遣興五首其一 杜甫 <246>遣興22首の⑮番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1187 杜甫特集700- 360

やっと口にできるようになった富豪の者たちへの批判のシリーズ。

其一    
朔風飄胡雁,慘澹帶砂礫。長林何蕭蕭,秋草萋更碧。
北裡富燻天,高樓夜吹笛。焉知南鄰客,九月猶絺綌。

其二    
長陵銳頭兒,出獵待明發。騂弓金爪鏑,白馬蹴微雪。
未知所馳逐,但見暮光滅。歸來懸兩狼,門戶有旌節。

其三    
漆有用而割,膏以明自煎;蘭摧白露下,桂折秋風前。
府中羅舊尹,沙道故依然。赫赫蕭京兆,今為人所憐。

其四    
猛虎憑其威,往往遭急縛。雷吼徒咆哮,枝撐已在腳。
忽看皮寢處,無複睛閃爍。人有甚於斯,足以勸元惡。

其五    
朝逢富家葬,前後皆輝光。共指親戚大,緦麻百夫行。
送者各有死,不須羨其強。君看束縛去,亦得歸山岡。


「遣興五首」(    )について、『杜詩詳注』は「此詩梁権道編在乾元二年秦州詩内。今姑但之。(此の詩は梁権道編して乾元二年秦州の詩の内に在り。今姑く之に但る。)」と、乾元二年(七五九)秦州における作にひとまず編年している。
杜甫は、日ごろから、この富貴の者たちの言動が腹に据えかねていた。士官を目指しているときや、官僚の時には言えなかったことが、官を辞して初めて批判できるのである。この二十年の思いをぶっつけるのである。この五首それぞれの思いで、「北里・長陵・蕭京兆・元悪・富家葬」と、いきいきと述べている。このことで、作時を長安時代の作であろうと推測している説もあるが、わたしはやはり旧注の乾元二年とする。杜甫は、言えなかったことが初めて言えるようになった、官を辞して、秦州に来たからこそであり、腹に溜めていた「興」を吐き出すというもので、そう考えると全体が味わい深いものである。この「遣興」というシリーズの存在感はそこにあるというものだ。

其一(寒さの時になって富家の驕りのさまと貧窮のものをのべた詩である。)
朔風飄胡雁,慘澹帶砂礫。
冬を呼ぶ北風が北方異民族の地の「雁」を招き空に翻している、その「風」と「雁」は薄暗くものがなしい思いにさせるだけでなく、砂と小石混じりのすさまじい風をおびて吹き荒ぶのである。
長林何蕭蕭,秋草萋更碧。
背の高い木の林は木々を抜ける風がびゅうびゅうとなんとさびしく吹きわたる。秋の草は茂りながらいまだに碧を濃くしている。
北裡富燻天,高樓夜吹笛。
此の時、北里では富豪の家の勢焔は天をもくすぶらせるほどの勢いなのだ、そしてその富豪の高殿で夜を徹して笛を吹き宴をしているのだ。
焉知南鄰客,九月猶絺綌。
これに反して南に隣接の住民も、旅人であるわたしもどうしてこれを知らないはずがないのだ、その一方で、もうすぐ冬だという九月であるのにいまだに葛の単衣の着物で過ごしている者たちがいるのである。



現代語訳と訳註
(本文)

朔風飄胡雁,慘澹帶砂礫。
長林何蕭蕭,秋草萋更碧。
北裡富燻天,高樓夜吹笛。
焉知南鄰客,九月猶絺綌。

(下し文)
 朔風胡雁を諷す、惨澹として砂磯を帯ぶ。
長林何ぞ粛粛たる、秋草妻として更に碧なり。
北里富天を煮ず、高楼夜笛を吹く。
焉んぞ知らん南隣の客、九月に猶お絺綌なるを。

(現代語訳)
冬を呼ぶ北風が北方異民族の地の「雁」を招き空に翻している、その「風」と「雁」は薄暗くものがなしい思いにさせるだけでなく、砂と小石混じりのすさまじい風をおびて吹き荒ぶのである。
背の高い木の林は木々を抜ける風がびゅうびゅうとなんとさびしく吹きわたる。秋の草は茂りながらいまだに碧を濃くしている。
此の時、北里では富豪の家の勢焔は天をもくすぶらせるほどの勢いなのだ、そしてその富豪の高殿で夜を徹して笛を吹き宴をしているのだ。
これに反して南に隣接の住民も、旅人であるわたしもどうしてこれを知らないはずがないのだ、その一方で、もうすぐ冬だという九月であるのにいまだに葛の単衣の着物で過ごしている者たちがいるのである。


