東郊外で旅に出る客孟雲卿をおくるのだが、気ままに遊び回って、ここの南にある嵩山の麓に宿したのだ。
遨遊 きままにあそびまわる。行き来して間をとりもつ。・南山 冬も終わりのころ仕事で東都洛陽に行く、洛陽の湖城の城郭の東で孟雲卿にであう、その後劉顥の邸宅に宿するために帰ってきた、そこで宴をしてくれ呑んで別れる、それにちなんで醉歌をつくる。ここでは、宿の南に嵩山があり、その麓という意味。杜甫『冬末以事之東都,湖城東遇孟雲卿,複歸劉顥宅宿,宴飲散因為醉歌』(冬末 事を以って東都に之き,湖城の東にて孟雲卿に遇う,複た劉顥宅に歸り宿す,宴して飲散に因りて醉歌を為す)一般的には、長安南の終南山をいう。


煙塵阻長河,樹羽成皋間。
戦乱は続き、黄河の上下流域で叛乱軍に阻まれているし、王朝軍は長安洛陽を奪回したものの三国時代の古戦場であった成皋(汴州)の間で休戦状態にある。
煙塵 [1]煙とちり。塵埃(じんあい)。[2]心や世の中のけがれ。俗塵。[3]煙突から出る煙に含まれている微粒子。[4]戦場で人馬の立てる煙や塵。戦乱。・長河 ・樹羽 羽を着に置く。『詩経、周頌、有瞽』「崇牙樹羽。」・成皋間 洛陽と開封の間、杜甫がこの時行っていた鞏県のあたり、三国時代の戦いの迹があるのでその頃の地名を使っている。この時、相州鄴城で大敗する以前の詩である。


回首載酒地,豈無一日還?
このあたりをめぐらせると酒の積だし地域であり、ここらがどうしてたった一日で奪還できないということだ。


丈夫貴壯健,慘戚非朱顏。
確実なことは壮健であることを貴しとすることであり、悼みに憂えることで顔を赤らめたりすることはない。
丈夫 1 健康に恵まれているさま。達者。「―で、病気ひとつしたことがない」「からだが―な子」 2 物が、しっかりしていて壊れにくいさま。「―なひも」「値段の割に―な靴」 3 確かなさま。確実。
慘戚 いたみかなしむ。悼みに憂える。


昔在【むかし】洛陽の時,親友 相い追攀【ついはん】す。
客を送るは東郊の道,遨遊【ごうゆう】して南山に宿す。
煙塵【えんじん】 長河を阻み,羽を樹【お】く 成皋【せいこう】の間。
首を回らして載酒【さいしゅ】の地を,豈 一日にして還える無からん?
丈夫【じょうぶ】壯健【そうけん】を貴び,慘戚【さんせき】朱顏【しゅがん】に非ず。


遣興について
 ②③④の三首について、②第一首では「我今日夜憂、諸弟各異方(我今日夜憂ふ、諸弟各方を異にす)」と兄弟と離れていることを愁い、いずれも故郷を離れ、戦乱のために帰れぬ者の視点から、それぞれ自分の弟にたいして。③第二首では「客子念故宅、三年門巷空(客子故宅を念ひ、三年門巷空し)」と故郷の住まいを思い(故郷の故宅)。④第三首は「昔在洛陽時、親友相追単。(昔洛陽に在りし時、親友相追単す)」と洛陽における旧友達との交友を思い起こしており、内容は一定していない。親友たちとの交友の日々を思い、自らの衰えを嘆く。



この頃の交友を示す詩

冬末以事之東都,湖城東遇孟雲卿,複歸劉顥宅宿,宴飲散因為醉歌#1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 287


重題鄭氏東亭 杜甫 <221
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贈衛八処士 #
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