(訳注)
朔風飄胡雁,慘澹帶砂礫。

冬を呼ぶ北風が北方異民族の地の「雁」を招き空に翻している、その「風」と「雁」は薄暗くものがなしい思いにさせるだけでなく、砂と小石混じりのすさまじい風をおびて吹き荒ぶのである。
朔風 北からふく風。五行思想で朔・北・黒(玄)・冬をあらわす風がまだ秋なのに吹いてくる、季節の変わり目をあらわしている。○胡雁 北方異民族の地より飛び来る雁。この語も冬の到来を示すもの。『秋雨嘆三首、其三』
長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。
老夫不出長蓬蒿,稚子無憂走風雨。
雨聲颼颼催早寒,胡雁翅濕高飛難。
秋來未曾見白日,泥汙後土何時乾?
秋雨嘆三首 其三 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 88
惨澹 薄暗く物凄まじいさま。ものがなしいさま。心を悩ますさま。杜甫『送從弟亞赴河西判官』「踴躍常人情,慘澹苦士誌。」(踴躍するは常人の情なり、惨澹たるは苦士の志なり。)

送從弟亞赴河西判官 #3 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 184


 ともにもち来ること。○砂礫 すな、こいし。


長林何蕭蕭,秋草萋更碧。
背の高い木の林は木々を抜ける風がびゅうびゅうとなんとさびしく吹きわたる。秋の草は茂りながらいまだに碧を濃くしている。
長林 背のたかい木の生えたはやし。○ しげるさま。


北裡富燻天,高樓夜吹笛。
此の時、北里では富豪の家の勢焔は天をもくすぶらせるほどの勢いなのだ、そしてその富豪の高殿で夜を徹して笛を吹き宴をしているのだ。
北里 城の北方の地区。長安五陵(北里・長陵・蕭京兆・元悪・富家葬)の富貴・遊侠の者の住む地域のこと。五陵は長安の北東から北西にかけて、渭水の横門橋わたって東から陽陵(景帝)、長陵(高祖)、安陵(恵帝)、平陵(昭帝)、茂陵(武帝)と咸陽原にある。○燻天 富を火焔にたとえていう、薫は火でくすべること。○高楼 富家のたかどの。


焉知南鄰客,九月猶絺綌。
これに反して南に隣接の住民も、旅人であるわたしもどうしてこれを知らないはずがないのだ、その一方で、もうすぐ冬だという九月であるのにいまだに葛の単衣の着物で過ごしている者たちがいるのである。
○南隣客 自己をさす。○絺綌 細い糸の葛のあさ、ふと糸のくずあさ。貧しい者が秋の終わりになっても葛布のひとえを着ていることを言う。


<解説>
 前半の四句は、秋が深まり北風が砂礫を巻き上げ、蕭蕭と林に吹き付ける中、冬がもうすぐというのに秋草がなお茂る九月の情景を描く。第五、六句は、そうした季節の訪れも意に介さず宴楽の限りを尽くす富貴な者たちのことをうたう。「九月猶絺綌」は、『杜詩詳注』に「見貧人衣服失寒暑之宜。」(貧人の衣服寒暑の宜しきを失ふを見す。)とあるように、貧しい者が秋の終わりになっても葛布のひとえを着ていることを言う。
 この作品は、富貴と貧賤の対立構造をめいかくにしており、ここでは両者の大きな隔たりが対比的に描かれたのは、杜甫が官を辞したからということであるからだ。北風の吹く陰暦九月になってもなお貧しい者の身につける葛布の単衣を着ている「南隣」の人々と「客」の杜甫との対比によってこの詩の表現視点が「南隣客」にあり、富貴の者を否定的に表している。「遣興」と題することに、単に憂さを晴らすというだけでなく杜甫自身「官を辞した」からこそできる表現であるということに注目されるのである。

朔風胡雁を諷す 惨澹として砂磯を帯ぶ
長林何ぞ粛粛たる 秋草妻として更に碧なり
北里富天を煮ず 高楼夜笛を吹く。
焉んぞ知らん南隣の客 九月に猶お締給なるを